アリサ船長、どこ行きますか?
桂枝芽路(かつらしめじ)
第1話 アリサ船長
「船長日誌。西暦202X年7月17日。我がエンタープライズ号は未知の領域を探索中である。通りがかりの公園で休憩中だが、夏の日差しが強烈で体が参ってしまいそうだ。湿気も強く、汗が止まらない。熱中症が懸念されるが、持ってきた水筒では水分補給が追い付かない為、自動販売機からのスポーツドリンク購入を視野に入れた方がいいだろう。」
と、その時だった。
「わっ!」
「ぎゃ!」
不意打ちのあまり、ボイスレコーダーを取り落としそうになった。
振り返るとクラスの同級生の女子だった…イヤホンを付けていたので、近くまで来ても気付かなかったようだ。
彼女は可愛らしいが、最大の特徴は綺麗なストレートのロングヘアである。
毎日大切に髪の手入れをしているに違いない。
「アキラじゃん」
「どうも」
「ねえ、何してたの?てかそれ、ウォークマン?」
ウォークマンにしては見覚えのないデザインやボタン配置だと気付いたようだ。
「なんでもない」
録音を止めてイヤホンを外し、自転車を漕ぎ出そうと右のペダルに足をかけるが、彼女が素早い動きで正面に回り込んできてハンドルに手を掛けて抑え込んだ。
興味津々の表情で俺の目を覗き込んで来る。
「さっき船長とか何とか言ってなかった?」
「だからなんでもないって」
「あー、隠し事?恥ずかしい事とか?」
「違うって・・・あ、ちょっとこら!」
ボイスレコーダーを掴まれたが、乱暴したくないので抵抗する力は弱い。
それにしても彼女はこんなにフランクだったか?
と言うか、この辺りに住んでいるのか?
「おい、返せって!」
「むーりー!」
とうとうボイスレコーダーを取り上げられ、取り返そうとする俺の腕を背中でガードしながらボイスレコーダーを弄る。
「なるほどなるほど。これボイスレコーダーじゃん?珍しいね。どれどれー?」
とうとう再生ボタンを押されてしまった。
彼女はイヤホンを耳に付けて録音内容を暫し聞いていた。
「ほうほう・・・ふむふむ・・・」
俺は俯き加減に左手で目を覆って首を横に振った。
あーこれはもうドン引き確定だ。
終わった。
明日からどうしよう。
そう思って渋面になったが、彼女の呼び声で顔を上げると、意外な事に彼女は破顔していた。
それどころか面白そうにプルプル震えている。
「何これ!超面白いじゃん!私もやって良い!?」
「は!?」
予想外の成り行きに戸惑いながらも、彼女の頼みを断って急いでここを立ち去ろうと一瞬思ったが、すぐに思い直した。
少なくとも、ドン引きされているわけではなさそうだし、このまま成り行きに身を任せてもいいのではないか?
「まあ、別にいいけどよ。まずはそこの日陰に行かない?」
彼女はじりじり照り付ける日差しを見上げて目を細めた。
「あー、あっついねえ」
木陰に入ると、日差しが遮られるだけ幾分マシになった。
それにそよ風が吹いているおかげで、今は心地良い。
ただ、小さな木陰で身を寄せ合うように立っているおかげで、お互いの体温が感じられて勝手に心臓が高鳴り始めていた。
「んじゃあ、始めるね」
彼女は俺を一瞥してから、ボイスレコーダーの録音ボタンを押した。
「あー、あー。アリサログ。ツーサウザンド・・・えー、ツーX。多分ジュラーイ・・・ねえ、7月ってジュライで合ってるよね?」
「うん、ジュライ」
「スペルなんだっけ?Jury?」
「そうそう・・・あ、違う。July」
「サンキュ。ジュラーイ、アンド、セブンティーン。えーっと、アキラと公園でファーストコンタクト。コンタクトってなんか目に付けるやつみたいだよね。なんかボイスレコーダーでログ作ってたから、私もログ作ってみてるとこ。消されたら泣いちゃうぞ~?みんなに告発しよっかなあ」
こっちをちらちら見ながらそう言うので、
「・・・好きにしろ」
「やった!船長さんから許可下りたから、今日は私、アリサが好きなようにログを付けて行くね!」
「は!?」
「いいじゃん別に。付き合うからさ。ねえ良いでしょ?」
まるで宇宙船が乗っ取られるか調査隊が災難に遭ったかのようだ。
ただ、そう思うと急に悪くない気がしてきた。
これは未知との遭遇だが、それなら行けるところまで行ってみようと思った。
「・・・じゃあ乗って」
アリサが俺の後ろに座ると、彼女の両手が俺の両肩に乗せられる。
なんと柔らかなタッチだろうか。
あとでこの感触の感想をボイスレコーダーに記録しておくべきかな?
それはそうと、アリサはすっかり興奮していた。
繰り返すが、こんなにフランクだったっけ?
「やっふー!これなんて名前だっけ?」
「エンタープライズ」
「じゃ、今から私がエンタープライズの船長よ!あなたはあたしの部下!OK?」
溜息を吐いたが、ここは調子を合わせる事にした。
「・・・ご命令を、船長。どこ行きます?」
するとなぜか彼女は膨れっ面になったが、それが妙に可愛かった。
「アリサ船長って呼んでくれなきゃやだ!」
俺は二度目の溜息を吐いたが、彼女の我が儘に応じた。
「アリサ船長、どこ行きますか?」
彼女は楽しそうに公園の出口を指差して、
「あっち!」
「あっちって・・・」
「あっちったらあっち!えーと、こういう時なんて言うの?」
「『発進』でいいよ」
「じゃ、あっちに向かって発進!」
彼女の右手が出発を促して俺の肩を軽く叩いた。
ひとまず俺は、目的地も分からないまま自転車を漕ぎ出した。
俺とアリサ船長の、未知の日常が始まった。
続く
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