第4話 寄港
「アリサログ、サプラメンタル。休憩のため第16宇宙基地に寄港。出発は1時間後を予定している」
俺とアリサはショッピングモールの2階の一角にあった丸テーブルの椅子を挟んで向かい合って座っていた。
「あっちいの!」
それがアリサの第一声だった。
蒸し暑い外にいた分、モール内の生命維持装置・・・えー、失礼。冷房の事だ・・・は快適そのものだ。
それなのにどういう事かと言うと・・・
「だからアイスにしろってあれほど」
俺が呆れながら首を横に振ると、
「ちょうだい!」
「あ!?」
彼女は俺のブルーソーダ入りカップを略奪すると、あっという間に半分も飲み干してしまった。
「ぷっはあ!最高!」
それから何事もなかったように俺の前に突き返して、
「ふー、サンキュ。助かったよ」
俺の口はへの字に曲がったが、彼女の前に置かれている熱々のアールグレイティー入りのカップに手を伸ばして、
「やるよ。そっちをくれ」
「え、まじ?火傷するよ?」
「いいから寄越せって」
俺は構わずそのカップを取ったが、買ったばかりでまだまだ熱いのが指先に伝わってくる。
でも香りは・・・うん、素晴らしい。さすがはアールグレイ。
ふと顔を上げると、アリサが口を尖らせて俺を見ていた。
「・・・なんだよ?」
「船長の許可無く取ったー!」
「じゃあ俺のブルーソーダはどう説明するんだよ」
「うーん、船長特権ってやつ?」
「部下の信用失うぞ」
「新任だから大目に見てよ。ていうかまた船長にため口してんじゃん」
「すみませんでした、せ・ん・ち・ょ・う・ど・の」
俺がカップに口を付けると、
「あ、ひょっとしてバカにした?」
「ただの嫌味です」
「どう違うってんの?」
俺は口の中の熱気を、まるでタバコをふかすように「ふーっ」と吐き出した。
アールグレイのお湯が胸の辺りで火照っている。
「なんでこんなもの頼んだんですか」
「アキラが『船長の飲んでるものはこれだ』って言ったからじゃん」
そう、俺は飲み物売り場でアリサに今の事を聞かれた際、威厳あるフランス人艦長と女性艦長の事を思い出して、ホットのアールグレイティーとブラックコーヒーの2つを答えたのだが、「コーヒーは嫌い」という理由で彼女はアールグレイティーのホットを選んだのだった。
「俺は再三『アイスにしろ』って言いましたよ。でもアリサ船長は聞き入れず、ホットを選びました」
「熱々を選んで何が悪いってのよ」
「暑がって服で仰いでいたのにホットの紅茶を選ぶなんて非論理的ですよ船長」
それからまた一口飲んだが、さっきより熱く感じる。
俺は威厳あるフランス人艦長の真似をして、紳士的なしかめっ面を浮かべた。
と、その直後、俺の口にブルーソーダ入りのカップが押し付けられた。
「むぐ!?」
寄り目でアリサを見たが、それに構わず彼女の腕が上がり、カップが傾いてブルーソーダが流し込まれる。
弾ける炭酸がじりじり喉を刺激したが、辛うじてむせ返るのは堪え、ひたすら飲み続けた。
中身が無くなってやっとカップが離れると、俺の肺は酸素を求めて収縮した。
「すっきりした?」
すました顔でカップを置きながらアリサが聞いた。
俺は息を小さく弾ませながら、また皮肉気に、
「おかげさまで」
「それは良かった」
彼女の手がアールグレイティーのカップに伸びた。
好きにさせておきながら、俺は質問を投げかける。
但し、俺は彼女の『部下』だ。
「質問宜しいでしょうか?」
「許可する」
「なんで俺をとっ捕まえてこんな事してるんです?」
「目的地まで行く為」
「俺の自転車に乗らなくたってバスとか電車で行けるでしょ」
「ただ乗りしたかっただけ」
「同じクラスだけど話した事がない人間に?それも通りがかりで?」
「いやさ、なんか乗せてくれそうだなって」
「は?」
「アキラって優しいよね~」
「そんな実感ないですけど」
「優しい人が自分で自分の事を『優しい』って言うわけないじゃん?」
「ま、まあ、そうですね・・・」
「なんかそれが分かったというか、感じたというか、とりあえず頼んでみたら、どんぴしゃりってわけ。だから部下にしたの」
「そうですか」
「アリサ船長の下で働くご感想は?」
「・・・楽しいです」
「船長もいい部下を持って楽しいぞ?」
そして俺の頭を撫でるのだった。
俺も悪い気はしなかった。
というより、彼女との何気ない会話が楽しくなり始めていた。
話したのは今日が初めてだというのに。
それから俺達はまた出発しようと出入り口まで来たのだが・・・
「うっそ・・・」
呆然として言うアリサの横で、俺も立ち尽くしていた。
外はシャワーのような大雨で、まさか降るとは予想していなかった人達が続々と雨に濡れながらモールに駆け込んで来て俺達の横を通り過ぎて行く。
俺は思わずアリサを見た。
アリサもこっちを見る。
「雨だね・・・」
「ええ、どしゃ降りですね・・・」
俺の頭の中では、レッドアラートを告げる警報音が鳴り響く中、画面が暗転するイメージが浮かんでいた。
続く
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