第2話


「遅い」


 朝。

 昨日鷹宮に言われた通りに駅へ向かうと、彼女はすでに駅前の時計台の下にいた。


「いや、まだ予定時刻の五分前だけど」

「私を待たせるのがありえないの。彼氏なら彼氏らしく彼女を待っていなさいよ」

「……はあ」


 相変わらず偉そうというか、上から来る彼女の態度に俺は呆れる。

 俺が鷹宮に、というかクラスの目立つ女子たちを見ても好意を抱かないのはこういうところだ。

 根本的に性格が合わない。

 可愛い子はチヤホヤされて育ったせいか、何事も自分中心なところがあると、勝手な偏見を持って避けてきたがやはりその通りだ。


 こんな子の彼氏役を一ヶ月もするなんて、自信ないなあ……。


「とりあえず今日からは毎日ここで待ち合わせして一緒に学校行くから。私が男子と登校していたら嫌でも噂が回るだろうし」


 腕を組んでイライラした様子の彼女を見ていると、どうしてそこまでして男を避けたいのかやはり気になってしまう。

 聞いたところで、とは思ったが我慢できずに質問してしまう。


「あのさ、どうしてそんなに男を避けたいんだ? 別に悪いやつらばっかじゃないと思うけど」

「別に理由なんかどうでもいいでしょ。私はとにかく男が嫌いなの。べ、別に女の子が好きとかそういうのじゃないけどね。ただ、めんどくさいの」

「……俺といるのはいいの?」

「あんたは虫除け。変な勘違い起こしたら「痴漢された!」って言いふらすから」


 プイッと顔を背けながら彼女は先に歩き出す。 

 そんな彼女の背中を見ながら、イライラが募りながらもあとをついていく。


「なにしてるのよ。隣、きなさいよ」

「……失礼します」


 少し早足で彼女の隣へ。

 すると、朝の涼しい風に乗って隣から甘い香りが漂ってくる。


 ……いい匂いだ。

 これが可愛い女子の匂いか。

 

「なによ、ジロジロみないで」

「ご、ごめん。いや、だけど一応彼氏、なんでしょ俺って」

「ま、まあそれもそっか。でも、手繋いだりは絶対しないから勝手なことはしないでよね」

「わかってるよ」


 ツンツンしてはいるが、それでもやはり彼女は美人だ。

 学校中の男子が虜になるのも頷ける。

 でもまあ、見れば見るほど俺には無縁な存在だというのが自覚できる。

 

 こんな美人が俺のことを好きになるはずがない。

 俺はそんな高嶺の花に憧れるほど自惚れてはいない。

 まあ、こいつの場合は棘だらけのバラだから近づくべきでもないのだろうが。


「とりあえず今から言うことを守って。人前ではリアラって呼ぶこと。私が男に絡まれてたら助けにくること。誰もいないところでは馴れ馴れしくしないこと。いい?」

「……色々言いたいことはあるけど、従うと決めた以上は了解するよ。でも、俺ってこんなんだから鷹宮さんに何かあっても助けられる自信なんてないんだけど」

「うちの学校にそんなに暴力的な人はいないはずよ。ほら、男が女の子をナンパしてても、その子に男がいるってわかったらしらけてどこかいくでしょ?」

「……そんなもんかな」


 彼女の知識や認識はどこか偏ってるような気がしてならない。

 まあ、この感じだと男子との交際経験もなさそうだし仕方ないのかもな。

 なんて、もちろん女子との交際経験が皆無な俺が分析していると早速。


「おい鷹宮、そいつ誰だよ」


 トラブルが発生した。

 俺たちの目の前に、背の高いイケメンが立ち塞がった。


「あ、井上君おはよ」

「お、おはよ。いや、そうじゃなくてそいつは誰なんだよ。まさか」

「ふふっ、実はそのまさかなの。私たち、お付き合いすることになって」


 ねっ、と。

 俺のほうを向いて全力の愛想笑いを飛ばしてくる鷹宮さんに対して俺もまた、おそらくガチガチに引き攣った笑顔で「ええ、まあ」と。


 そして井上とやらを見る。 

 ショックを受けてそのまま立ち去ってほしい。

 ていうか鷹宮理論ならそうなるはず。


 もちろんそんな甘い話はこの世にはなかった。


「はあ!? なんでこんなモヤシがいいんだよ! おいお前、鷹宮を脅してやがるな? 最低だなお前! ちょっとこい!」


 いきなり腕をつかまれた。

 すごい握力だ。

 え、怖い。


「ち、ちょっと井上君やめてよ!」

「鷹宮は黙ってろ。おいお前、何組の誰だよ?」

「お、俺は、ええと」


 ものすごい力で引っ張られて鷹宮から引き離されそうになる俺は、しかし何を思ってか咄嗟に鷹宮の手を掴んでしまった。


「ちょっ、ちょっと何してるのよ」

「ご、ごめん! で、でも」


 この手を離したら俺は目の前の大男に放り投げられてしまいそうだ。

 

 今は鷹宮以外に掴まる人も物もない。

 あからさまに嫌そうな顔をする鷹宮を見て、あとで怒られるのが嫌だから手を離そうかとも考えたけど、よくよく考えたら俺は彼女の手を握る理由があった。


「か、彼氏だろ? だったらいいじゃんか」

「ちょっ、な、なによこんな時だけ都合よく」

「い、いいから今だけ! なっ?」

「……わ、わかったわよ」


 必死に目で訴えているとどうにか彼女も納得してくれたようで。

 俺は片方の腕を大男に引っ張られながらもう片方の手で鷹宮の手を握るという変な体勢に。


「おい、俺を差し置いてイチャイチャすんなや!」


 と、その時男が俺の腕をバッと放り投げるように離した。


「い、いてて……」

「なんだよ、仲良く手なんか繋ぎやがって。く、くそ……お、俺は認めねえからな!」


 男は悔しそうに唇を噛みながら、一目散に振り返ってダッシュでどこかに消えていった。


「た、助かった」

「……ちょっと、いつまで握ってるつもり?」

「あっ」


 一難去って、ホッとしたところで俺は冷静になり彼女の手を握っていた自分の手の力をぬく。

 

 ゆっくり手を離すと、手のひらには彼女の温もりがほんのり残っていた……なんて呑気な感想を抱いている余裕はない。

 ものすごい剣幕で彼女が俺を睨んでいる。


 やばい、絶対怒られる。


「ご、ごめんなさい。俺、怖くてつい」

「……べ、別にいいわよ。トラブルに巻き込んだのは私の責任だし。そ、それに今は、その、彼氏の設定なんだから手繋いだくらいでオロオロしないで。嘘ってバレたら元も子もないでしょ」


 ツンとしながら鷹宮は俺を置いて先に行こうとする。

 とりあえず許された、ということなのだろうか。

 まあ、ここで調子に乗って「じゃあ学校まで手繋いでいく?」なんてことを言えば吹っ飛ばされるんだろうし、元より俺にはそんな度胸もノリも備わってはいないわけだが。


 トボトボと彼女の後ろをついていくと、「早く隣にきなさいよ」と一喝されて。


 俺は少し早足で彼女の隣に追いついた。


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