第6話
かるた部の部室に向かう廊下、小さい背中が見えて、小走りでそれに追いつく。
「モモカ先輩、お疲れ様です」
「ん、ああ……樅山くんか、こんにちは」
振り返ったモモカ先輩は目の下に隈を作っていて、少し気恥ずかしそうな曖昧な笑みを浮かべる。
「……何かあったんですか?」
「ああ……うん。いや、その……後輩の男の子にするような話でもないんだけどね。父が昨日「父さんな、動画配信で食っていこうと思うんだ」って言い出して……」
「そ、それは…………し、心配ですね」
「ふ、ふふ、まぁ、うん。止めはしたけど、決意は硬いみたいでさ。……お母さんも復職を頑張るって言ってるけど、ほとんど社会経験もないし、お金の問題は出るかなって。……大学の受験は……考えた方がいいかもね。私も高校を出たら働いた方がいいかもしれないから」
「……今から進路を変更ですか」
「まぁ、お母さんは大学にいけって言うんだけどね」
「ま、まぁ、ほら、動画配信が成功するかもしれないしさ」
俺が苦し紛れにそう言うと、モモカ先輩はより一層に深刻な表情を浮かべ、俯きながらぽつりと地面に落とすようにつぶやく。
「家族の誰も……飲まないのに、コーラを、買ってたんだ」
「……動画配信を始める親が……コーラを!?」
「動画配信を始める親が、コーラを……買ったんだよ。樅山くん」
それは……もしかして、アレなのか……?
配信者の登竜門にして、擦られすぎたせいでもはや誰がやっても滑る……コーラに特定のお菓子を入れて、炭酸が一気に抜けるのを楽しむ……アレを、するつもりなのか!?
厳しい……もう、聞いているだけで厳しい。
「しかもね、コーラを持っていって、帰ってきてから言ったんだよ。「父さんな、動画配信で食って行こうと思うんだ」って……」
「手応えを……感じているのか? あの、無限に擦られた芸で」
「……どう、思う?」
それは……と、言い淀む。
思わず「いや、無茶だろ、脱サラコーラ噴出は……」と言いたくなったが、流石の俺もあまり軽率には言えない内容だ。
「……喋りが、天才的だったり……したのかも」
「いや……」
あまりそれも達者ではないのか。じゃあ……厳しいのでは、ないだろうか。
「……大学は、まぁ、行かない方が良さそうだね」
「い、いや、でも、先輩は勉強も頑張っていて、成績もいいじゃないですか。もったいないですよ」
「……いいんだ。実用性がある分野じゃなくて、興味から学びたいって思ってたところだからさ。将来、役に立つ学問じゃないから」
……モモカ先輩は、納得しているのだろう。
考えて答えを出したのだろう。
なら、俺が口出しすべきことではない。ただの後輩で、ただの他人なのだから。
……分かっている。俺はただの他人だ。
けど、俺は、モモカ先輩と他人ではいたくないんじゃなかったのか。
息を吸って、吐き出す。絞り出すように、言葉を紡ぐ。
「俺が……出したら、ダメですか」
「えっ……そりゃ、ダメだよ」
「割のいいバイトを始めたんです。先輩の学費なら、どうにか出来ます」
「ダメだよ。……それはダメだよ」
「でも……」
「全く、樅山くんは仕方ない子だなぁ。優しいのは知ってるけど、ちょっと、人が良すぎるね。ただの部活の仲間にさ、それはよくないよ」
俺を諌めるモモカ先輩に、俺は言う。
「俺は、先輩と……ただの部活の仲間じゃ、いたくないんです」
俺の言葉の意味はたぶん伝わったのだろう。
付き合ってすらいないのにプロポーズまがいのことをして、馬鹿にもほどがある
馬鹿で、身の程知らずで、常識なしで、気持ちの悪い勘違い男。
今の俺がそれなのは、馬鹿な俺でも分かっていた。
「好きなんです。先輩のこと、ずっと一年のころから」
「……うん。知ってる。……私さ、ちょっと悪い奴なんだ。好かれてるのは分かっててさ、けど、なんだかそれが嬉しくて、黙っちゃってた」
「……バレてたんですか?」
「そりゃ、もう、バレバレだよ。……楽しかったから、つい隠してて。……たぶん、青春ってことなんだろうね」
