第5話 Shield up

(船長日誌補足。予報には無かった大雨が降り出し、困った事になった。このままだと出港は不可能だ)


 画面の暗転から次のシーンに入った時のイメージは、今のログの読み上げだった。

 出入り口に突っ立っていては人の邪魔なので、いったん中に戻った。


「当分止まないねー、多分これ」


 彼女はスマホで雨雲レーダーのサイトを開いていた。


「で、どうします?アリサ船長」

「え?」


 アリサはスマホをしまいながら俺を見た。


「船長はあなたです。ご命令を」


 俺はちょっと意地悪するつもりで聞いたのだが・・・

 アリサは腕組みして、


「ん-。じゃ、レインコート・・・いやちょい待ち。傘かな?」

「合羽が宜しいかと」

「よし決まり。傘を買おっか」


 俺の意見を無視して、アリサは一人うんうんと頷いた。

 彼女の頭の中で、プランが勝手に進行中の模様。

 俺はなんとか合羽にしようとあがきを試みた。


「二人乗りですよ。合羽の方が安全かと」

「あたしが傘させばいいじゃん?」

「私が濡れますよ」


 すると彼女はにやりと笑って、腕組みしたまま自分の肩を俺の肩にコツンとぶつけてきた。


「相合傘すれば万事解決」


 そう言うと反論する間も与えずに踵を返してすたすた歩き出したので、俺も慌ててついていく。

 相合傘とはえらく直接的に言ったな・・・


 俺はそれを恐れて合羽にしようと言ったのだ。

 なんというか、恥ずかしいだろ?


「おい、合羽の方がいいって・・・」

「でかい傘探そっか」

「それは船長命令で?」

「当たり前じゃん?」

「はあ・・・」

「何か問題?」


 案内板が貼り付けられた壁の前で俺達は立ち止まって、雨具を売ってそうな店舗を求めて目を縦横無尽に転がす。


「合羽なら二人とも濡れませんよ」

「暑いからやーだ」

「困った船長だ・・・」

「文句垂れの部下の指揮は骨が折れるね~?」


 やがて2階に店舗を見つけ、俺達は最寄りのエスカレーターに足を向けた。


「文句じゃありません。意見です」

「ではその意見却下」

「ちょ・・・」

「それ文句?」

「いえ、ただの愚痴です」

「おんなじじゃん」

「違います」


 結局選んだ傘は、直径100cmの12本骨の巨大なタイプで、4000円台だった。

 安くは無いが、一応俺は小さい時からお小遣いを必要な購入以外は地道に貯金し続けており、多めの所持金を持ち歩いているのでなんとかなった。

 それに、アリサも払うと言ったので俺が大目に支払う事にして割り勘になった。


「二人で買った傘だぞ!いえ~い!」


 ショッピングモールを出て、アリサがにんまりしながら、その傘のグリップを両手に握って上に突き上げた。

 まるで大剣を握っているようだ。


「本当にやるんですか?」

「当の然!さあ参ろうぞ、サンバ!」

「サンバ?」


 俺は踊るのかと訝しんだが、アリサはとっとこと調子よく自転車置き場に向かって歩き出し、俺も一歩後ろからついて行く。


「サンバ?何ですか、それ」

「ドン・キホーテの従者。ドン・キホーテ知らない?」

「読んだ事ありません」

「あたしも」


 思わず『おい・・・』とずっこけ付きの突っ込みを入れかけたが、俺は片眉を上げるだけでこらえ、自分のスマホでドン・キホーテを検索した。


「ねえアリサ船長」

「なーに?」

「サンバじゃなくてサンチョですよ」

「なんかポンチョみたいね」

「サンチョです。サンチョ・パンサ」

「3秒後に忘れてそう」

「セルバンテスがぶちギレそうだな・・・」


 やがて俺達はエンタープライズ号に辿り着いた。

 俺がカギを外し、自転車置き場の出入り口まで押していった。


 傘をさすと当然片手になるので、アリサの右腕は俺の腰に回された。

 必然的に距離がより近くなったように感じてドキドキする。


「ところでなんて言うの?」

「何がですか?」

「ほら、バリアーとかシールドとか言うじゃん?雨を防ぐからさ。防御する時なんて言うの?」


 細かいところまでこだわるなあ。

 ただ、そこまで気を回してくれると面白いものだ。


「・・・シールド展開」

「英語ではなんて?」

「確か・・・シールドアップ(Shield up)・・・だったかと」

「オッケー。そんじゃ、シールドアップ!」


 そうして彼女は傘を展開するボタンを押したが、すぐに問題が発生した。


「あ・・・やっばーい」


 肩越しに振り向くと、一目で傘の直径が、自転車置き場の出入り口の幅に対して大きすぎる事が分かった。

 このままだと引っ掛かって、買い立ての傘を傷つけてしまう。


「えーっと・・・アップだからダウン?」

「そうです」

「シールドダウン!」


 アリサは傘を一度折り畳むと、「ドックを抜けると同時にシールドアップする」


「お願いします」

「じゃあ、仕切り直して・・・エンゲージ!」


 俺がペダルに力を込めて、滝のような大雨の中にエンタープライズ号を飛び出させると同時に、アリサが傘を開いた。

 最初は彼女の右腕が俺の腰にきつく締め付けていたが、やがて力加減を把握したのか、少し緩んで楽になった。


 ショッピングモール・・・確か第16宇宙基地と言っていたな・・・を出て、俺達は目的地に向かって出港したのであった。


「あ、そーだアキラパイロット」

「なんです?アリサ船長」

「今度図書室でドン・キホーテ借りて、一緒に読まない?」

「いいアイデアですね。読みましょう」



 続く







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