第3話 ブルー・スカイズ
発進して橋で川の対岸に渡ると、ナビが指示するままにまた川沿いの道を走り始めた。
そこは高速道路の高架沿いで、頭上の道路が太陽光線から俺とアリサを守ってくれていた。
「あ~暇。アキラパイロット!」
呼び方は操舵士の方が良かったが、部下として文句は言えない。
ところで、昨今の情勢としては珍しく、彼女はスマホで時間を潰さないタイプらしい。
俺もそうだから、どうやら気が合うのも自然な事なのだろうか?
「はいアリサ船長」
ただ、時間の潰し方が不意打ちだった。
「なんか歌って!」
「はあ!?」
「ザッツマイオーダー、ミスターアキラ!」
どこで覚えたんだその言葉・・・いや、難しくはないから不思議でもないか・・・
「あとさっきから反抗的な態度が気に入らないな~。叛乱容疑で逮捕しちゃってもいいの~!?」
「なんでそうなるんですか!?」
「謝ったら許してあげる」
「・・・ごめんなさい」
「うんうん。船長は寛大だから、許してあげる!」
「ありがとうございます船長」
「で、歌ってくんない?」
くそお、結局歌う事になるのか。
「アリサ船長、確認ですが、本当にこんな屋外で歌うのですか?」
「そうだよ~。いいから歌ってよ~」
ホント楽しそうだなあ。まあ俺も楽しいけど。
咄嗟に頭の中に思い浮かんだものは一曲だが、歌詞はあやふやだ。
ちゃんと歌詞を調べて、歌えるように練習しておけば良かった。
なんたって、スタートレックで歌われていたのだから・・・でも今更悔いたって始まらない。
本当は屋外で歌うのは恥ずかしいが、ただ頭の中を空っぽにしてやるしかない。
俺は深く静かに息を吸うと、
「♪ブルー、スカーイズ・・・シャ~ララ~ラ~♪」
分からないところはメロディーでごまかして強引に進めようとしたが、案の定すぐにカットが入った。
「え、何?歌詞覚えてないの?」
「これから覚えようとしてたんですって!」
「何よ~それ。でも今のメロディー好きかな。なんて歌なの?」
「えーと・・・Blue Skies」
彼女の右手が俺の肩から離れた。
背後の気配から察するに、後ろで自分のスマホを操作して調べているらしい。
と、不意に彼女の驚いたような声が、
「え、ひょっとして私、告られた?」
全く予想していなかった質問に、俺は何が何だか分からず、思わず急ブレーキをかけた。
おかげで彼女の体が完成の法則によって俺の背中に押し付けられた。
スマホを持った彼女の右手が、俺の腕にすがり付く。
「危ないって~まじで~!」
「あ、すみません船長。え、それでどういう事です?」
「歌詞の和訳にさ、『あなたが恋に落ちていると 時間なんてすぐに過ぎてしまう』って書いてあるんだけど」
え、あの歌そんな内容だったの!?
まあ確かになんというか、メロディーはロマンチック、カップル同士が聞くのも似合いそうな曲だったが・・・
「いや、あの、そんな事は全く・・・」
この戸惑いの素振りは相手には別の意味に映ったらしい・・・発言内容と口調からは本気に受け取っているのか、それとも冗談に受け取っているのかはかりかねたが。
「うっひょ~!アリサ船長、部下から告られちゃった~!早速記録しないと!」
「え・・!」
「アリサログ、サプラメンタル。今日は特別な日だ。アキラパイロットから歌で告られちゃった」
そのあと声を低め、大仰な男口調で
「船長として・・・この告白には慎重に・・・対応を検討したい・・・ひょっとすると・・・私に取り入り・・・えー、出世を試みる企みかもしれない・・・(ここでまた元の口調に戻り)はいオッケー」
「なんでそれも記録するんですかまったく・・・」
「言ったじゃん。特別な日だから」
「う~む・・・」
ただ、俺もなんだかこの雰囲気を無かった事にするのは面白くないと思って悪乗りしてしまった。
「全く、船長も素直じゃないんですから」
「にしても急だよね・・・はっは~ん、やっぱり前から私に気が合ったんじゃないの?」
「そ、それは・・・想像にお任せします・・・アリサ船長」
恥ずかしさをごまかして俺は急いでまたエンタープライズ号を漕ぎ出した。
「にしてもさ~。本当に今日は青空が微笑んでるね~・・・暑いくらいに」
彼女の右手がまた俺の肩に戻った。スマホはしまったらしい。
しかし先程までとは違って、なんだか力が入っているように感じられる。
指が一本一本踊っているような感触・・・この場合、そわそわしていると表現すべきなのか?
「でもまあ、まだそんな時間経ってないし、今の歌で告るのはタイミング早くね?」
あ、早口になっている。
どうやら俺の推測通り、そわそわしているのかもしれぬ。
「そ、そうかもしれませんね。でも1日の終わりで分かるんじゃないですか?あとでじわじわ来るというか」
「でさ」
「何です?」
「歌詞の意味は知ってたの?」
悪乗りをコンティニューする為、俺は嘘を吐く事にした。
「はい。知らないふりしていました。船長が調べるとは思いませんでしたが」
「ふ~ん・・・あ」
「ん?」
「アリサ船長って呼ばなきゃダメっしょ!」
「すみませんアリサ船長」
この降ってわいたような状況、果たしてどんな形で帰結するのだろうか。
『to be continued...』
という字幕が俺の頭の中に浮かんだのであった。
続く
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