第3話

「おい聞いたか? 鷹宮に男ができたって噂」

「ああ聞いたよ。でも相手は誰なんだ?」

「俺たちの鷹宮に手出すやつは誰であっても許さねえからな」


 朝。

 クラスの男子たちは騒然としていた。

 理由はもちろん鷹宮のことについて。


 今朝、俺と一緒に登校していた彼女を目撃した誰かが早速そのことを通報したらしく、鷹宮に男が出来たのではないかとざわついているわけでたる。


 なるほど、ここまでは彼女の作戦通りというわけだ。

 いや、しかしだな。


「なんか聞いた話じゃ、ヒョロヒョロのもやしみたいなやつだったらしいぞ?」

「もしかしてそれ、鷹宮のストーカーなんじゃねえか? 何か彼女の弱味を握って脅してるとか」

「最低なやつだなおい! 俺が見つけて修正してやる!」


 某ロボットアニメの血気盛んな主人公のようなセリフまで飛び出していた。


 やばい、修正される。

 やっぱり俺、この依頼を受けるべきじゃなかった。


 どこがうちの学校には乱暴な連中なんていない、だ。

 しっかり荒くれ者だらけじゃねえか。


 鷹宮に思い切りツッコミを入れたかったが、こんな時に彼女に馴れ馴れしく話しかけていくバカではない。

 飛んで火に入る何某だ。

 しかし俺のモヤモヤなんて知る由もなく彼女はクラスの真ん中の方で楽しげに女子トークをしている。

 そんな彼女を恨めしそうに睨んでいると、明るい声と共に一人の女子が教室にやってきた。


「あ、リアラ! おはよう」

「おはようマリア。どうしたの?」

「どうしたじゃないわよー。ねえ、噂の彼ってどいつよー?」


 ニヤニヤしながら鷹宮に歩み寄る女子の名は確か「神宮寺マリア」。

 クラスは別だけど彼女の名声もまた、こんな俺のところにもばっちり届いている。


 鷹宮に唯一対抗できると言われるハーフ美女。

 彼女の場合は髪の色が鷹宮よりもう一つ明るく、ポニーテールが特徴的な青い目の美少女。


 一度見たら絶対に忘れないと称されるその容姿は確かに作り物のように整っている。

 少し小柄なのも彼女の愛らしさを助長している。


 なるほど、類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。

 ちなみに彼女たちはとても仲がいい、らしい。

 なんかそんな話をよく聞くし、神宮寺さんもよくうちのクラスに出入りしてるから間違いないだろう。


「えー、紹介してほしい?」

「もったいぶらないで。ほら、このクラスにいるんでしょ?」

「わかったわよ。ええとね」


 二人の会話が盛り上がってきたところで教室に緊張が走る。


 そりゃそうだ。

 今から鷹宮が直々に自分の彼氏とやらを紹介するというのだ。


 ある男子グループは一斉に首や指をバキボキと鳴らし始める。


 ある女子グループは一斉にスマホを構える。


 やばい、これ地獄だ。

 早く逃げないと。

 俺の平和な学園人生が……


「彼よ。涼風君」

「おわた」


 俺が立ち上がって逃げようとしたその時。

 いつのまにか鷹宮が俺のそばまできていて、あろうことか俺の腕に彼女の腕を絡めながらそう言った。


 隣で、「なによ、話に合わせて立ち上がるなんて空気読めるじゃない」と得意そうに話す鷹宮はどうやら全く空気が読めないようだ。


「へ、へえー」


 しかしもちろんのこと、周囲の反応は冷ややかだった。

 誰も俺みたいなやつが彼氏だとは予想していなかったのか、ドン引きした様子で息を漏らしながら顔を引き攣らせていた。


「そ、そっかあ。涼風君、か。ええと、よろしくね。私、神宮寺マリアって言うの」


 そんな空気の中で、一人気丈に振る舞いながら俺のところへやってきたのが神宮寺マリアだ。

 

 彼女は俺の前に綺麗な白い手を差し伸べて握手を求めてきた。


「あ、うん。よ、よろしく」


 条件反射のようにその手を握って軽く握手をすると、神宮寺はニコリと目尻を下げて「リアラをよろしくね」と。


 一言だけそう呟いて、さっさと握手を解いて教室を出て行った。



「あのモヤシ野郎、どう痛めつけてやろうか」

「ありえねえ。絶対に許さねえからな」

「あー、あいつの席に隕石降ってこねえかな」


 休み時間。

 俺に対する非難の目はひどくなる一方で、男子たちは今にも俺に飛びかからん勢いで一斉に睨みをきかせている。


 神宮寺が去った直後は皆もまだ気持ちの整理ができていなかったようで、すぐに担任が来たこともあって難を逃れたけど。

 

 多分今、トイレに行こうと廊下に出たら闇討ちされる。

 後ろから刺されて階段から突き落とされて窓から校舎の外へ捨てられる自信がある。

 実際そんなこと言ってるやつもいるし。


 やっぱり今からでも正直にみんなに言いたい。

 実は俺と鷹宮の交際は偽装なんだと。


 鷹宮には大変申し訳ないが、彼女を庇う義理があるわけでもないし、何より自分の身の安全が第一だ。


 どうせあとでリンチされるくらいなら、今勇気を持って真実を伝えるんだ。


 意気込んで息を吸う。

 そして思いっきり声を出そうとしたその時。


「涼風君」


 鷹宮に呼ばれた。


「な、なんだよ」

「いいから、ちょっと来て」

 

 彼女は俺の腕を掴むと、そのまま俺を引っ張って廊下に連れ出した。


「だ、だからなんなんだよ」

「一つ警告したいことがあるの」


 と、真剣な眼差しで俺を見る鷹宮は不機嫌そうに続ける。


「マリアがいくら可愛いからって、手握ったくらいで勘違いしたらだめよ。あんたと喋ってくれるのだって、私の彼氏だからってだけだからね」

「……何の話?」

「だ、だからマリアに手握られたからって好きになったりしたらダメよって警告してあげてるの。あんたみたいな童貞男子って惚れっぽいでしょ?」

「いや、別にそんなことで惚れないけど」

「そ、そう? ならいいんだけど。一応今は私の彼氏なんだから他の女に鼻の下伸ばさないようにね」


 そう言ってから、ふんっと顔を背けながら彼女は教室へ戻っていった。


 一体何の話なんだか。

 俺が童貞男子だというのは正解だが、しかし童貞はむしろ可愛い女子や目立つ女子が苦手だということは知らないようだ。


 鷹宮も含めて。

 華やかな存在は俺にとって無縁すぎて何の期待もしないから好きになろうとも思わない。


 余計な心配だよほんと。

 まあ、そのおかげで運良く廊下に放り出してもらえたからこの隙にトイレに行かせてもらおう。


 いそいそと、クラスメイトに見つかる前に俺はトイレへ向かった。


 すると、


「ねー、ほんとありえないわよね」


 隣の女子トイレの入り口で女子が会話をしていた。


 そのうちの一人は、さっき知り合ったばかりの神宮寺。

 こんなところで何を話しているんだか。

 もちろん俺は変に絡まれたくないので彼女たちから目を逸らしつつ、そのままトイレの中へ。


 入ろうとしたその時。

 神宮寺の一言に思わず足を止めてしまった。


「リアラの彼氏、寝とってやろうかしら」


 

 

 

 


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