第6話


「鏡、起きなさい。こら、鏡ったら」


 部屋の外から母さんの声がして、俺はぼんやりと意識を取り戻した。


 そして、寝起きのままぼーっとしている俺に追い討ちをかけるように部屋の扉をドンドンと。


「鏡、起きなさいったら」

「わ、わかったって母さん。なんだよ一体」


 うちは基本的に放任主義な家庭なので、俺が部屋でいつ眠っていようと起こされた記憶なんて一度もなかった。

 晩飯時に寝ていたら晩御飯はラップをかけて置いてくれてるし、宿題をやったかなんていちいちチェックされたこともない。

 だというのに今日は一体どうしたんだと、ベッドから体を起こして扉を開けると、なぜかニヤついた母がそこにいた。


「やっと起きたのね。いいから下に降りてきなさい」

「なんだよ、晩飯ならあとでいいから」

「あら、何よその反抗的な態度は。スマホ、止めるわよ」

「な、なんでそうなるんだよ」

「嫌ならさっさと降りてきなさい。わかった?」

「わ、わかったって」


 俺はしわくちゃになった制服が少し汗ばんでいたので、急いでTシャツに着替えて部屋を出た。


 母さんはサバサバしてるから普段は何も干渉してこないのでやりやすいのだけど、その性格だからこそ従わなければ本当にスマホを解約されかねないと俺はわかっている。


 だから急いで部屋を出てキッチンへ。

 すると、母さんが誰かと談笑しているではないか。


「ふふっ、おばさまったら褒めすぎですよ。私、もっといろんな料理教えてほしいです」

「これだけできたら充分よ。それにほんと可愛いし、こんな子がうちのダメ息子と付き合ってくれてるなんて夢見たいだわ。毎日でも遊びにきていいから。我が家だと思ってくつろいでね」

「はい、それでは遠慮なく」


 エプロン姿できゃっきゃとはしゃいでいるのは、母さんと……鷹宮だ。


 ……鷹宮!?


「な、なんでいるんだよ!?」

「あら、起きたの? 別に、ちょっと近くに用事があって、それでついでに明日のことで話しておきたいことを思い出したから寄っただけよ」

「ら、ラインでよくないか?」

「そのラインを返さないまま放ってるのは誰かしら」

「あ……」


 確かにラインを既読無視したのは俺だ。

 いや、だからといってわざわざ家にまで来るとかそんな話があるか?


「こら鏡ったら、リアラちゃんに嫌われないようにちゃんと連絡くらいしなさいよ」

「母さん、これには色々と理由が」

「言い訳無用。スマホ解約するわよ」

「……わかったよ」


 俺に怒ったあと、まるで別人のような笑顔で鷹宮に「じゃあゆっくりしていってね」と言い残して母さんは奥の部屋へ引っ込んでいった。


 そのあとすぐ。

 さっきまで満面の笑みだった鷹宮がこれまた別人のようにむすっとした表情で俺の方をむく。


「ちょっと、連絡がまめじゃない男は嫌われるわよ」

「……ごめん」


 謝るつもりは本当はなかった。

 別に鷹宮に嫌われたところで俺には関係ない話なんだけどって言い返そうと思ったが、鷹宮の形相があまりにも険しかったので言葉をのんだ。

 

 しかしそれが幸いしたようで。


「ず、随分と素直じゃない。まあわかればいいのよ、わかれば。これに懲りたらちゃんと連絡は返すこと。いい?」

「……わかった。でも、べつに偽装彼氏なんだからプライベートまでちゃんと彼氏しなくてもよくない?」

「ち、中途半端なことしてたらボロが出て嘘だってバレるかもしれないでしょ? ほら、クラスのみんなに私たちのラインを公開されたりするかもだし」

「普通そんなことされないと思うけど」

「な、何があるかわからないでしょ? とにかくちゃんとするのよ。私とあなたは今付き合ってるの。わかった?」

「……じゃあ」


 言われっぱなしで腹が立っていたのか寝起きでイライラしてたのかは定かではないが、俺は鷹宮に聞いてやった。


「もしみんなの前でキスしろってなったら、するのか?」

「そ、それは……そ、そんなこと言う人いないでしょ!」

「じゃあライン見せろなんて言ってくる人もいないよな」

「そ、それは……」

「ほら、本当に付き合ってるわけじゃないんだからできないことだってあるんだよ。だからプライベートはほどほどにして」

「意地悪」

「え?」

「意地悪……ぐずっ」


 鷹宮がグズグズと鼻をすすりながら手で顔を覆う。

 うそ、泣いた?


「そんなに嫌がらなくてもいいじゃんか。私だって付き合わせてるのは悪いって思ってるのに……ぐずっ」

「な、泣くなよ……ええと、ラインはちゃんと返すからさ」

「おはようとおやすみもちゃんと毎日だよ?」

「う、うんわかった」

「約束破ったら?」

「ま、守るって」

「絶対?」

「ぜ、絶対」

「ぐすん……じゃあ、わかった」


 目に溜まった涙を拭いながら、鷹宮は顔を隠すように俺から顔をそらす。


 そして、「おばさんに挨拶して帰る」と言ってからそそくさとキッチンを出て行った。



「……バカじゃないの私」


 涼風君の家を出て帰宅する途中。

 好きでもない男の前で泣いてしまった自分に嫌気を覚えながらうなだれる。


 なんであんなことになってしまったのか。

 私って、自分で思ってるよりプライドが高いのかもしれない。

 あんなやつに強気に来られたことがよほど悔しかったのだろう。


 いや、きっとそうなんだ。

 じゃないと、私があんなもやしに弱みをみせるなんてこと……。


「あ」


 そんな時に、ラインがきた。

 涼風君からだ。


「さっきはごめん。無事帰れた? 一応心配だから帰ったら連絡ください」


 そんなに心配なら、追いかけてきて家まで送ってくれたらいいのに、なんて。

 ぐちぐち思いながらも、私はすぐに連絡を返す。


「もうすぐ家につくから。ありがと」


 すぐにラインが既読になると、なぜか体が熱くなる。

 あれだけ怒ったんだから連絡はすぐに返してくれるだろう。

 なんて返ってくるのだろう。

 そういえば涼風君って結局マリアとライン交換とかしたのかな。

 彼女以外の女の子とラインするのって浮気なのかな。

 浮気だよね。

 だからしてないよね、きっと。

 してたらまた、怒っていいよね。


 なぜかそんなことをずっと考えていた。

 そして家について玄関で靴を脱いでいると。

 

 また涼風君からラインがきた。


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