第8話
「鏡、私は出かけてくるからあとは二人でごゆっくりね」
キッチンで鷹宮と仲良く朝食を作り終えた母さんはそう言い残してさっさとどこかへ出かけて行った。
ちなみに料理中は鷹宮も母さんも俺のことなどまるで無視というか、二人だけの空間で楽しくやっていた。
その光景を見ているとどこかほのぼのさせられるほど、二人はウマが合うようだ。
「さてと、ご飯たべましょ。涼風君も」
「あ、ああ。いただきます」
よほど母さんとのやり取りが楽しかったのか、珍しく俺に対しても機嫌よさそうに話してくる鷹宮はさっさと俺の向かいに座ると当たり前のように朝食を食べ始めた。
「うん、美味しい。やっぱりおばさまの料理、口に合うなあ」
「ていうか母さんの朝飯を食べるためにわざわざ早起きしてきたの?」
「まあそれもあるけど……」
「?」
「べ、別に私が誰と仲良くしようと私の勝手でしょ? ていうか、昨日のライン、あれなに?」
「昨日?」
「そうよ。おやすみさえ言っておけばいいでしょみたいなアレ。私のことバカにしてるの?」
「そ、そんなつもりはないよ」
「じゃあもう少しちゃんとしなさい。彼氏なら彼氏らしく。私は完璧主義だから」
そう言って、険しい顔をしながら食事を続ける鷹宮はさっさと食べ終えると食器を下げて洗い物を始めた。
「あんたも早く食べなさいよ。洗い物、まとめてやっておきたいし」
「自分の分くらい自分でやるって」
「いいえ、そうはいかないわよ。一応おばさまに食事をご馳走になってるわけだし、洗い物くらいしないとちゃんと認めてもらえないもの」
「認める?」
「え、ええと、一人前の女子として、よ。おばさまとはこれからも仲良くしたいし、ガサツな女だって思われたくないの」
慌てた様子でガチャガチャと食器を洗う彼女の様子に急かされて、俺も急いで飯をかきこんでシンクへ持っていく。
片付けを手伝おうとしたが、「そんなことで私の気を惹こうなんて浅はかなことやめてよね」と突き放されたので、俺もそれ以上は食い下がらずに一度部屋へ戻った。
部屋のベッドに腰掛けて時計をみるとまだ朝の6時半前。
学校に行くまでの間、鷹宮はどうするつもりなのだろう。
うちにいるのか一旦帰るのか。
客人としてお茶くらい出すべきなのか、放っておいてよいものか。
彼女の扱いに悩みながら天井を見上げていると、ドアをノックする音がした。
「はい?」
「涼風君、お茶いれたから。冷めないうちに早くきてよね」
どうやら客人の方がお茶をいれてくれたようだ。
鷹宮のやつ、この一ヶ月は良き彼女を演じきるつもりのようだ。
しかしやっぱり腑に落ちない。
完璧主義とは言っても、ここまでやる必要なんて果たしてどこにあるというのか。
いや、俺のような何をやっても半端な人間には到底理解できないだけかもしれない。
でも、完璧主義だというのなら。
俺がもし、彼氏として、それこそ例えばだけどキスやその先を迫ってもちゃんと……いや、変なことを考えるのはやめよう。
そこまでするバカじゃないだろうし、こんな仮初の立場を利用してへんなことを考えてると思われたらそれこそこの関係はすぐに解消されるだけだ。
まあ、それでも俺はいいんだけど。
母さんがまた心配したらいけないもんな。
もう少しだけは鷹宮に俺の彼女を演じてもらう方が俺にとっても好都合なんだし。
今は黙って従っておくか。
◇
「あら、今日も仲良く一緒に登校なんて妬けるわね」
学校へ到着してすぐのこと。
俺たちの方へ駆け寄ってきたのはなんと、昨日俺を誘惑してきた神宮寺だった。
どうやら所属している陸上部の朝練の最中のようだ。
「おはようマリア。もちろん、私が選んだ人なんだから仲良しに決まってるでしょ」
「へえ、羨ましいなあ。涼風君も、こんな美人にここまで言われたら鼻が高いでしょ」
「……まあ」
昨日のことなんてまるでなかったかのように自然に振る舞う神宮寺だが、俺は気まずくて仕方がない。
あれだけ啖呵を切って突っぱねたんだから当然だが、神宮寺は気にしていないのか?
