第10話

 自宅に着いて、門灯と仏間までの部屋の灯りを点けた。葬儀屋の人が父を乗せた担架を玄関まで運んで、ゆっくりと入れて来た。客間から使ってない布団を一枚持って来て、床の間の前に広げた。シーツをかぶせ、その上に父を寝かせた。ドライアイスが身体の箇所箇所に置かれ、掛け布団を乗せた。葬儀屋に礼を告げ、家は静かになった。叔父さん叔母さんたちに連絡を入れて、ほうと一息つくと、姪から

「ママからで、葬儀屋さんが明日の朝になった又来るから今日はもうすることはないんじゃないかって」

 と言われた。もう時間は九時前になっていた。

「そうだな。今日はもういいから帰って休みな」

「うん。そうする。明日九時ころに来るようにするから」

 姪はずっとスマホをいじったままそのまま帰って行った。仏間の灯りを消し、玄関の明かりを消し、門灯を消した。私はタンブラーに麦茶を注いでぐびぐびと飲み干した。

「祥子、暁斗には連絡したか?」

 私が尋ねると、祥子は

「ええ」

 とだけ答えた。

 私はため息とも返答ともつかないような息を吐いて、

「今日はもう何もしなくてもいいのかな、本当に」

 祥子に聞いていた。

「お義姉さんが葬儀屋さんに連絡とってくれたんでしょ。それで何もないって言うんだから」

「そうだけど、亡くなって帰って来たら、お膳を供えるとか」

「もう夜なんだから、それこそ明日でいいんじゃないかしら」

「そんなもんかなあ」

「そうしておきましょうよ」

 確かに二十一時を過ぎてからお膳を供えた所でどうなるものでもない。私よりも祥子の方が冷静に物事を見ているような気がしてきたので大人しくそれに従うことにした。

「お義父さんが苦しんでいるような表情じゃなかったから、それだけでも十分じゃないかしら」

 言われてみれば父の死に顔は本当に眠っているようだった。闘病の苦しみや息苦しさを感じているようないかめしい表情ではなかった。

「そうだな」

 私は涙声になっていたかもしれない。祥子はしばらく黙ったままだったが、

「シャワーでも浴びてきたら?」

 気分転換でもと言いたげに促してきた。私はおとなしくそれに従って、浴室に入った。泣くことはなかったが、もう呼吸をすることも動くこともない父が仏間にいることが承知できない気分までを洗い流すことはできなかった。

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