第5話
「──火炎よ」
ハヤトさんが初手で選んだのは全ての魔法の中で最も詠唱の短い炎弾の魔法。
おそらく俺の動画を見て、対策として考えてきたのだろう。
俺の技である【破魔百二十四種】は詠唱に反応して適切な動きを取るという性質のため、詠唱の決まり字……炎弾の魔法なら「かえ」の二文字に反応し「んよ」の二文字で対策の動きをする必要がある。
詠唱の短い魔法ほど、俺の武術には効果的──と、勘違いされやすい。そう、師匠が言っていた。
前に出された手を弾きながら前に出て拳を入れる。
「ぐっ──火炎よっ!」
火炎よ、という詠唱は確かに短い。
だが、手から炎弾を出すという特徴である以上、相手は手を前に突き出す必要があり、取るべき札はすぐ近くにある。
「【二字決まり】やまざくら」
ハヤトさんの手を掴み、肘を打つ。
腕の関節を曲げさせるだけという、通常の格闘技では何の意味もない動きだが、魔法を用いた戦闘では大きく意味が変わる。
何せ、炎は手から放出されるのだ。
「なっ──!?」
ハヤトさんが放った炎は、俺の動きにより向きが変わった彼の手から放出されて、その炎は彼自身へと飛び、避けることも出来ずに直撃する。
火炎の魔法を浴びた男は、地面にへと倒れかけ、ざっ、と脚を地面に踏ん張らせて耐える。
おそらく、最初から俺を必要以上に傷つけないように手加減した威力だったのだろう。
そのおかげもあり、直撃したにも関わらずまだ動けるらしい。
だが、動けるのと正常に魔法が使えるのはまた話が別だ。
灼熱の中、息を吸うのも難しい中でマトモに詠唱など出来るはずがない。
「【送り札】……むらさめ」
魔法が来ない。反撃もない。
その確信をもって、純粋に俺の中で最高威力の打撃をぶつける。
火炎に塗れたまま吹き飛んだハヤトさんは壁にぶつかり、そのままズルズルと落ちていく。
「──終了! 終了!」
ハヤトさんの仲間のスタッフが慌てて止めに入り、魔法で消火して治癒をかけていく。
その様子を見て「ふう……」と、息を吐く。
「あー、強かった」
と、思わず声を漏らしたところで、まだカメラが回っている最中だったと気がつく。
進行を務めていたハヤトさんは今治療中だし……あ、これ、俺がどうにかしないとダメなのか。
助けを求めるように聖夜さんの方を見ると、イブが「拳をあげる」とカンペを俺に見せて、俺はそれに従って勝ち誇る。
「──あーっと、一応は勝ったんですけど。俺も手を火傷したのと、最初の打撃戦で拳をだいぶやっちゃったんで、視聴者? の方はちょっと治療が終わるまで待っといてもらえますか? 俺もギリギリで」
と、嘘ではない程度のことを言って場を誤魔化す。
そうしている間にハヤトさんの治療が終わり、ハヤトさんが視聴者に向けて話している間に俺も治療を受ける。
さて……これからが本番である。
お互いに治療を終えて、戦闘などの話を視聴者にするパート。スタッフの人に用意してもらった椅子に座りながらハヤトさんと二人でカメラに向かう。
「いやー、負けたねー。負けたー! 応援してくれた人はごめんね、いや、俺も本気でやったんだけど、めちゃくちゃ強かった!」
「いや……ハヤトさんがこちらに合わせてくれたのが大きかったですね。最初ボクシング……というか、素手の戦いをやってくれて、魔法でも近距離のままだったので。最初から距離を取って遠くから撃たれてたら厳しかった……というか、そもそも素手じゃなくて剣とか槍とか使われたら全く話は別だったので」
と、俺が言うと、ハヤトさんは以外そうな表情を浮かべてから、俺に向かって「そこでボケる」のカンペを出しているイブの方を見て、得心がいったように笑う。
「いや、僕の完敗だ。実はボクシング出身だからね、そこで負けたら完敗だよ。ところでさ、なんて呼んだらいい? ネットじゃもう特定されてるかもだけど、流石にまずいでしょ、本名は」
「あー、どうしよう。なにも考えてなかった」
本名はまずいか……。
えー……どうしようか。本当に何も思いつかない。
そう考えていると、ふと、この前のモモカ先輩の言葉を思い出す。
「しのぶれど、って、やつだね、君は」
そんなことを言われた。
カメラを前にして、ゆっくりと顔をあげる。
「しのぶれど……。いや、忍ブレイド」
「し、忍ブレイド……だ、ださ……っ!」
「俺のことは忍ブレイドって呼んでください」
「よ、呼びたくないダサさ……。シノブ組んでいい? シノブくんの武術についてなんだけど、聞いて大丈夫? 秘伝だったりしない?」
「ああ、大丈夫ですよ」
俺は師匠の顔を思い出しながら頷く。
「俺の使っている武術は謎のおっさんから習った【破魔百二十四種】という魔法使いに対抗するために謎のおっさんが作ったものなんですけど、謎のおっさんはむしろ広めたがっているので」
「……謎のおっさん?」
「ああ、はい。本名とか何をしてる人なのか知らないんですけど、なんか教えてもらって」
「……それ大丈夫なの……?
