第3話
ザ・クリスマス結成の翌日。
これからの活動方針などを話し合うために再びイブの喫茶店に向かっていると、その途中で特徴的なバーコード頭の男性、聖夜さんが立っていた。
「あ、聖夜さんおはようございます。待っていてくれたんですか?」
「ああ……葉くんか。いや、流石に若い女の子のところにひとりで行くのはね……」
「そういうもんですか? 友達なんだからいいかと思うんですけど」
「友達……」
聖夜さんは自分のシワのある手と俺を見比べて少し笑う。
「葉くんは、武術をやってるんだったね」
「あー、とは言っても歴は短くて、半年ぐらいですね」
「へえ、新しいことを始めるのはいいことだ。何かキッカケでもあったのかい」
「あー、かるたの大会で優勝したんですけど、帰り道で知らないおっさんに「──力が、欲しいか?」と言われて「うん」って言ったら、昨日の武術を教えてもらったんです」
「昨日も思ってたけど、ワシほどじゃないけど君も流されやすいタイプだな……。いや、変な人と関わりにならないという世間の風潮は読めていないのか……?」
と、聖夜さんは言ってから「close」の札が下げられている扉を開けて喫茶店に入る。
「あ、いらっしゃいませー。……失礼、つい癖で。好きな席に掛けてください」
俺と聖夜さんが四人がけの席に対面で座ると、イブはコーヒーとパソコンを持ってきて、近くの二人掛けの席に座って俺たちの方を見る。
「ここは……前田君のお家のお店なのかい?」
「ええ、はい。見ての通り休業中ですけど。自由にくつろいでもらって大丈夫ですよ。というか、拠点になるので私物とかおいてもいいですよ。冷蔵庫とかも」
「ああ……まぁ……うん。もう少し警戒心を持った方が」
「何を言ってるんですか「仲間」じゃないですか」
聖夜さんは曖昧に頷き、それからイブの持っているパソコンの方に目を向ける。
「それで……動画投稿サイトのアカウントを作るのかい?」
「いえ、流石に昨日の今日だとヤラセの仕込みに見えてしまいそうです。でも、放置していたら機を失います。……なので、そこでこれです」
パソコンで開いたのは、俺のSNSのアカウントだ。
「あれ、葉くんのアカウントかな」
「あ、昨日パスワードとか教えたんですよ。ほら、へへ、友達だから」
「……君たちの警戒心の薄さがすごく心配になるよ」
「それで、ここに届いた大量のDMなんですけど、ほら、それなりに動画投稿者の人も混じってるんです」
あー、本当だな。うわー、すごい量のメッセージがきてる。
「それで、その動画に出演するのもありかと思っているんです」
「それだと収益にはならないんじゃないか?」
「重要なのは「ストーリー」です。ヤラセと思われたらストーリー性に欠けるので盛り下がります。なので「動画投稿者と関わったことで動画投稿に興味が出た」という体をとって、それからチャンネルを開設します」
「はあ……よく分からないな」
「というわけで、この中からそれっぽい人を探して、動画をあげてもらうのがいいですね。動画編集が早そうで、あまり商売っ気がなさそうな人、加えて近隣に住んでいて、有名すぎず無名すぎない……」
とイブは俺のアカウントにきていたDMを精査していき「これだ!」と目を光らせて返信する。
「どんな人にしたんだ?」
「めちゃくちゃ有名かつ、イキリ癖がすごい、ぶん殴ったら盛り上がりそうな人がいたのでその人にしました」
「前提を全てかなぐり捨てたな」
「動画投稿ではなく生配信にしてもらうので、編集で負けを隠されるみたいなこともないですよ! やっちゃってください! 葉くん!」
前提ガン無視の、ひたすら有名人を殴ってバズりを目指すストロングスタイルである。
イブがやりとりをしている横で、聖夜さんがこそりと俺に話しかける。
「あの……ワシが言うのもあれだけど、大丈夫かい? 魔法使いを相手になんて」
「えっ、ああ、戦う分には問題ないかと」
「でも、武術を初めて半年だけなんだよね?」
「師匠からお墨付きはもらっているので」
「……そもそも謎武術なんだよなぁ」
「まぁ、師匠のオリジナルですしね」
俺の武術は師匠が「魔法使いを倒す」ために作ったオーダーメイドの武術だ。
その基礎となる理は「魔法の詠唱に反応する」ことにある。
現在発見されている魔法百二十四種は全て詠唱が必要であり、大抵の魔法は三文字目まで詠唱を聞けばどんな魔法がどのタイミングでくるのかが分かる。
手から発射される魔法がくると知っていたら手を弾けばいいし、下から来るのが分かっていれば避ければいい。
