5-3
エルヴィスが幽閉されてから、オーエンの生活も変わった。とはいえ、オーエン自身は罪に問われているわけではなく、今まで通りの生活を送っている。しかし、誰かに監視をされている、と感じることが増えた。
おかげでろくに動くことができず、一度もエルヴィスのもとに行くことができていない。こっそりとエラが報告をしてくれるものの、焦れる気持ちと戦うのは容易ではなかった。
「おや、そちから訪ねてくるとは珍しい。どうした?」
直接王を訪ねると、王はオーエンを喜んで迎えた。ちょうど仕事の間だったようで、休憩にしよう、と王は側近に言い、彼らを下がらせた。
「ま、用はわかっているがな。あれのことだろう」
出された茶に口をつけながら王は言う。盤上遊戯のような間を持たせるものがないと王の話は早い。多数の案件に対する最終承認を短時間で行えるよう訓練されているからだ。
「そちからすれば、余は番を奪った極悪人であろうな」
「そこまでは思っておりませんが」
単に会うための障壁が増えた程度で、王を極悪人だと思うことはなかった。オーエンとて伊達に王の乳兄弟として育ったわけではない。現在のオーエンが怒るとすれば、着せられた罪を脱ごうともせずひとりでかぶったエルヴィスに対してである。
しかし、これだけは訊いておきたかった。
「ルカ様は、本当にエルヴィスがオスカー様を暗殺しようとしたとお考えですか」
「五分五分、といったところか。あやつはエレノアを妹のように可愛がっていたゆえ、同情したか、頼まれたか。そのどちらかだと余は思うておる」
「……さようでございますか」
「そちにはすまぬが、わかってくれるか」
「ええ。お考えは、理解しました」
どちらにせよ王の正室に関わることであるため、隠匿することにした。そして、性質がどう関わったにせよ、実行犯をエルヴィスにすればいいと判断したと、オーエンは正しく理解した。理解はしたが、同調はできなかった。
「オーエン、余の話も一つ聞いてくれぬか」
「いかがなさいました?」
「最近、エレノアがずっと、国が危ないのだと言う。燃えさかる炎ばかり『視』ると。そちはどう思う?」
王の問いかけの意図がつかめなかったが、オーエンは一般的な答えを返した。
「〈天〉の宮廷魔術師様のおっしゃることでしょうから、信憑性は高いと考えますが。国防の強化に努められた方がよいかと存じます」
「それは、そちの言う通りだが……。どうしても確信が持てぬのだ。本当に国のことを考えての発言であるかが」
意図もつかめず、返答も思いつかなかったためオーエンは問い返す。
「と、言いますと? 何か、お疑いになる理由でも?」
「このところ、エレノアに会う時間が減っていたゆえ、へそを曲げられているのではないかと」
この理由を聞いてオーエンは呆れかえった。王の気を引くために虚偽の話をしているのではないか、と疑われているエレノアが気の毒だと心の底から同情する。
「宮廷魔術師の座にある者は皆、きちんと職務をまっとうしております。〈天〉の宮廷魔術師はこの国の行く先を示す星のように、〈人〉の宮廷魔術師はこの国の人々を守る大地のように、そして〈地〉の宮廷魔術師はこの国の産業を支える海のように、職務をまっとうするよう言われるのをルカ様もご存知でしょう。それを私的な理由で曲げるなどありえない」
「それをそちが言うのか。すでに曲げた者がおるというのに」
オーエンの言葉を王は静かに遮った。オーエンも気づいて、黙ったまま頭を垂れたが、 握りしめた拳がひどく痛んだ。
「でも、俺は〈天〉の宮廷魔術師様がおっしゃることを信じるべきだと思います。どうか国境警備の強化についてご一考を」
「うむ」
食い下がったオーエンに王はうなずいた。側近が休憩時間の終わりを告げたため、オーエンはそのまま王の前から辞した。
王の執務室から出てすぐ、オーエンの行く手を阻んだのはエレノアだった。エレノアは静かにするようオーエンに示して、その手を引いた。引かれてついて行った先は、彼女の私室の前だった。番以外のアルファであるオーエンは部屋の中には入れない。
「もしかして、話が聞こえていましたか」
オーエンが訊ねるとエレノアは首を縦に振った。
「……ごめんなさい、盗み聞きするつもりはなかったの。あなたに渡したいものがあって待っていただけだったから」
エレノアはぎゅっと握りしめていた小さな箱をオーエンに手渡した。
