第17話
お昼はざるそばだった。小皿にはネギと細切りした油揚げがあった。好みによって量を加減せいということだろう。後は卵焼きと冷やしたトマトを切ってくれた。こういう食事も数日ぶりだと言うのに懐かしい気にもなる。祥子には、
「疲れているだろうから、そばだけでもいいだぞ」
とは言っておいたものの、
「落ち着いた食事をちゃんと食べるのも疲れを取るためなのよ。栄養が取れるんだから、私のためでもあるのよ」
まるでいなされてしまった。ニュースを見ながら昼食を進めると、ふと、
「あ、そうだ」
思いついた、いや思い出したことがあった。
「どうしたの?」
「いや、父さんのベッドさ。介護用ベッドはレンタルだから業者に連絡して取りに来てもらわないと」
「レンタルだったの? 初めて聞いた」
「ああ、初めて言ったと思う。食べ終わって少ししたら電話してみるよ」
「明日にはしないの? 午後寝るって言ってたじゃない」
「何時間もかかるわけじゃないだろ。それに寝るって言っても本当に寝るかどうかも知れんから」
「私がかけようか?」
「いや、いいよ。業者の人には何度か会ったこともあるから、俺がした方がいいだろ」
「そうかもね」
それから祥子の食事が遅くなったのは気のせいだったろうか。早く食べてしまったら、私がすぐに動かなければならない、そういうところに気を使って。祥子ならありそうなことだった。四つ年下だけれどもそういう点において祥子にはかなわなかった。私はむしろ後になって、(ああ、あそこで気を使うべきだった)と気づくような鈍感な者だから、
「お茶、もう一杯飲む?」
食事を終えて、空になったタンブラーをいつ見たのか、そそくさと麦茶を冷蔵庫から持って来た祥子にはほとほと感心してしまう。時に思う。そんな祥子は、私のどこが気に入って結婚してくれたのかと言うことを。直接聞いたことは無論ない。度胸がないからだ。恥ずかしいからだ。だから、今に至っても
「ああ、もらうよ」
とタンブラーを差し出す以外のことはできなかったのである。
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