第4話
聞き間違いであってくれ。
トイレから教室に戻った後、俺はずっとさっき偶然聞いてしまった神宮寺の言葉を思い出しながらそう願っていた。
リアラとはもちろん鷹宮のことだろう。
その彼氏といえばとりあえず俺のことなんだろう。
そして寝とるとは。
まあ、どう解釈してもNTRのことだろう。
いや、しかしなぜだ?
神宮寺と鷹宮は親友のはず。
普通親友の彼氏を奪ってやりたいなんて思うものなのか?
まさか、俺があまりにも魅力的すぎて……なんてバカな冗談はさておき。
もしかしてあの二人、実は仲が悪いとか?
……気になる。
それに、理由はわからないが俺が標的にされているわけだから、事情を探って状況を理解しないと。
と、なれば。
聞く相手は一人だ。
「鷹宮、ちょっといいか」
昼休みになったところで俺は鷹宮のところへ向かった。
当然クラスメイトたちからの強烈な視線の雨に晒されていたが、むしろ鷹宮と絡んでいる方が安全だと判断したので、敢えて俺は彼女に近づく。
「な、なに? もしかしてお昼一緒に食べたいの?」
少し驚いた様子で、なぜかもじもじしながらそう返事をする鷹宮。
全然もしかしない。
とことん空気の読めないやつだなほんと。
でもまあ、それもありか。
「そうだな。話したいこともあるし」
「そ、そんなに一緒にお昼が食べたいのなら仕方ないわね。でも、まさか教室でなんて言わないわよね?」
「まさか。できれば人目につかないところがいいんだけど」
「ええ、そうしましょ。空き教室ならいくつか知ってるから、行くわよ」
二人で教室を出た。
そして鷹宮についていき、学校四階の奥にある視聴覚室までやってきた。
「ここなら誰も……いないわね。ここでお昼にしましょうか」
「その前に一つ質問していいか? 俺との関係をみんなに見せびらかして厄介払いするんじゃなかったのか?」
「だからなに?」
「いや、それだったら教室で飯食う方が手っ取り早いんじゃないかなって思って。いや、俺は人目につかないとこの方がありがたいんだけどさ」
「ああ、そういうこと? 別にもう、朝のやりとりで私たちが付き合ってることは周知の事実になったんだし、必要以上にあんたと一緒にいるところを見られたくないわけ。わかった?」
「……なるほど」
いちいち頭にくる言い方だけど、ここでキレたところでどうにもならないと諦めた。
そして誰もいない教室の隅の方の席に二人で向かい合って座る。
と、ここでお昼を何も持っていないことに気づく。
「しまった、今日はパン買う日じゃんか。あー、今からだと購買のもんなんか売り切れだよ」
「そんなとこだろうと思ってたわ。ほら、あんたの分もあるから」
「え? これ、弁当?」
「わ、私がわざわざ用意してあげたんだから感謝しなさいよね」
「いや、なんでわざわざ?」
「ま、万が一のためよ。もし友達に彼氏のことでツッこまれた時に、弁当も作ってこない薄情な女だと思われたくなかったからよ。備えあれば憂いなしって言うでしょ」
「……なるほど」
いや、今回は果たしてなるほどなのか?
別にそこまで手の込んだことをしなくたって……いや、するのかもな。
彼氏の存在を偽装していたことがバレたらさすがの鷹宮だって何を言われるかわかったもんじゃない。
それに今はショックで沈静化の兆しを見せている男子たちも再び暴走しかねないだろうし。
念には念を、か。
「じゃあ、せっかくなんでいただきます」
「ええ、どうぞ。そういえば話があるって言ってたけど何だったの?」
「あ、そうだった。ええと」
弁当箱の中は色鮮やかなおかずで彩られていた。
うまそうなラインナップに早く箸をつけたかったが、まずは鷹宮に話しておかないといけないことがあるので箸を置いて鷹宮へ視線を戻した。
「あのさ、神宮寺と喧嘩でもした?」
「マリアと? 何で?」
「い、いやそれは……な、なんとなく」
「なにそれ。マリアとは時々放課後一緒にお茶するくらい仲良いわよ。それに私、誰かと喧嘩なんかしたことないもん」
「ふうん」
鷹宮の言葉に嘘はなさそうだ。
だったらなおさら神宮寺の言葉が気になるけど。
正直に鷹宮に話すべきか?
