第7話
♡
「そっけない」
「知らないわよそんなの。なに、やっぱり惚れた?」
「そ、そんなんじゃないから。でも……」
帰ってすぐに涼風君から来たのは「じゃあまた明日。おやすみ」だった。
確かにおやすみまでラインをしろと言ったけど。
多分こうじゃない。
もっとこう、世間話をして途中風呂で間が空いて、またラインして明日の予定とか話してるうちに遅くなっておやすみって。
そんな流れを想像してた私からしたら、彼のメッセージは私とこれ以上話したくないと突き放されたような気分になる。
で、そんなモヤモヤをずっと抱えていると一人でいられなくなってミカを呼んで。
またファミレス。
「リアラって案外メンヘラなんだねー。知らなかったわー」
「だから違うって。ただ、そんなに私と話すのが嫌なのかなって。それはそれでむかつくじゃん」
「嫌ならそもそも嘘でも彼氏になんかならないんじゃない?」
「まあ、それはそうかもだけど。もしかしたら断れなかっただけかもだし」
「じゃあ聞いてみたら? 迷惑ならこの関係辞めてもいいよって」
「そ、そんなことしたら作戦がパーになるじゃん」
「ま、そもそも一カ月だけの彼氏ってのも微妙だけどね」
「そ、それはミカが」
「フェイクで彼氏作ったらとは言ったけど、一カ月だけならって言ったのはリアラじゃん」
「だ、だってそんなにずっととか、無理だし……」
偽彼氏の案は確かにミカから。
でも、それを期間限定にしたのは私だ。
だって、そうしておかないとどうやって別れたらいいかわからなくなるし、そもそも何ヶ月も誰かと付き合うなんて想像できなかったから。
「で、涼風君とやらは結局リアラの彼氏役としてどうなわけ?」
「色々思うところはあるけど……まあ、害はないし」
「ふーん。ならいっそのことほんとに付き合っちゃえばいいのに」
「なんでそうなるのよ。男なんてみんなクズばっかだもん」
「あはは、ごめんごめん意地悪言ったね。でも、その感じなら心配なさそうかな。そろそろ遅いし帰る?」
「うん……」
ミカは幼稚園からの幼馴染だから私のことを本当に熟知してる。
中学は私立に行ったから別々だったけど、それでも毎日のように連絡してたし、なにより私の男嫌いを理解してくれている。
そうなった理由も。
なんでも話せる友人っていうのは本当にありがたい。
「じゃあまた明日」
先に私の家に着いたところでミカは帰っていった。
そして暗い玄関で靴を脱いで部屋まで戻ると、やっぱり寂しさが込み上げてくる。
「はあ……涼風君、もう寝たのかな? ほんと、おはようラインを忘れたらまた怒ってやるんだから」
そのまま部屋の明かりを暗くして。
私はスマホを持ったままそっと目を閉じた。
♤
「……おはようございます。起きた? いや、これだと仰々しいのかな」
朝の六時。
目が覚めてすぐに俺はスマホを手にとってラインを開く。
まだ鷹宮からラインはきていなかったのでホッと一息。
で、とりあえず昨日の約束通りおはようのメッセージを送信したいわけだがどう送ればいいかわからない。
一言「おはよう」でもいいのだろうけど、それだと「だからなに?」とか言われそうだし。
ああ、おやすみはそれで全部終わりにできるから便利だけどおはようは今日一日の始まりだから色々と面倒だ。
「……いや、迷ってる間に鷹宮が起きたらそれこそだるいな」
あれこれ悩んだ挙句、「おはよう、起きてる?」とだけ。
送ってすぐにスマホをベッドに放り投げて仰向けに寝そべると、スマホがピコンと鳴った。
「……返事早いな」
鷹宮からすぐ返事がきた。
で、見てみると。
「おはよう。今からそっちいくから着替えといてよね」
俺は飛び起きた。
で、なぜか慌てて制服に着替えて部屋を出て歯磨きをしているところでふと冷静になった。
「……いや、なんで今から来るの?」
時間はまだ朝の6時過ぎ。
学校どころか朝飯だってまだだ。
いつも飯を作ってくれる母さんすらまだ寝ている時間なのに。
ほんと、何が目的なんだ?
「あら、早いのね鏡」
「あ、おはよう母さ……ん? どっか行くの?」
母さんはたまにパートに出かける程度でほぼ専業主婦だからいつも朝は寝巻きでうろうろしているんだけど、今日はなぜか買い物にでも出かけるような格好をしていて化粧まで。
なんで?
「そりゃあお客さんがくるのに寝起きの格好じゃダメでしょ」
「こんな朝に誰がくるの?」
「ふふっ、隠さなくても知ってるから大丈夫よ。リアラちゃん、もうすぐ来るんでしょ?」
「はあ? なんで母さんがそれを」
「なによ、ちゃんと知ってるんじゃない。私も連絡先交換してて、昨日の夜ラインもらってたの。朝ごはん一緒に作りたいって。健気よねえ」
俺がテストで百点をとった時でも見せたことのない満面の笑みを浮かべながら母さんは俺の頭をぽんぽんと。
「あんないい子、絶対手放したらダメよ鏡」
「だ、だからそれは色々とだな」
「照れないの。それに、あんたのことちゃんと想ってくれる子がいて、私もホッとしたわ」
少し悲しそうに、だけどやっぱり嬉しそうに。
母さんはうっすら目に涙をためながら歯ブラシをとる。
「……別に俺は大丈夫だから。母さんこそ、余計なことするなよ」
「はいはい、わかったわよ」
俺はうがいをして部屋に戻った。
母さんのあんな表情を見せられたら、正直に鷹宮とのことを話す気にはなれなかった。
俺が中学の時、気になっていた子のことで傷ついた話を母さんは知っている。
そのせいで軽い女性不信、というか人間不信になってしまっていることも。
そのことを極力口にしようとしなかった母さんが、心の中では俺のことをずっと心配してくれていたのはわかっていた。
だから鷹宮みたいな彼女が俺に出来て、本当に喜んでいるんだろうってこともわかる。
……ごめん母さん。
多分、というか絶対、ぬか喜びにしてしまう。
でも、俺の事情を鷹宮は知らないわけだし彼女を恨むのも筋違いだ。
むしろ、母さんをほんの一時でもあんな風に喜ばせてくれたわけだから感謝しなきゃいけないくらいだ。
……この一カ月だけでも、あいつのわがままにちゃんと付き合ってやるか。
ちゃんと付き合って、その上で互いの問題で別れたと言えば母さんだって残念がっても心配になったりはしないだろう。
俺もちゃんと前に進んでるって、そう思ってくれたら母さんもきっと安心するはずだ。
まあ、俺はまだ何も変われてはいないんだけど。
「すみません、鷹宮です」
玄関から鷹宮の声が聞こえたと同時に、母さんの足音が慌ただしく響く。
そして二人できゃっきゃと盛り上がりながら、黄色い声は台所の方へ向かって行った。
俺は制服の襟を正して、ゆっくりと部屋を出た。
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