第2話
バズる。
……SNSなどで拡散されて大きく広まることを指す。
バズった。
というか、まぁそもそも聖夜(ナンパ男)はそれなりにネットで有名であり嫌われていたことで、それが生配信中にぶっ倒されたとなると、それなりにスカッとする人が多くいたのだろう。
即座に拡散され、ナンパされていた美少女が制服姿だったこともあり、すぐに地域やら何やらまで特定されて……。
ということである。
「……あのー、これ、どうしたらいいんです? 聖夜さん」
「えっ、ワシに聞くの!?」
・おっさんの方の聖夜に訊くのは草
・コイツの聖夜(真)に対する信頼はなんなんだよw
・もうこれ「仲間」だろ。
コメント欄が流れていくのを横目に、聖夜さんの方を見つめる。
「え、ええ……。まぁ、とりあえず、この場を離れて……。あー、SNSのアカウントとかは削除した方がいいかもね。君のスマホ、ずっと鳴ってるし……特定されてるよね」
「なるほど、SNSの削除……」
俺が聖夜さんのアドバイスに従おうとしたところで、少女の手が伸びて俺の持っていたカメラを触り電源を落とす。
「うわ、どうした」
「……お金の……お金の匂いがしますっ!」
俺と聖夜さんの手を握った少女の瞳には、完全に「$」のマークが浮かんでいた。
「ちょっとお時間いいですか?」
「えっ、いや……」
「えっ、ワシも? なんで?」
と、困惑する俺達の手を引いて、少女は野次馬の間を歩いて俺たちを連れていく。
着いた先は、寂れた……というよりかはもう営業もしていなさそうな、古い喫茶店だ。
少女は慣れた手つきでシャッターを開けて俺たちを招き入れてパチパチと電気を点ける。
「え、えーっと、あのー」
「何を飲みますか? コーヒーでいいですか?」
「えっ、あ、ああ、まあ、うん」
よく分からないままに席に座らされて、インスタントのコーヒーが突き出される。
これは……ナンパから庇ったお礼ということなのだろうか。
黒い髪の少女はこほんと身を正して、俺達にぺこりと頭を下げる。
「助けていただきありがとうございます。本当にしつこくて参っていたんです」
「ああ……まぁいいよ。そんなお礼なんて言われるほどのことでもない、なぁ聖夜さん」
「ワシに関しては本当にお礼を言われることは何もしてないんだけどね?」
少女はもう一度身を正して、首を横に振る。
「それで……その、先程のお話なのですが、SNSのアカウントを削除するというのは少し待っていてもらえないでしょうか」
「えー、まぁ……なんで?」
少女は目をキラキラさせて俺達を見る。
「お金の、お金の匂いがするんですっ!」
と、あまりにもあまりな、欲望にまみれたことを口走る。
「お金っていいじゃないですか。あれば社会に出て働くなんてことしなくても済みますし、美味しいものも食べられて、欲しいものも買えて、ぐへへへへ。なんでも手に入る」
聖夜さんがぽそりと「品性は買え……」と言いそうになってから口を閉じる。
「それで、あなた達からはお金の匂いがプンプンするんですよ!」
「は、はぁ」
俺達の反応を見て少女は立ち上がって拳を握りしめる。
「勿体無い……勿体無いです! 絶対に儲かりますよ! ディスイズビジネスです!」
「いや、儲かると言われても、何がなんだか」
「バズってるじゃないですか、ほら! これです、これなんですよ! ビジネスの基本は三大欲求です。三大欲求って何か分かりますか!?」
少女の勢いに押されて聖夜さんが口を開く。
「え、ええっと……食欲、睡眠欲──」
「その通り! 人間の三大欲求は金! 暴力! セックス! です!」
「それは違くない……? あと、女の子がそういうこと言わない方がいいお思うよ、おじさんは」
「ダンジョン配信者は近年大人気になっていて、今は大ダンジョン配信時代です。猫も杓子もダンジョン配信で人気者を目指します。それで、以前までのインフルエンサーなどと何が違うのかというと、ダンジョン配信がオッケーなサイトって、めちゃくちゃ規約がゆるいんですよ、他の動画サイトなら一発で凍結&収益差し止めです」