「あなたが必要だと思うタイミングで使って。あの塔の防護魔術を解除する装置です。私の言うことを信じて動いてくれたエルヴィスとあなたに、これだけしか返せなくて、ごめんなさい」
ぽろり、とエレノアの海底のように深い青色の瞳から涙がこぼれる。こぼれる涙をそのままにエレノアは話を続けた。
「エルヴィスが捕まる前、最後に話をしたのは私なの。私が彼を部屋に招かなければ、あんなことにならなかったかもしれない。何度も考えて、でも答えがでなかったから、それを作ったわ」
エルヴィスとオーエンは魔術についてまったく詳しくないが、エレノアは別だ。魔術の最高峰に位置する〝予知〟の能力を持つ彼女にかかれば、すべての魔術が玩具のように易しいものになる。
「私との話の中で、エルヴィスはあなたに謝りたいと言っていたの。そのすぐあとにあんなことになってしまったけど、それだけは伝えておきたくて」
余計なお世話かもしれないけど、と付け加えた彼女にオーエンは首を横に振った。
「……そうですか。ありがとうございます」
オーエンは安堵して礼を言う。やり直すための糸口をエルヴィスは残してくれていた。それをどう活かすかはオーエン次第だ。
「エレノア様、これからどうなさるおつもりですか」
「――国の行く先を信じてもらえない〈天〉の宮廷魔術師など不要でしょう。私はここで私の言葉を蔑ろにした報いを受ける様を最後まで見届けます。星見はもうおしまい」
エレノアはすっきりとした表情で言い切った。その顔は〈天〉の宮廷魔術師としてではなく、王の正室としての顔だった。
「でもあなたたちには生きてほしいの。大丈夫、あなたがそれをうまく使えさえすれば可能だわ」
エレノアはにこやかに告げたが、オーエンには呪いの言葉のように響いた。
「幸せになってね」
「……できる範囲で、がんばってみます」
かろうじてオーエンが返すと、エレノアは微笑んだまま自室のドアを開け、部屋の中に姿を消した。
○
どれくらい時間が経ったかわからないまま、意識が浮上するのを感じてエルヴィスは身体を起こした。身体を起こすと、残っていた鈍い頭痛を感じて、思わず額を手で押さえる。しかし、異常な身体のほてりは消えており、ヒートが過ぎ去ったことを実感してホッと胸をなでおろした。
喉の渇きを覚えて部屋を見回すと、いつ受け取ったかわからない水差しとコップがあった。以前エルヴィスが自室で使っていたものであり、おそらくエラが持ってきてくれたのだろう。中に残っていた水は澄んでおり、特段異臭もしないため、口に入れても問題ないものだと判断する。
(結局、このヒートの期間一度も会えなかった……)
ゆっくりと水を飲みながらエルヴィスは長い時間を思い返す。エラからオーエンに話はされているはずだが、こちらに一度も来ない、ということはいよいよ本格的に縁を切る準備をされているのかもしれない。そう考えてエルヴィスは自分の考えを否定するように首を横に振った。
なお実際には監視が厳しくなった、と感じたオーエンがエラを自分から遠ざけており、そもそもエルヴィスの状態が伝わっていなかった。しかし、残念ながらエルヴィスはそれを知るすべを持たない。
(国賊とされたうえ、気持ちを踏みにじるような行為を重ねたわたしの顔など見に来るはずもないか……。おまけにその前の喧嘩のことも謝れていないのだから)
暗くなる気持ちを吐き出すようにため息を吐いた。どこで間違ったのだろうか、と思い返す。王が側室を引き入れた際にもっと王を追及しておけばよかったのだろうか。自分の身分を利用してもっと多数の人間を引き入れていればよかったのだろうか。
たくさんのもしもを考える。その選択をすれば、ここまでひどいことにはならなかったかもしれないが、逆にもっとひどいことになっていたかもしれない。正解のない問いに答えは出なかった。
体液で汚れた服を脱ぎ捨て、膝を抱えて座り直す。膝に顔をうずめると膝の骨が額に当たった。ろくに食事を摂っていなかったことを思い出すが、食欲はわかなかった。
(……つかれた)
自覚するとあっという間に倦怠感に苛まれる。清潔とは言い難いベッドの上に再び横になるととろとろとした眠気がやってきた。
一旦寝てからこれからのことを考えよう、と薄れゆく意識の中で考えながらエルヴィスは目を閉じた。
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