性格のキツい美人クラスメイトと一ヶ月だけ恋人を演じることになったのだけど、そのせいで彼女が自分のヤンデレ体質に目覚めてしまったらしい
天江龍(旧ペンネーム明石龍之介)
第1話
「ねえあんた、私と一ヶ月だけ付き合って」
こんな限定的な、全くもって意味不明な告白が、俺にとっての人生初の女子からの告白だった。
大きな切れ長の瞳をとんがらせながら、瑞々しい口元がへのじをむきながら。
告白している女子にはまるで見えないほど、それこそ屈辱を受けているような表情で、放課後誰もいなくなった教室の片隅で俺を呼び止めて告白したのはクラスメイトの鷹宮リアラ。
祖母がアメリカ人のクォーターだそうで、ブロンドの髪を靡かせる彼女のことを知らないやつは少なくともうちの学校にはいないはず。
抜群の容姿に加え、入学式では入試成績トップの人間が任される新入生代表挨拶を務め、更には一年生から異例の生徒会抜擢など、否が応でも目立つ彼女はそれはそれはよくモテている。
毎日のように運動部のイケメン枠がうちのクラスに来ては彼女に告白という光景は、一時ある種の名物になるほどであった。
しかしそんな彼女は、どうも男に興味がないのか知らないが、いつもそっけない態度でその告白をスルーしていた。
モデルにスカウトされたと噂のイケメン先輩も。
プロ野球選手になると噂の男前野球部も。
彼女は見向きもしなかった。
他所で男でもいるんじゃないかなんて噂も立っていたが、どうもそうでもなかったようだ。
「……はい?」
「なによ、私に告白されて嬉しくないわけ? いいから付き合いなさいよ」
告白してくる側が上からくるというのはなんとも斬新な展開だなと、俺は冷静にこの状況を受け入れてしまっていた。
いやなに、俺が美人に免疫があるほどのモテ男だからとかではない。
人間、とんでもない状況に陥った時ほど冷静になるものなのだ。
「……なんで俺?」
「あんた、友達いないでしょ? いつも学校で一人だし」
「……ああ」
俺が冷静でいられたもう一つの理由としては、この前代未聞なはずの状況に既視感を覚えたからでもある。
この展開、どこかで見た覚えがあると思ったがなるほど。
俺が現在愛読しているラノベとそっくりなのだ。
美人なヒロインが冴えないクラスメイトの主人公に偽の彼氏を演じてくれと依頼して、二人が嘘のカップルになるところから物語が展開する。
理由は……。
「私、毎日毎日告白されるのがうんざりなの。だから一ヶ月だけでいいから彼氏のフリしなさいよ」
そう、本の内容もこんな感じだった。
もちろんこんな不躾な言い方ではなかったが、おおよそ同じ動機でヒロインが主人公に依頼をしたのだ。
「……それ、俺にとってなんのメリットがあるの?」
当然、俺は率直な疑問をぶつけた。
当たり前だ。
本当に好きだと言ってくれてるならまだしも、彼女を助けるためだけに学校中の男子を敵に回すような愚行を犯したくはない。
鷹宮が言う通り、俺には友人はいない。
クラスの隅っこでずっと本を読み耽って一日を終えるだけの生活を中学から続けているようなぼっち野郎だということは否定しない。
しかし、だからといって人気者の平穏のために俺の平穏な日常が犠牲になっていいはずもない。
小説では確か、押し切られる形で付き合うことになったけど、俺は強い気持ちで断ろう。
「いや、ごめ」
「そうと決まったら早速打ち合わせするから今日うちにきて」
「あ、いや、俺は」
「ブツブツ言ってないで早くして。ほら、一緒にいるとこ誰かに見られたらどうすんのよ」
一方的に言いたいことを言ってそのまま教室を飛び出そうとする鷹宮。
俺はもう一度だけ、付き合うつもりはないと言おうとしたのだけど。
「まじでいい加減にして」
「は、はい……」
蛇に睨まれた蛙とはこのこと。
陽キャに睨まれた陰キャは所詮、言い返す度胸なんて持ち合わせておらず。
俺は鷹宮と一緒に教室をあとにした。
◇
「はい、お茶」
「ど、どうも」
学校を出て十分ほどのところに鷹宮の自宅はあった。
なんの変哲もない一軒家だが、俺は彼女に促されるまま玄関をくぐるとき、心臓が弾けそうだった。
なにせ、俺は他人の家にお邪魔するのが初めてだったからだ。
しかもその初めてが学園のマドンナ宅ともなれば尚更。
今は入ってすぐの客間に通されて、ソファに座らされている。
「で、あんたの名前は? 私、同じクラスの男子で名前知らないのあんただけなんだけど」
「そ、そうなの?」
「他の男子は聞いてもないのに勝手に名乗ってくるもの」
「そ、そうなんだ」
「あんただけよ。クラスの男子で私に告白してこなかったの」
俺が名乗る間も無く、汚いものを見るような目で俺をじっと睨みながら彼女は続ける。
「ねえ、どうして? どうして君は私に興味ないの?」
「い、いや、興味ないというか……だってそもそも話したこともないし」
それに、俺みたいなぼっちが話したこともない学園のマドンナにアタックするなんて、玉砕覚悟というよりただの自殺行為でしかない。
自ら傷つきに行く理由がないし、それにいくら可愛いからといっても、為人をしらない子のことを好きだと言い切れる自信もない。
