世界を変える方法

沙月雨

そうしたら、世界はきっと


「誰かのために明日が来るなら、その人が嫌い」



昔、学校の裏庭で泣きじゃくっているとき、そう零したことがあった。

けれどその時一緒にいた子は唯一無二の親友でも、幼稚園からずっと一緒の幼馴染でもなくて、一か月間だけの席でただ偶然隣になっただけの男の子。


なんで泣いていたのかは覚えていない。

ただきっと、その日にとても嫌なことがあって、明日なんか来てほしくないと思っていたのは覚えている。



「こんな世界なんて、いらない。―—――こんな世界の明日なんて、きてほしくない」

「…………うん」



ただ相槌を返すだけのその男の子に、なんでいるのだろうか、と考えて。

それでもそんな考えがすぐにかき消されるくらいに泣いて泣いて、そして涙がやっと少なくなってきたその時。



「それで、こんな、」

「うん」

「こんなことを言ってる自分が、一番嫌い…………」



ぽつり、とそう零す。

それでも余計な口を挟まずにただ私の話を聞いてくれる男の子は、初めて私の顔を覗き込んで口を開いた。



「―—――それなら、世界を変える方法を教えてあげるよ」

「…………無理だよ、そんなの」

「大丈夫。簡単だから」



世界を変えるなんて無理だ、と思った。

だって学校にすらたくさんの人が集まっているのに、世界なんてどうやったって変えることなんかできない。


そう思って首を振ると、男の子はふわりと微笑む。



「さあ、目を閉じて」






◇◇◇◇◇






――――どこかで、泣いている子供の声が聞こえる。

それが自分がいる場所からそう遠くないと気づいたとき、私はすでに駆け出していた。



「どうしたの? 何か辛いことでもあった?」

「…………う、ん」



自分より一回り以上年下の子供に笑いかけると、その子はごしごしと目を擦る。

それでも手の隙間からあふれ出してくる涙をさらに拭こうとする子どもの手を、私はそっと抑えた。



「先生、私もうやだよ」

「…………うん」

「こんな世界なんて、大っ嫌い」



かつての私に酷似したことを言うその子に、苦笑が零れる。

けれど私の場合はもっとたちが悪かったか、と考えながら、私は少し腫れてしまっている子供の目を手で覆った。



「それなら、世界を変える方法を教えてあげる。―—――目を閉じて」



今でも、時々思い出す。

こんな世界が嫌で、逃げてしまいたくて、明日なんか来ないでほしいと思っていて。


それでも今みたいにそっと目を閉じれば、優しく微笑む男の子がいた。



「聞いて。…………風が吹いて、それに木々が揺れて、そしてその木々たちは花を咲かす」



こくり、と頷く子供の体温は、温かい。

けれどそれと同じくらい、自分の胸も温かかった。



『ほら、世界はこんなに綺麗だよ。―—――さあ、』



風の音とともに、声が聞こえる。

視界が開けたその先に、一瞬優しく微笑む男の子が見えた気がした。



「目を開けて」



そうしたら。



「『————そうしたら、世界はきっと変わっているはずだから』」




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世界を変える方法 沙月雨 @icechocolate

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