第16話
帰宅。
「お帰りなさい。お疲れさまでしたね」
祥子が待ちわびたように玄関まで出てきた。
「ああ、まあ、みんなそうだろ。祥子も気を使ったろ」
祥子にも労いをしなければならないだろう。姉一家も姪一家も昨日戻って行っていた。兄は今しがた送り届けたところだ。
「暁斗は何か言っていたか?」
私が尋ねると、
「あなたが無理してこなくていいって言ったから、じいちゃんの記憶もないし、行って邪魔になるのも何だからって」
暁斗が実家にやって来たのは確かに幼い時だけだった。めったに帰省するようなこともなく、母親が亡くなった時も私一人で帰って来るばかりだった。もちろん、祥子を手伝わせるために連れ立ってとも考えたのだが、母親の時はクモ膜下出血と言うよりバタついた感じがあったので、手が必要だったら来てもらうからと言って私だけが帰って来たのだった。
「そうか。まあ、今度墓参りにでも来させればいいだろう」
「そうね」
祥子は、冷蔵庫からペットボトルを取り出してアイスコーヒーをタンブラーに注いで出してくれた。それを口にしようとすると、スマホが鳴った。出てみると、
「お父、おはよう。落ち着いた? お母から一通り終わったって聞いたから」
暁斗からにしてはこんな時間に珍しい電話だった。
「おはよう。一応大きなものはな。後は香典返しなんかの小回りだな」
「よくわかんないけど、それほど大層なことじゃないんだ?」
「そう言うことだ。そっちはどうなんだ? 勉強ちゃんとしてるか?」
「してるって、バイトも時々行ってる。充実した夏期休暇だよ。もう明後日には授業始まるけどね」
「そうか。暁斗も無理しないようにな。体に気を付けて」
「それはお父もだよ。体に気を付けるんだよ」
「ああ、ありがとう。じゃあな」
「うん、じゃあ」
とりとめのない会話だった。だがこの日常感が何とも言えず心穏やかにしてくれた。
「暁斗、何ですって?」
「充実した学生生活をしているそうだ」
祥子からの問いに簡潔に答えた。それだけで十分伝わるはずだ。聞こえずとも私が言っていたことで暁斗がそういうメッセージを告げたであろうことは容易にわかるだろう。
「お義姉さんやお義兄さんたちは休めるのかしら」
「ぼちぼちやるんじゃないかな。兄さんは今頃移動中に寝ているだろうし」
「それは休みにならないわよ」
「仮眠にはなるし、今日は仕事にはいかないって言ってたよ」
「そうなの? お義姉さんは?」
「午後から出るって。動いている方がいいみたい」
「それなら昨日寝られたんでしょうかね」
「わからん。後からLINE入れてみる」
「そう。あなたはどうするの?」
「ああ、あと三日は休みがもらえてる。だから、少しはゆっくりできる」
「もう一眠りする?」
「今からか? いや、いいよ。するなら昼の後からにするよ」
私はタンブラーのコーヒーを飲みながら祥子との会話を続けた。慌ただしい日々、祥子とこうして対面になって話をする時間は少なかった。いまだ臨時職員での薄給を嘆くこともなく、時折パートに出ても疲れをいっこうに見せない祥子には感謝ばかりだ。
「洗濯するけど出すものある?」
「いや、脱衣場に出した物を頼む」
「わかった」
祥子はタンブラーを置きっぱなしにして立って行った。テレビのワイドショーがついていたことに気づいてぼうっと見つめた。墓じまいについてのコーナーをやっていた。昨日の今日でこのネタに思わず聞き耳を立てた。コーナーが進む。祥子が全自動洗濯機を動かして戻って来たのにも気づかないほどだった。CMになり、タンブラーを手にしたとたんに、祥子に気づいて驚いた。
「そんなに気になるの? 墓じまいに興味あるの?」
「気になるって言うか、仏事をしたからさ。別にもうおしまいにしようなんて考えているわけじゃないよ」
早口に答えてアイスコーヒーを空けた。
「お義父さんを送ってなかったら、よく見もしなかったのかしら」
「そうかもしれないな。何か仕込んでたかってくらいのネタだったから、ついな」
「そうね」
CMが明けてコーナーの続きが放送された。それを二人して黙ったまま見続けた。
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