第4話
次の土曜日、聖夜さんが出してくれた車に乗って約束の場所に向かう。
「すみません、車を出してもらって」
「ああ、いいよいいよ。これぐらい気にしないで。クーラーボックスに飲み物とか入ってるから好きに飲んでね」
「ああ、何から何までありがとうございます」
俺が頭を下げると、イブは首を横に振る。
「いいんですよ。ビッグになって恩を返せば……」
「それ、せめてワシが言うべきじゃない?」
「……確かに」
「あっ、納得してくれるんだ」
「それはそうとして、今日の相手のことは調べてみましたか? お兄さん」
「ああ」
俺は頷き、彼が公開しているチャンネルを見る。
「【百魔百武】のハヤト。基本はソロだけどコラボ多めのダンジョン配信者で、多彩な魔法や武器使いこなし、一人でも強いし、組んでメインアタッカーもサポートもタンクもなんでも熟せる万能型。ホームにしてるダンジョンもなく各地を転々としていて、本当にあらゆることが満遍なく出来る。チャンネル登録者は純粋に楽しんでいる人も多いが、勉強するために見ている新米の同業者も多い」
「ふむ、その通りです。いけすかないですね!」
基本的に、この子って性格がカスなんだよなぁ。
「模擬戦はダンジョン内の広場で行います。撮影とかもこちらは念の為の録音程度で、基本的に売名のためにという形なのでいい感じに戦ってもらえたらいいです。で、そのあとにハヤト氏に「チャンネル作ったら?」みたいに誘ってもらうので、少し考えてから頷く感じでお願いします」
「面倒くさいやり方だなぁ。まぁ、分かった。基本はあっちのやり方に従う感じでいいな」
「はい。じゃあ、いい感じに戦ってくださいね!」
「ああ……。まぁ、武術の試合みたいなものだろ?」
予定の場所に着き、ダンジョンの前で少し待っていると近くに車が止まり、動画で見た顔の人物が降りてくる。
「あ、どうもです。ハヤトさんですよね。動画見させてもらってます」
そう俺が挨拶をしにいくと、彼は「ああ、うん」と答えたあと舌打ちをしてくる。
た、態度……態度わるっ!?
「ふふ、いい感じにバチバチしてますね。DMで煽り散らした甲斐があるってもんです」
「人のアカウントで……? クソ、人間として終わっている」
「知ってしますよ。ふふ、さあやるのです! 人気者を打ち倒すのだ!」
「ダメだこの子。自分の人間性があまりにもカスなことを自覚している。尚且つそれを直すつもりもない。無敵だ」
ハヤトさんには後で事情を説明して謝ろう。
と、考えているうちにハヤトさんの生放送が始まる。
「はーい、いつものダンジョン配信! と、言いたいところなんですけど、今日は特別回です! えっ、いつもコラボの特別回ばっかりだって……? まぁそうなんですけどね! というわけで、本日のコラボ相手はこちら! 先日話題になっていた動画の方です」
「ああ、どうも……。あ、カメラの方に挨拶した方がいいんですかね」
「どっちでも大丈夫ですよー」
さっきまでブチギレていたのにこの何事もなく進行する様子……プロだな。
と、俺が考えていると、カメラの後ろでイブが跳ね、カンペを俺に見せる。えっと「ここで一発ボケる」……? こ、このタイミングで?
いや、無理だって、芸人じゃないのにこんな振り方されても。と、考えているとイブはカンペに何かを書き足していき、俺はそれを読んでいく。
「では、お近づきの印として一発ギャグをします。……カブトムシに負けたハヤトさんのモノマネ。「っしゃい! こい! っ……うぎゃああ!? ごご、ごめんなさいですぅ!」……ってイ──」
イブ! と、怒ろうとしたとき、隣にいたハヤトさんのこめかみがピキピキと血走っているのが見える。
「あ、あの、ハヤ……」
「よーし、早速だけどやっていこうか。武器とか使う? 僕はなくてもいいや。ほら、やろうか」
周りのスタッフが「ハヤトさん、段取り、段取り!」と慌てるが、もう止まるつもりはなさそうだ。
心の中で死ぬほど謝りながら広場にいき、ブチギレているハヤトさんと対峙する。
あとで聖夜さんと二人で謝るのは確定として……今は戦う他ないか。
開始の宣言と共に前に出て距離を詰める。
俺の攻撃方法は当然近距離しかなく、それ以外の手は存在しない。
意外だったのは俺のバズった動画を見ていたはずのハヤトさんがアッサリと中距離の間合いを捨てたことだ。
それどころか詠唱の気配すらない。
飛んできたジャブを躱しつつ、こちらも牽制で打ち返すと上げた腕でブロックされる。
打って躱して防いで打つ。距離の取り方は自然とフットワークを刻むようなやり方になり、お互いの視線や息が合い始める。
ある程度乗せられてから、やっと気がつく。
素手での戦いという俺の土俵でやろうとしている。
プライドが高い……というよりかは、イブが煽った結果だろう。俺の土俵で俺を打ち倒すことでこちらの誇りを折ろうとするやり方だ。
そして、その自信の裏付けのようにパンチは鋭く、防御の隙はない。
いや、実際は多少ローキックを入れるぐらいなら出来そうだが、なんとなく挑まれているのはボクシングのような気がする。
空気を裂くようなジャブを捌きつつ、目を細めて様子を伺う。
「っ……フェイントに一切反応しないのに、本命に対してはピンポイントで避けてくる。どうなってんだよ」
ハヤトさんの言葉を聞きながら、スッと手を前に出してジャブを躱しながら顔を打つを
……よし、なんとなく分かってきた。これなら当てられる。
タイミングを計りながら、相手が打つタイミングに合わせてこちらも前にいき、パンチをすり抜けさせるように拳を当てる。
大きな隙はないため掠める程度のものだが、素手の硬さならばこれで十分な威力だろう。
おそらく、拳での戦いの経験値はハヤトさんの方が上だ。
ジャブの速さはどう見ても素人のものではなく、それなりに打ち込んできたものの鋭さで、隙のなさを考えるともしかしたらプロだったり、それを目指していたのかもしれない。
それに対して俺が打ち勝てている理由はたったひとつ。──反射神経。
技量でもなければ経験でもなく、純粋な才能。
俺の敬愛するモモカ先輩曰く
「君の反応速度は人類のそれじゃないね。人類の理論値はもちろん、ドーピングやらなんやらのズルをしても君には追いつけないよ。
……知っているかい? 君の反応速度だと、陸上競技だとフライングを取られるんだ「人間にはありえない速度だから、音を聞かずに当て勘でスタートした」と見なされてね」
とのことだ。
少し慣れてしまえば、ハヤトさんの拳は当たらないし、こちらの拳は彼を捉えられる。
純粋に反応速度の違いがその差を生んでいた。
「嘘だろ……。元プロのハヤトさんが、ここまで一方的なんて」
彼のスタッフの驚嘆の声を聞き、ハヤトさんは苛立った表情を浮かべ──唐突に放った前蹴りを俺に避けられ、その脚を取られて驚愕の表情を浮かべる。
「あ、そういや、ボクシングってわけでもないのか。急に脚がきたからびっくりした」
「──っ!?」
とりあえず、投げ……と、考えていると視界の端のイブのカンペが見える。
「魔法を使うまでは倒さないでください」
とのことらしい。
人使いが荒いな……と思いながら、投げるのを中断し脚を離して距離を取る。
単なる武術だと俺が有利だとハヤトさんも分かったのだろう。
スッと雰囲気が切り替わる。
さて……ここからが本番だ。
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