先輩は俺に笑いかける。
「青春、終わらせたくないな。君との関係を、換金したくはないよ」
「……先輩」
俺が何かを……自分でも何を言おうとしたのか分からない言葉を口にしようとしたとき、背後から「お兄さーん」という、聞き覚えのある可愛らしい声が聞こえてくる。
「お兄さん、お兄さん、やっと見つけましたー!」
振り返ると、ナンパされていたときと同じ制服を着たイブがふにゃふにゃとした笑みで駆け寄ってきていた。
「げえっ!? イブ!!」
「げえっ、とは、なんですか、げえって……」
「いや……そりゃ、ウチの高校に突然きたらびっくりするだろ、別の学校だろ?」
俺がそう言うと、イブは堂々と胸に掛けてあった札を見せる。
「ふふん、高校見学です」
「えっ、中学生だったんだ」
「そうですよ? 制服着てるじゃないですか」
「いや……制服でどこの学校とか分からないよ」
「お兄さんが!? 女子生徒の制服で学校を特定出来ないなんて!?」
「俺をなんだと思ってるんだ。イブ」
大事な話だったのに……いや、むしろ助かったような気もするけど。
「ええっと、樅山くん。その子は?」
「前田イブです! お兄さんとは……その、初めての関係で」
「初めて!?」
「いや、初めての友達というだけです。俺、友達いないので」
「そんな……将来を語り合った仲じゃないですか!?」
「やめて、事実だけど誤解を招くこと言うの、マジでやめよ」
「そう言っちゃってー。私みたいな美少女と誤解されたら嬉しいものじゃないですか。男子高校生なんて、みんな女子中学生と付き合いたいと思ってるものなので」
「知らない珍説をやめてほしい」
先程までの重苦しい空気は一変して、モモカ先輩もクスリと笑う。
「こんな可愛らしいお友達がいたんだね。こんにちは、山田百歌だよ。見学ということだったけど、かるた部を見に来たのかな?」
「いえ、お兄さんに会いにきたのです! 私を捨てないでくださいー!」
「いや……捨ててはないだろ。友達だと思ってるし、メッセージも返信してるじゃん……」
「お金です! お金お金お金ー! 私はお金を稼ぎたいのですー!」
じゃ、邪悪……。先程までのモモカ先輩のいい話を聞いていたせいで余計にそう感じる。
「いや……イブって邪悪ではあるけど、めちゃくちゃかわいいから、なんかもう適当にゲーム配信でもしたらよくない? 入れ食いだろ」
「私はお兄さんと一緒がいいんです! 仲良くしてくれる人とワイワイ遊びながらお金もほしい……! それが私の正義なんです!」
「いや、悪だろ。……俺、部活あるからまた今度な」
と言いながら去ろうとすると、イブは俺の脚にしがみつく。
「いいじゃないですか! チャンスですよ!? 自分に好意を持ってる美少女と仲良く活動するなんて!」
「いや、俺好きな人いるし……」
チラリとモモカ先輩の方を見ると、コアラのように俺の脚にしがみついていたイブがポカリと口を開く。
「……お兄さん、現実見ましょう? こんなかわいい人がお兄さんと付き合ってくれるわけないじゃないですか。私狙いでいきましょう。攻略難易度低いですよ?」
「友達としてはいいけど、付き合いたくはない……」
「美少女ですよ?」
「可愛さで許容出来る範囲の邪悪さじゃないだろ……!」
俺にしがみつきながらイブは言う。
「悪いところ直しますから……! もう知恵袋で説教とか、ヤフコメでレスバとかしませんから……!」
「もうインターネットやめろ……!」
「わーん! お兄さん、捨てないでくださいー!」
と、部室の前で騒いでいると、部員たちが集まってくる。
くっ……中学生を泣かせていることへの非難の目が……痛い。
仕方なく、俺はイブを部室へと招き入れた。
【魔力0の俺が】迷惑系ダンジョン配信者から美少女を守ったら鬼バズりしてしまった件【魔法使いとバトってみた】 ウサギ様 @bokukkozuki
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