いや、そんな話をしたところで聞き間違いだと言われて終わりだろう。
下手に話しても話をややこしくするだけだ。
「あ、でもマリアにも私たちの本当の関係は言っちゃダメだからね。この学校で本当のことを知ってるのは一人だけだから」
「一人はいるんだな」
「ええ。隣のクラスのミカだけね。ていうか今回の作戦の発案者だから知ってて当然なんだけど」
「発案者がいたのかよ。ていうかよくそんな他人の意見を聞く気になったな」
「ミカは特別だもん。親友だし、色々相談にも乗ってくれてるし」
ミカさんが誰なのか俺は知らないが、その子の話をする時の鷹宮はとても嬉しそうに見えた。
その様子を見て思ったことが一つ。
神宮寺との付き合いはあくまで上辺なんだろう。
そのミカって子だけが、本当に心を許した友人ってところか。
「なんとなくわかった気がするよ」
「は? 何がわかったのよ」
「あ、いやこっちの話。じゃあそろそろ弁当いただくよ」
勝手にスッキリして、俺は鷹宮お手製の弁当をいただく。
味は何を食べてもうまかった。
一口食べる度に「味はどう?」「美味しいっていいなさいよ」「誰の味と比べてるの?」「毎日食べたいって思ったでしょ」「素直になれば明日も作ってあげなくはないけど」と、しつこく俺に感想を求めてくる以外は大変満足な時間だった。
◇
放課後。
俺に殺意の目を向けながらクラスの男子たちはそれぞれ部活のために教室を出て行った。
うちの学校は男子の八割以上が運動部に所属しているスポーツに熱心な学校だから、皆放課後は忙しいのだ。
万年帰宅部のエースである俺は皆が教室からいなくなるのをじっと待ってから荷物をまとめる。
ちなみに鷹宮は職員室に用事があるらしく、「先に帰ってていいわよ」とラインを入れてきていた。
てっきり一緒に帰れと言われるかと思っていたがそんなこともなく。
まあ、あいつと一緒にいる時間が長いほど敵を増やすだけだし、俺にとっては好都合だ。
そろそろみんな部活を始める頃だし俺もさっさと帰ろうと、荷物をゆっくりまとめていたところで。
「あ、いたいた。おーい涼風くーん」
黄色い声をあげながら。
神宮寺マリアが教室に入ってきた。
「あ、ええと、神宮寺さん? どうしたの?」
「ふふっ、そんなにかしこまらなくてもいいのに。ねっ、ちょっと隣失礼してもいいかな」
あざとい笑顔をこっちに向けながら勝手に俺の隣の席にすわる神宮寺。
足を組みながら、すこし口角をあげてまっすぐ俺を見つめるその表情や佇まいの破壊力たるや。
なるほど、これは可愛い。
俺が軽い人間不信を患ってなければとっくに惚れていたところだ。
と、冗談はさておいて。
俺は心の中で、「うわあ、ほんとに俺を寝取りにきてるー」と声にならない声をあげていた。
俺のことを友人の彼氏だと知っていてのこの態度。
あからさまに女を全面に出してきてアピールするその感じ。
俺の一番嫌いなタイプだ。
こういう女って、相手の気持ちが自分の方に向きさえすればいいと思ってるタイプだろう。
自分大好き。
まじで嫌い。
「ん、どうしたの? 急でびっくりさせちゃった?」
「ま、まあ。俺に何の用事?」
「ええとね、私、あのリアラを落とした君にちょっと興味がわいたの。だからお話したいなって」
「そ、そっか」
頭では彼女のことを嫌っていても、俺みたいな童貞男子があざとい美女に迫られて毅然とした態度を保ってなんかいられない。
心臓がどくどくしてる。
この女は危険だとわかっていても、スカートから覗く綺麗な足につい目がいってしまう。
「ねえ、リアラのどこを好きになったの?」
「え? い、いや、それは」
「あはは、言わなくても大丈夫。あの子って可愛くて勉強もできて、人気者だからね。でも、あの子は君のどこを好きになったの?」
「そ、それは……」
そもそもお互いに好きでもなんでもない、なんて言えない。
でも、適当なことを言ってあとで鷹宮にチクられたりしたらそれこそブチギレられそうだし。
「……本人に聞いてみれば」
「なにそれ、つまんない。ま、あの子ってイケメンとか興味ないみたいだし、君の平凡そうなところに惹かれたのかもね」
「そ、そうだね」
ぐいっと顔を寄せてくる神宮寺。
俺は思わずのけぞった。
「ふふっ、なんか意外と顔は悪くないかも。ねえ、この後予定は?」
「このあと……」
「リアラとデート?」
「そ、そんな予定はない、けど」
「じゃあ」
立ち上がりながらカバンを手にとると、彼女は俺へ手を差し伸べる。
「私と、デートしない?」
次の更新予定
2024年12月2日 12:00
性格のキツい美人クラスメイトと一ヶ月だけ恋人を演じることになったのだけど、そのせいで彼女が自分のヤンデレ体質に目覚めてしまったらしい 天江龍(旧ペンネーム明石龍之介) @daikibarbara1988
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