第13話

 出棺と火葬が午後とあっても、なんだか早くに目が覚めてしまった。仏間に行って線香を灯した。それからはルーティーンの流れをしていると兄も起きて来た。兄は昨日スーパーで買って来た菓子パンを食べ、私は私で朝食まで済ませた。

 午後にメインイベントが待っているとはいえ、午前丸まる暇と言うことはなく、お供えする団子づくりを手分けしてやった。二十粒盛りを二皿と、十粒盛りを一皿、四粒盛りを一皿用意しなければならない。もちろん餅屋なんかに注文することもできそうだが、予算が予断を許さなかったため、姉が先導して団子づくりとなった。その間に姪の一人が炊けたご飯で昼用のおにぎりを作ったり、あるいは姪たちの遊び心に火がついたのか余った団子でキャラクターを造形したり、あんみつにするとか言って白玉代わりにするとか言って丸めたりした。そんな慌ただしい午前中を過ぎて、各々昼食を終わらせると、礼服に着替えた。

 午後一時過ぎに葬儀屋のスタッフが来て、出棺の準備に取り掛かった。花を供えたりしても三十分もかからず、もう霊柩車も到着していたので予定時間よりも早く出棺できた。提灯は誰、遺影は誰、茶碗を玄関先で割るのは誰、鈴を叩くのは誰などとすでに決めてあったから、そこで慌てるような事態にはならず、集まった親戚やご近所に兄が挨拶をして霊柩車に乗り込んだ。私を始め他の参列者は分乗して火葬場へ向かうことになった。

 斎場は静かだった。歩く足音だけが響く。会話をすれば小声でも響いた。父の納まった棺がある。遺影が飾られ、順々にお焼香をした。何か知れないかすかな火が空気を見る見るうちに膨らませて私の胸を一杯にさせた。それはもう涙に変わりそうになっていた。姉の目は赤くなっていた。姪たちに変化はないし、姪の一人の一家の、父からすればひ孫も変化はない。この場所に落ち着かないとか何か駄々をこねるとかもしない。小学三年生になっているからと言えばそれまでだが、めったに来ない場所に居心地の悪さを感じてもおかしくはない。が、それもないようで姪の旦那と手をつないで大人しくしていた。

 斎場の正装のスタッフが礼をして案内をした。棺を動かして火葬場の前で止めた。それから提灯からろうそくが取られ、ろうを棺に垂らして立てた。(いよいよか)。もうこれで父を、肉体の父を見ることはなくなるのだ。叔母たちは泣いていた。姉はすすり泣きをしていた。兄は泣いていなかった。私はただ堪えるばかりだった。火葬場が開き、スタッフがレバーを操作し棺は闇の中へ遠くなっていく。火葬場のシャッターが閉じられた。スタッフに案内されフロアで待つことになった。コロナの影響か、食事ができる畳みのある会場は開けてもらえなかったが、小さなテーブルを椅子が囲っている四つのスペースにばらけて座った。もう午後なので食事の用意をする必要はなかったが、飲み物とおつまみのお菓子を用意しておいたので、それぞれのテーブルに人数分置いた。待っている間はしきりに雑談ばかりだった。姪の子供はやはり飽きたのだろうゲームをしていた。

 雑談もそろそろ飽きて来たころに館内の放送が鳴った。火葬が終わったのだ。収骨へ向かう。もう棺はなかった。そこには骨がちりじりに散らばっているばかりで、もう父はいなかった。いや、その骨こそが父なのだ。参列者がそれぞれ骨を拾い、骨箱に納めた。誰も泣く者はいなかった。すべての骨を拾い、スタッフが丁寧に小型の刷毛のような道具で細かい骨を拾い、骨箱へ。蓋が締められ、風呂敷が結ばれた。火葬は終わったのだ。

 それからいったん家に戻り、各々仏さんに手を合わせると、参列者は解散となった。私たちも一休みする時間はできた。普段着に着替え、汗を拭いた。ほどなくして葬儀屋のスタッフが来た。翌日の葬儀のための祭壇をこしらえるためだ。スタッフの先導に従って机を動かしたり、白いシーツをテーブルにかけたり、遺影と骨箱の位置を直したりした。それも何時間もかかると言うわけでもなく、一時間もかからずにほどなく終わった。いつの間にか兄の姿がなく、それでも疲れてしまっていた私がテレビをつけると兄が帰って来た。例のスーパーでビールとお弁当を買ってきてくれたのだった。それがその日の夕食になった。こうして一つ一つが終わっていくと言うことを実感しながら、弁当を食べた。

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