第5話

 今日は本当に色々あった。

 

 何から振り返ればいいのかわからないほどあれやこれやと。


 目まぐるしい一日だったと。


 いつもと全然違った一日を、いつも通りの静かな放課後の帰り道で振り返る。


「はあ……なんであんなこと言ったんだろ」

 

 神宮寺のプレッシャーはすごかった。

 彼女の真意はわからないままだが、本気で俺を落とすつもりだったのは間違いないだろう。


 生足を見せつけて。

 大きな胸を強調させて。

 瑞々しい唇を俺の方へ向けながら。


 色々と限界だった俺に彼女はささやいた。


「リアラみたいな誰にでもいい顔するビッチなんかより、私の方がいいでしょ」


 この言葉のおかげで俺は正気を保てた。


 別に俺と鷹宮は愛し合ってもいないどころか仲が良かったこともないし利害が一致した関係ですらない。


 鷹宮が一方的に俺を期間限定彼氏にしただけの話。

 俺はむしろ利用されて迷惑している。


 だというのに、なぜかむかついた。

 なんでかはいまだにわからないけど。

 まあ、性分というか正義感というか、それが俺なのかもしれない。

 何も悪くない鷹宮が悪く言われていて、黙っていられなかったのだろう。


 自分にそんな一面があったなんて少し意外だったが、俺は学年でも随一のモテ女である神宮寺に言ってしまった。


「俺、自分の彼女のこと悪く言うやつとは仲良くできないから」


 そう言い残して、先に教室を飛び出して、まっすぐ帰る気にもならずコンビニによったりしながらフラフラ帰宅しているのが今。


 ほんと、あんなセリフ鷹宮に聞かれていたらフルボッコじゃ済まない。


 何が彼女だよほんと。

 たった一カ月の、それも偽りの関係なのに。

 

 まあ、これで神宮寺に付き纏われる心配はなくなっただろうからそれだけが救いかな。


「……ん?」


 ちょうど自宅が見えてきたところで、家の前に誰かが立っているのが見えた。


 近づくと、少し怒った様子の鷹宮が後ろに腕を組んでじっと立っていた。


「あ、おかえり。なによ、遅かったじゃない」

「いや、まあちょっと色々と……じゃなくてなんで鷹宮が俺の家の前にいるんだよ」

「べ、別に偶然よ。たまたま通りかかったら表札が見えて。こんなとこに住んでたんだって見てただけ」

「そ、そう」

「……」


 トントンと地面を足で叩きながら、落ち着かない様子の鷹宮はまだ何か言いたそうに俺を見ている。


「あの、まだ何か?」

「べ、別に。ねえ、そういえばマリアとは仲良いの?」

「マリア? ああ、神宮寺さんのこと? いや、全然。なんで?」

「な、なんでって……ほら、なんかマリアがあんたに話しかけてた時もデレデレしてたじゃない。ああいうのやめてよね。一応私の彼氏なんだから。軟派なやつと付き合ってるって思われたら私まで軽い女に見られるでしょ」


 終始落ち着かない様子で、体をくねくねさせながらぶつぶつ文句を垂れてから、鷹宮は「じゃあ、また連絡するから」と言ってそのままどこかへ行ってしまった。


 夕日に吸い込まれるように早足で去る彼女の後ろ姿を俺はじっと見届けて、やがて彼女の姿が見えなくなってから自宅へもどった。



「ねえ、明日はあんたの家まで迎えにいくから」


 あまりにも色々とあり過ぎて疲れ果ててしまい、部屋のベッドで横になっていると鷹宮からそんなラインがきた。


「……何が目的なんだほんと?」


 これが鷹宮でなければ、いわゆるツンデレのそれかとも期待してしまうが、まあそんなことはないはずだ。


 多分だけど、今日のクラスメイトや神宮寺の反応を見て、俺みたいなのと付き合ってるってことに何か裏があるんじゃないかと疑われることを恐れているのだろう。


 実際は裏しかないんだけど。

 この一ヶ月の間でみんなが完全に鷹宮のことを諦めるように仕向けたいのだ。

 で、用が済んだら俺もポイっ、と。


 別にそれはいいんだけど、いくら目的のためとはいえ、好きでもない男子のために弁当作ったり迎えにきたり、嫌じゃないのかな?

 

 ほんと、変なやつ。


「ふあーっ、眠い」


 なんて返事しようかと考えていると、睡魔が襲ってきた。

 どうせ俺は彼氏であって彼氏じゃないんだし。

 彼女の好感度なんて関係ない話だからと、スマホを置いてそのまま目を閉じた。



「ちょっと、なんであいつ返事してこないのよ!」

「声でかいわよリアラ」

「だ、だって……」


 涼風君の家からの帰りに、ちょっと寂しくなってミカを呼んでファミレスにきて今日の出来事を色々と聞いてもらってるところ。

 でも、なぜか彼から返事はない。


「リアラ、恋する乙女みたいになってるわよ」

「ば、ばか言わないで! なんであんなのに私が恋しないといけないのよ」

「でも、お弁当喜んでくれて嬉しかったんでしょ?」

「あ、相手が誰であっても褒められたら嬉しいものよ」

「ふーん。じゃあ、マリアの意地悪から庇ってくれたことは?」

「そ、それは……」

「あはは、照れてる照れてる」

「もう、やめてったら」


 私は見てしまった。

 職員室からの帰りに教室の前を通った時、彼とマリアが話しているところを。

 盗み聞きなんてよくないと思いながらも、一応自分の彼氏役である涼風君が私に隠れてマリアと何をしてるのかはチェックしておかないとだから足を止めた。

 で、マリアが彼を誘惑してるのを見てしまった。


「マリアって、やっぱり私のこと嫌いなんだなあ」

「あの子の意地の悪さは中学から有名だもん。それにずっとチヤホヤされてきたのに急にリアラにその立場を奪われたんだから嫉妬してるのよ」

「別に私はそんな立場いらないんだけど」

「涼風くん一筋だからー?」

「だからやめてってば」


 もちろんマリアの気持ちもわかるところはある。

 私だって、男子から人気があることや女子からチヤホヤされることに優越感を覚えていた時期もあった。

 でも、そんなのって本当に面倒なだけなんだってわかってからは、あまり気にしないようにしてきたけど。

 マリアにとっては大事なことなんだろう。

 私の人気がなくなったらあの子ともちゃんと向き合えるのかな。


「……それにしても、なんで連絡してこないのかしら」

「あらあら、天下の鷹宮リアラがヤキモキさせられてるなんておもしろいわね」

「そ、そんなんじゃないから! で、でも一応この一ヶ月はちゃんと彼氏役を全うしてもらわないと困るし、様子見に行ってみようかしら」

「今から? 寝てるだけじゃないの?」

「ま、万が一変な事件にでも巻き込まれてたら大変でしょ?」

「万が一ねえ。ま、会いたいなら素直に会いにいけばー」

「も、もう」


 ミカに揶揄われながらも、私は落ち着いてはいられなかった。


 返事がこないだけでなんでこんなにソワソワするのかはよくわからない。

 きっと、彼のような冴えない男子に相手にされてないことにイライラしていただけなんだと思うけど。


 とにかく会いにいって説教の一つでもお見舞いしてやらないと。


 そう思い立った私は席を立って一目散に店を出た。

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