第12話
葬儀屋が家に来たのはそれらが一段落ついた時だった。これからの段取りの打ち合わせをするのを含め、まずは父を棺に入れた。飯をもって箸を挿した茶碗も、長時間燃え続けるろうそくや線香も先方が準備して来てくれて、棺の前に屏風を、それから線香立てや鈴や賽銭入れを置いた。
姉が葬儀屋と知り合いだったため話はトントンと進み、大枚をはたいて一気に出せる者のいないこの一家にあって、家で葬儀を行うことが一番低予算で行えると知って、それで進めることになった。次には葬儀に誰を呼ぶかと言う話になったのだが、
「まだ残暑が厳しいしね」
「叔父さん叔母さんたちも高齢者だろ、さすがに遠方の移動はきついだろ」
「まだコロナがあるしな、もう小ぢんまりとしてやる方がいいでしょ」
などと言う意見が一致したために、同市内に住む叔母さん三人だけ参列してもらうことになった。
「香典とかどうする?」
「いや、小ぢんまりしてやるんだから、いらんじゃないか」
「お爺さんの意向でこういう風にするからって言えば、一番断りやすいんじゃない」
「香典返しの準備の費用も抑えられるしね」
ということで包み物は一切断ることになった。
そうこうしているともう昼近くなっており、姉と姪はお弁当を買いに出た。そのタイミングで私が何度かけてもつながらなかったお寺さんに、兄がかけたら一発でつながった。私は私で親戚方々に訃報を連絡していた。
「お世話になっております。父が亡くなりまして、はい。それで何度かお電話差し上げていたんですが、はい。はい、わかりました。夕方ですね。よろしくお願い致します」
話しは簡単に終わったようで、もう聞かずともお寺さんが夕方に来ると言うのがわかった。
姉たちが帰って来て、お弁当を食べていると姉が思い出したように、
「ちょっと遺影、どうする?」
と慌てたように言った。
「二階に写真が一杯あるでしょ」
私が言うと、
「母さんの遺影は、俺の結婚式の時の写真を使っているから、同じのがあるかな」
兄が思い出したように言うものだから、
「ああ、そうだわ。二階上がろう」
姉は急いで食事を終わらせて、兄と共に二階へ上がった。ほんの十数分で
「あった。見つけたわ」
「こんなのもあったぞ」
姉と兄が何冊かのアルバムを持って降りて来た。懐かしいアルバム鑑賞に姪たちも参加して盛り上がるのも傍ら、兄の結婚式のアルバムから集合写真の父を遺影に使うことになった。母と同じように。姪たちが
「じゃあ、写真屋に行ってくるわ」
と言ってそそくさと出て行った。
静かになったと思ったのもつかの間、午後になると親戚や近所の方々がお参りにやって来た。
「じいちゃん、いくつだったっけ」
「なんで亡くなった」
「いつから悪かった」
などなど聞かれることはもう決まっていたので、来る方来る方に、
「八十五歳になります。八月二日に誤嚥性肺炎で入院して、それで良くならなかったんです」
簡潔にまとめた返答に集約できるようになった。中には、やはり香典を納めたいと言う方もいらっしゃって、
「おじさんの気持ちもわかるんですが、本人の意向もありますし、小ぢんまりに行いたいので、一人からいただくとみんなからもらうことになりますので、ですので香典はお断りしているんです」
どうにか差し伸べる手を引っ込めてもらうように試みるものの、
「それでも、どうか、気持ちだけでも」
と粘られてしまった時などは、何度か同じような内容の断り分を繰り返して、どうにかこうにか断ることができた。それだけで本当に疲れた。本音を言えば、逆の立場になった時のことを考えてくれないかなと思ったものである。
とはいえ、近所の人も親戚も入れ替わり立ち代わりやって来るので、そういう気持ちにかまってはいられなかった。包み物を持って来る人もいて、大半は理由を言えばすんなりと引き下がってくれた。
そんなこんなが落ち着いて、夕方になりお寺さんがやって来た。
「こういう時ってお布施要るんだっけ?」
「いや、どうだろ」
「要るでしょ」
姉兄間でこそこそ話をしているのはさておき、お寺さんは枕念仏を上げてくれていた。急いでお布施を用意して、念仏の終わったお寺さんに冷たいお茶と共に差し出した。
「さて、どういう風にするの?」
お寺さんから聞かれて、家で行うこと、一日葬で四十九日まで終わらせてもらいたいことを告げた。
「それで、不躾なんですがいくらくらい包めばいいんですか?」
兄が恐る恐る聞くと、お寺さんは本山お布施がいくら、お布施がいくらと答えてくれた。姉兄間で視線が合ったのを見た。それくらいならどうにか出せると言う合図だった。お寺さんからは出棺には立ち会えないことが告げられた。お願いしたところでお寺さんから先約を言われれば、それを聞くしかなかった。
もう今日できることが一通り済むともう夕暮れになっていた。姉と姪の一人は自宅へ帰って行き、もう一人家庭を持っている姪も帰って行った。夕飯の心配は実はする必要がなかったのは、実は叔母の一人が午後来た時に
「オードブル用意したから、これ夕飯にすればいいね」
と言って持ってきてくれたのだった。白米はすでに炊いていたので、もう準備の必要はない。兄は
「ちょっと買い物行ってくる」
と言って歩いて五分のスーパーへ行った。ほどなく帰って来ると、袋からビールを取り出して私に渡した。よく冷えていた。ご飯を茶碗によそって兄に渡した。兄とビールの缶を鳴らした。
「お疲れ」
「お疲れ、ほんと」
ビールを開けて飲んだ。深い息が出た。ため息のつもりなんてなかったが、それはビール臭のするため息に相違なかった。掛け声通り疲れを一掃する一口のようなものだった。
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