「えっ、大丈夫だと思いますよ。まぁ、そんな感じなので、広まるのは俺としてもむしろありがたいですね」
そう前置きしてから拳を前に出す。
「基本の理は、詠唱に反応して、その魔法に対して適切な動きをすることで対応するというものです。先程の炎弾の魔法なら「かえ」の二文字で特定出来るので「んよ」を唱えるまでに手を逸らせば防げるって感じですね」
「あー、やっぱりそういう技か。でも流石に反応めちゃくちゃ早くなかった?」
「それは「か」で詠唱が始まる魔法は他には「腕に宿りし骸の──」と「変わりゆくものを掴む手よ──」と「怪なるものの力を借りる──」の三種類がありますけど、それなりに詠唱が長いので、近距離では来ないだろうと「か」の時点で決め打てるのと、ハヤトさんはかなり強いので俺が戦ってる動画を見て対策を取ってくる……具体的には武術の正体を把握して、短い詠唱の魔法を選択してくるだろうという読みからですね」
ハヤトさんは感心したように頷く。
誤解が解けてからは普通にいい人だな……。イブの邪悪さが際立つ。
それから視聴者からの質問に答えたり、イブが言っていたように動画投稿を勧められて頷いたりしてから生配信を終える。
あー、疲れた。と、身体を休めると、聖夜さんがクーラーボックスからお茶を持ってきてくれる。
「ああ、すみません」
「お疲れ様。ゆっくり休んでから帰ろうか」
「ああ、はい」
と、俺と聖夜さんのやりとりを見たハヤトさんは不思議そうに俺達を見る。
「あの動画にいたおじさんと女の子だよね。元から仲良かったの?」
「ああ、いえ、このときに仲良くなった……というか、あの子に誘われて」
「あー、押しが強そうだよね。はは」
「すみません。DMでも変なこと言ったみたいで」
「いいよいいよ、おかげで全力でやれた」
彼はスポーツドリンクを飲み、それから俺の方を見る。
「そっか。君はあの子とそこまで仲がいいわけでもないのか」
「えっ、まぁ……あー、まぁ可愛いですもんね、見た目は、呼んできましょうか?」
「いや、僕が興味があるのは君の方でね」
「んえっ!?」
彼は俺の目をジッと見つめる。
「僕と組まないか? 別に、あの子と組む必要があるわけでもないだろう?」
「えっ……ソロでやってるんですよね、探索者。それに俺、魔物相手はかなりキツイですよ」
「ダンジョンの探索じゃなくて、動画の方をさ。コラボ案件が多いけど、一緒に探索だけじゃなくて、今回みたいな配信者同士のバトルってのも楽しそうだと思ってね」
つまり……今回みたいな配信を、これからも俺としていきたいという話のようだ。
…………俺は友達がほしくて配信者になろうと思った。ハヤトさんは多くの人に囲まれているし、ファンも多く、この誘いにのれば友達も多く出来るだろう予感がする。
「君はその武術を広めたいとも思ってるんだろう。なら、僕のことを踏み台にするといい」
師匠の望みの道もこちらの方が近いだろう。誘いに乗らない理由は……なかった。
はずなのに。
「…………すみません。ハヤトさん。でも、俺、アイツと友達なんです。友達になったんです」
ハヤトさんは俺の言葉を聞いて「仕方ないか」と笑う。
さて、そろそろ帰ろうかというタイミングで、先程話題にしていたイブがニコニコとした可愛らしい笑顔でやってくる。
「お兄さーん。今度この人ぶっ飛ばしてくれません? 前、配信荒らしたらブロックされた恨みがあって」
「…………」
「…………」
「……?」
黙り込む俺たちに、イブはとても純粋そうで可愛い笑顔で小首を傾げる。
「ハヤトさん、さっきの話、やっぱりお願いしていいですか?」
「うん。いいよ」
こうして俺は、イブと約束していたチャンネルの立ち上げをぶっちぎって、聖夜さんと共にハヤトさんの仲間になることとなったのだった。
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