詠唱が長いなら殴って止める方法もありだ。
魔法百二十四種、その全てに対して適切に対応することで、非魔法使いが強力な魔法使いを制する──それが、俺の師匠が考案した『破魔百二十四種』である。
「魔法使いとの戦いは、かるたのようなものです。詠唱という読み札に対して、反射で対応する」
「……かるた、か。得意だってさっきも言ってたね。うちの娘もやっていてね」
「ここら辺では盛んですからね。というか、じゃあ知り合いの可能性もありますね。聖夜さんの娘さんと」
「いや、娘はそんなに強くないし、大会にも出てないそうだよ」
「まぁ競技は競技ですけど、遊びとしてもいいものですしね」
聖夜さんは軽く笑う。
「まぁ、楽しそうにやっているようだし良かったよ。もしよかったら、今度ワシにも教えてくれないか?」
「もちろん。今度持ってきますね」
「葉くんは何がキッカケでかるたをはじめたんだい?」
「あー、実は恥ずかしながら、その……好きな子がやってて、近づけないかと思って始めたらどハマりして」
聖夜さんは「ははは、青春だなぁ」と笑う。
いい人だなぁ。ホストみたいな名前してるし、今から一緒に有名人をぶん殴りに行こうとしてる人だけど。
「よし! アポ取れましたよ! 来週の土曜日にバトルです! さあ、ムカつくやつをぶん殴りながら金と人気をいただきましょう!」
聖夜さんの方を見て、俺はゆっくりと呟く。
「もしかしてなんですけど、イブってカスなんじゃないですか?」
「割とそうだと思うよ」
というわけで、バトルの日付が決まった。
◇◆◇◆◇◆◇
友達と過ごす楽しい土日は終わってしまい、憂鬱な平日が始まってしまう。
退屈な授業を聞き流し、急ぎ足で教室を離れてかるた部の部室に向かう。
扉を開けると、ちょこり、と小さな人が畳の上で正座していた。
「ん、やあ、樅山くん。今日もはやいね」
そう言ったのは、高校生にしては小さな身体と幼い顔立ち、けれども落ち着いた雰囲気と大人っぽい話し方が印象的な女子の先輩だ。
少しぶかりとした制服。スカートは他の女子達よりも少し長くて膝小僧は隠されていて、シンプルな黒い靴下が細い脚を覆っている。
見た目は年相応以上に幼いのに、口を開けば年相応よりも大人っぽい。
そんな不思議な人が、俺をかるた部に誘ってくれた俺の好きな人である山田 百歌先輩だ。
「いや、いっつもモモカ先輩の方が早いですけどね」
「まぁ、三年生の方が教室が近いからね。ん、今日はいつもよりも声が明るいけど、何かいいことでもあったかな」
声に出ていたか……。と恥ながら頷く。
「ああ、友達が出来て、遊んだりしてたので」
「それはよかった。……でも、私とも遊んでおくれよ?」
俺が慌てると、モモカ先輩はいたずらにくすりと笑う。
「……君は実に分かりやすいな。──、しのぶれどというやつだ」
「……しのぶれど? 何か聞いたことがあるような」
「……君、百人一首の大会で優勝したよね? 分からないなんてことある?」
「あー、いや、上の句は決まり字までは覚えてますけど、それ以外はさっぱり。下の句は覚えてるんですけど」
「そんなことあるの……? たぶん、エイリアンでももう少し情緒を介していると思うよ」
「競技としては好きなんですけど、詩とかはサッパリで」
俺が言うと、先輩は呆れたようにため息を吐く。
「私としては、かるた遊びよりも和歌の方が好きなんだけどね。君も、少しは興味を持ってほしいな。先程言った詩なんて君にピッタリだ」
「しの……しの……えっと、なんでしたっけ?」
「本当に決まり字までしか覚えてないんだ……」
「あ、忍びブレイドでしたっけ」
「そんなスタイリッシュな歌じゃないよ。全く……」
ふう、と、先輩はため息を吐く。
「今日はなんだか少し疲れてますね。何かあったんですか?」
「ん、君に話すようなことじゃないんだけど……。仕事に真面目だった父がね、なんだか友人と動画投稿を始めるとかで……」
「ええ……。それは心配ですね」
「ああ、詳しくも、得意でもないだろうに、なのに少し張り切っていてね。娘として、趣味を持ってくれるのは楽しそうでいいと思うのだが」
でも動画投稿か……。そりゃ心配だよな。
突然「父さんな、動画投稿者で食っていこうと思うんだ」みたいなことを切り出されたら取り乱してしまうだろう。
先輩も大変なんだなぁ。
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