「ねえリアラ、それより生徒会の話はどうなったの?」
「その話だけど私はパスかな。人前で話すのとか苦手だし」
「ふうん。じゃあ立候補はしない、ってことでいいのね?」
「ええ、そのつもりだけど」
「そっかそっか」
神宮寺は急にそんな話をしたあと、俺の方をチラッと見てからまたグラウンドへ走っていった。
「なあ、生徒会って?」
「ああ、あんたには関係ない話よ」
「なんだよそれ。逆に気になるだろ」
「はいはい、わかったわよ。今年はね、生徒会長を一年生の中から選ぶって話聞いたことない?」
「ああ、そういやそんなプリント配られてたっけ。確か今年の二年生の生徒会役員が予算の不正とかで謹慎になったとかなんとか」
「そ。しかもそれを知ってて黙認してた人も学年にたくさんいたとか。で、今は生徒会は停止中で、一掃するために今年は一年から役員を選ぶらしいの」
「で、神宮寺は立候補すると」
「マリアみたいな子の方が適任よ。私も何人かの先生から推薦されてるんだけど辞めとこうかなって」
「ふうん。まあ、確かに俺には関係ない話だったな」
「でしょ? だから変なことは気にしないで今日もちゃんと私の彼氏を全うしなさい」
そんな会話をしながら教室へ入ると、じとっとした視線が俺の方へ向くのがわかった。
クラスの男子たちからの嫉妬に塗れた視線だ。
しかし、昨日ほどではないというか、半ば諦めた感じの様子で「あーあ、俺も次の推しを探さないとなあ」なんて声も聞こえた。
どうやら鷹宮の作戦は一定の成果を得ているようだ。
このまま一カ月もすればみんな鷹宮から興味をなくし、無事鷹宮は学園のアイドルの座から陥落するというわけか。
まあ、その間に何事もないことを祈るばかりだ。
◇
「涼風鏡君はどこかしら」
昼休み。
俺の名前を呼びながら教室にやってきたのは神宮寺だった。
当然教室はざわつく。
突然の神宮寺の登場と、なにより人気者である彼女が俺みたいな奴に用事だなんて、そりゃそうなる。
「あら、どうしたのマリア?」
周りの空気にびびって動けず寝たふりをかます雑魚な俺に代わって、鷹宮が反応した。
そして一層教室のどよめきは増していく。
「あら、リアラは呼んでないけど?」
「彼はそこで寝てるから」
「だとしても、どうしてリアラが出てくるのよ」
「彼女だし。悪い?」
堂々とした様子で俺の彼女だと言い切る鷹宮の言葉で、教室は更に混沌としていくのがわかる。
チラッと顔をあげたら、既に数名の男子が発狂していた。
血の涙を流さん勢いで「あー、おわった」「まじか、聞きたくねえ」と絶叫しながら教室を飛び出していく。
その様子を冷ややかな目で見る神宮寺は、呆れたように笑いながら「かわいそー。リアラってほんと罪な女ね」と。
「別に私が誰と付き合おうと私の勝手でしょ」
「そうね。じゃあ、私が生徒会長になったら誰と仕事をしても勝手よね」
「何よそれ。言っておくけど私は」
「あー、だからリアラに用事はないんだって」
だるそうに首を傾けながら、俺の方を見て神宮寺はまた。
悪そうな笑顔を浮かべながら言った。
「涼風君、私が会長になったら副会長をお願いね」
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