「ふうん。で、私と話してみてどう思った?」
「……別に。案外よく喋るんだなって」
「なにそれ。まあいいわ、とにかく今日から一ヶ月は君の彼女だから」
「いやいやいや、だからそれは」
「あら、断るの? それじゃあ、明日学校で言いふらすから」
「な、何を?」
「勝手に家までついて来て乱暴されたって」
「なっ!?」
「それが嫌なら大人しく従うことね」
「ぐっ……」
迂闊だった。
のこのこと女子の家に上がってしまったのは俺のミスだ。
それに、俺と彼女の言うことなら誰もが間違いなく彼女の言い分を信じるに決まってる。
ここは大人しく従うしかないのか。
「……わかった。で、俺は何をすればいいんだ」
「ふふっ、そうこなくっちゃ。とりあえず、明日からの動きについてはあとで指示するから。とりあえずライン交換しましょ」
「え、い、いいの?」
「当たり前でしょ。付き合ってるのにラインも知らないなんてありえないし。ほら、スマホ」
「う、うん。ええと、あれ? どこをどうしたら」
「あーもう、友達追加もできないの? ほら、貸して」
実は、人生初のライン交換だった。
だからもちろんやり方もわからず、彼女にスマホを奪われて勝手に連絡先が追加された。
「ほら、スタンプ送っといたから。じゃあ、またあとでね」
「う、うん」
目的を達成した後の彼女は実にサバサバしていた。
親が帰って来る前に早く帰れと、出されたお茶も飲みかけのまま俺はさっさと家から放り出された。
外は少し薄暗くなっていた。
◇
鷹宮の家からトボトボと歩いて自宅へ向かう途中。
彼女から早速ラインがきた。
「そういえば結局フルネーム聞いてないんだけど」
そんなラインを見て俺は一度足を止めた。
そういやラインのアカウントには「きょう」とだけ書いていたっけ。
「
自分の名前を打ちながらため息をついた。
俺は正直な話、自分の名前が嫌いだ。
無駄にかっこいいというか、字面と俺の面が全く一致してない。
俺は身長も平均より低いし、目も大きくないし、はっきりいって冴えない見た目だ。
痩せてるというかむしろヒョロヒョロだし、自分の目つきが嫌いで前髪を伸ばして隠してるせいで余計に根暗っぽいし。
自分で入力した自分の名前を見ながら自虐的になっていると、既読がついてすぐ返事がきた。
「名前だけかっこいいのね。とりあえず明日、7時に駅前で待ち合わせてから学校行きましょ」
とりあえず最初のミッションが届いた。
こうやってしばらぬ、彼氏のフリをしろということか。
詳しい理由はよくわからない。
単なる虫除け代わりのつもりなのか、他に目的があるのか。
まあ、俺が聞いたところで喋ってくれるかもわからないし、変なことを聞いて逆鱗に触れてまた脅されたらかなわないし。
俺は言われた通りのことをするだけだ。
あくまで一ヶ月彼氏のフリをする。
それ以上余計なことは考えないでおこうと、スマホの画面を暗くしたところで自宅に到着した。
♡
「もしもしミカ? うん、そうなの。ミカの言った通り涼風君に付き合ってもらうことにしたの」
彼からの返事が途絶えたあと。
私は親友のミカに電話をした。
嘘の彼氏。
男達はみんな、誰のものでもない私を独り占めしたいからうようよと寄ってくるのだから、いっそ誰かのものになってしまえば諦めてくれるはずと。
ミカが作戦を考えてくれて、クラスメイトの中なら誰がいいかまで教えてくれたわけだし、当然彼女には報告しておかないと。
「まあ、あの子なら陰キャっぽいし手出す度胸もないでしょ。リアラ、フォローは任せて」
「ありがとうミカ。また報告するね」
「はーい、じゃあね」
果たしてそんなもので私の悩みが解決するかといえば疑問だけど、何もしないよりはいい。
男なんてみんなクズだ。
私のことを知ろうともせず、見た目だけで人を判断して鼻の下を伸ばして迫ってくる害虫だ。
涼風君だって、結局同じなのかもしれない。
でも、ミカも言ってたけど、私も、私が知りうる限りの男子では一番無害そうだと思うし。
変に期待してるところが見えたら切ればいいだけだし。
私の勝手に巻き込んでるのは申し訳ないけど。
とにかく私は男なんていらない。
そっとしておいてほしいだけなの。
ごめんね涼風君。
「それにしても、なんで返事こないのよ? 普通私がラインしたら喜ぶもんじゃないの?」
スマホを見る。
涼風君からの返事はない。
今まで私に迫ってきた男子は皆、送ってもいないのにくだらない誘いや世間話や、挙げ句の果てには余計な心配までしてきてたっていうのに。
やっぱり彼を選んで正解だったかな。
私にというか、女子に興味すら無さそうだし。
「……でもなんかむかつく。一応彼女って設定なんだから、おやすみくらい言いなさいよね」
私はラインを開いて、彼のアイコンをおす。
そして自分が送ったメッセージの下に「おやすみ」と入力してから。
やっぱり何かモヤモヤすると思って、何も送らずにそっとスマホを伏せた。
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