あー、まぁ、俺もごく稀に話題になったやつを見ることがあるけど、結構過激だよな。
「そのせいもあって、他の動画サイトに比べても「目立てばいい」みたいな不浄な思想が蔓延り、さっきみたいな迷惑系ダンジョン配信者が蔓延っているんです……が、当然反感も買っている……けど、ダンジョン配信者って一般人に比べて武力が圧倒的にあるのであまり叩きにくいんですよね。私は、こんな不浄な思想が蔓延る社会を変えたいのです」
「はあ……なるほど、それで、俺達が連れてこられたのは……」
「嫌われ者のダンジョン配信者をぶん殴ってお金を稼ごうという話です」
「それは……良くないんじゃないか……?」
「目立てばいいんですよ」
「ふ、不浄な思想……!」
聖夜さんと俺に向かって少女は鼻息を荒くして説得する。
「ぜっっっったいに、儲かります! この三人ならいけます!」
「ワシはいらなくない……?」
「あー、いや……」
それなりに武術の腕を磨いてきて、それを使って戦える場に興味が惹かれないということもないが、少女の勧誘に頷くことは難しかった。
「あー、その、俺、流れが読めないんだ。流行とか、全然からっきしで。だからそういうのは、たぶん、向いてない。誘ってくれてありがとうな。ふたりでやってくれ」
「ワシとこの子の二人だとなにもやることなくない……?」
俺の言葉に、少女はぽかりと呟くように言う。
「……流行が分からないから、ですか?」
「ああ、そういうのは無理だ」
俺の言葉に、少女は言う。
「じゃあ、まったく問題ないですよ! だって、流行を作る側です! 合わせる必要はないんだから、流れを読む必要なんてないんです!」
「……流れを作る?」
「はい。分からないなら、自分で作ったらいいんですっ!」
今まで考えもしなかった。
俺はずっと、上手いこと人付き合いも出来ずに、どこに行っても端っこで過ごすものだと思っていた。
「……それ、やったら、友達とか出来るか?」
「友達ですか? そりゃ、出来ますよ。というか、もう出来てますよ。ふたりも!」
俺は少女と聖夜さんを見る。
「ね、やりましょうよ」
「友達……。ああ、やるか、やろう! 聖夜さん! 名前も知らない美少女の人!」
「……えっ、ワシも? なんで……?」
「お金稼げますよ? 副収入です! お金、いりませんか?」
「……娘の大学受験の費用が必要なのは、そうなんだけど」
「じゃあ決まりです!」
少女は嬉しそうに「わーい」と手を挙げる。
「おっと、じゃあ、話がまとまったところで自己紹介といきましょうか。私は前田 イブです。趣味は休日にベッドの上で無限に流れてくるショート動画を心を無にして眺めること、お兄さんは?」
「お兄さん……いや、たぶん同い年ぐらいじゃないか? ああ、えっと、樅山 葉。趣味は……まぁ、かるた部に入ってるからかるたかな。あと、武術を齧っている」
二人で聖夜さんの方を見ると、困惑した様子で名乗る。
「えっ……ああ……山田 聖夜。……趣味……趣味……娘が産まれる前は、野球とか好きだったような」
少女は頷く。
「では、葉さんと聖夜さん。あ、私のことはイブと読んでください。……ふむ、聖夜に、イブに、モミ……。クリスマス、ですね」
「クリスマス?」
「私たちのチーム名です。【ザ・クリスマス】この名前で活動していきましょう!」
「……なんかワシがメインじゃない? それ」
イブは金という夢に目をキラキラとさせて「えいえいおー!」拳を振り上げた。
こうして、後に伝説の有名チャンネルとなる【ザ・クリスマス】が誕生したのだった。
【登場人物紹介】
樅山 葉……流れが読めない。
前田 イブ……流れを読まない。
山田 聖夜……流されやすい。
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