第2話 Engage
俺とアリサを乗せた自転車は、河川敷沿いの道を走っていた。
「アリサログ・・・トゥーサウザン・・・ねー、これいちいち年月日言わなきゃダメ?」
「あー、あとは補足で良いよ」
「英語でなんて言うの?」
「補足でいいだろ別に」
「ダーメ、教えてよ。あ、ひょっとして知らないやつ?」
「知ってるけどさ・・・」
「んじゃあ教えてよ。これは船長命令だぞ?」
すっかり船長気分になって楽しんでいるようだ。
でもまあ、こんなに乗ってくれる子は初めてだし、悪い気持ちじゃない。
「・・・サプラメンタル(Supplemental)」
「なんかサプリみたい」
「まあ同じような意味というか概念というか、そんな感じなんだろうね」
「ふーん」
「お前英語苦手だったろ」
「え、なんで知ってんのよー!」
彼女の体が、こちらを右から覗き込むように傾く。
「ひょっとしてアリサのこと意識してたー?」
悪戯っぽく耳元で囁いてきて思わず体が火照ったが、それが伝わらないように意識しつつ俺も言い返す。
「テストが返って来た時叫んでたろ。嫌でも分かるって」
「ていうかアリサ船長と呼べって言ったじゃん!なんで部下が私にお前って言ってるのさー!」
「お前が勝手に始めたんじゃないかよ」
「なんだかんだアキラも楽しそうじゃん」
「そん・・・」
彼女の指摘に、こっちも否定しようと反論しかけて言葉が詰まる。
「なーんだ図星じゃん!」
「む・・・」
こっちが黙っていると、アリサはボイスレコーダーに記録を再開した。
「アリサログ、サプリメント・・・」
「サプラメンタル」
「テイクスリー。アリサログ、サプラメンタル。アキラと河川敷沿いの道を航行中。暑いけど向かい風のおかげでちょいとマシ。目的地はまだ決まってない。ぼちぼち決めないとやばそう」
「すっげえ適当な船長日誌だな」
「船長のやる事にケチつけんなって」
「だ!」
脇腹を左右から軽く突かれてバランスを崩しそうになるがすぐに持ち堪えた。
俺は思わず声を荒らげてしまった。
「おい、あぶねえだろ!」
「ああ、マジでごめん・・・」
しょんぼりした声で謝る彼女に、俺も大人げないなと思い直した。
「・・・気にすんな」
「え、やっさしー!」
持ち直しも早い。
なんという鋼のメンタルだろうか。
「ところでさ、なんでこんな事してるわけ?」
「え?」
「ボイスレコーダーのやつ」
「ああ・・・」
俺は自分が今ハマッているスタートレックシリーズを簡単に説明した。
それは宇宙船エンタープライズ号で未知の宇宙を探索して、新しい生命と文明と遭遇し、それらを調査したり交流したり対立したり、危機を乗り越えたりするという感じのSFドラマだと話した。
そして、それを真似して色々なところを自転車で走り回り、ボイスレコーダーでログをつけていると締め括った。
正直、俺以外の周りは誰もハマってなかったし、こんな真似事やってると知られたら痛い奴だと思われるのがオチだろうと考えていたが、アリサからは予想外の反応が返って来た。
「ふーん。いいじゃんそれ」
「そっかあ?」
「楽しくないの?」
「いや楽しいけどさ」
「やっぱそうだよねー」
と、ここで道が終わって分岐点に差し掛かった。
「どこに行く?」
「アリサ船長と呼んでくれなきゃつまんない」
「もういいだろそれ」
「じゃあ、帰ろっかなー」
「ここから近いの?」
「アキラの知った事じゃなーいのよ。で、どーすんの?」
なんだか分からないが、俺は彼女を引き留めたかったし、彼女の言動も完全にそれを計算ずくだったろう。
「分かりましたよ・・・アリサ船長」
「素直で宜しい」
彼女は俺の頭を撫でた。
「アリサ船長、目的地の指示を」
「じゃあさ・・・」
指定された目的地はまだ行った事が無かった。
「少々お待ちを」
俺はギャラクシーのスマートフォンを起動すると、グーグルマップを開いて検索し、そこまでの道筋をナビに呼び出した。
作業は1分と掛からなかった。
「コースセット」
「発進せよ!」
俺とアリサを乗せた『エンタープライズ号』は再び発進した。
「あ、そうだ。発進は英語でなんて言うの?」
「エンゲージ(Engage)でいいと思う」
俺だって英語は得意じゃないから、知らないの来られたらおしまいだ。
続く
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