第62話 新たな生活と謎の声
俺とリンカ、それに優ちゃんがサーマレントを満喫している間、カーシャはお留守番。仕方ないよな...どうやってもサーマレントへは行けないんだから。里帰りさせてあげたいのだが、カーシャが帰る手立てが見つからない。
そんなカーシャはお袋とユリーと一緒に晩御飯の後片付けを済ませた後、サウナに行く様だ。三人とも岩盤浴にはまったようで、週に三回ほど行っている。学校も来週から始まる予定で、今はものすごい勢いで勉強に励んでいる。
岩盤浴はカーシャにとって息抜きの様だ。
そうそう、リンカは結果的にサーマレントに行けることが分かった。ただ、最初はどうしてもサーマレントに入れなかった。扉に入ろうとしても、何度も弾かれてしまった。何でだろう?優ちゃんは入れたのに、リンカはダメだった。なんか法則でもあるのかな?クイズ番組の”P様”を思い出すな。
優ちゃんもサーマレントの扉に入ろうとついてきたが、なぜだか弾かれてしまった。うん?どういう事だ⁉俺を連れてサーマレントに入れたはずなのに⁉訳が分からない状態の優ちゃんは、泣きそうな表情で俺に訴えて来た。
何か...条件があるようだな。
詳しく聞いてみると、あの事故の夜、優ちゃんは俺を抱きかかえてサーマレントの扉に入ったと伝えてきた。つまり、俺と接触していたから入れたってこと?ならと思って、俺の背中に触れて後を追うようにしてサーマレントの扉に入ると...。
驚いたことに、サーマレントに入ることができた。どうやら、俺に触れていることが条件のようだ。しかし、ボルトやカンナ、そして源さんは、俺に触れていなくてもサーマレントに出入りできるし、カーシャやユリーは俺と握手をしていてもサーマレントには戻れなかった。
何だか意味不明な法則だな。
何か隠された理由でもあるのだろうか?まあ、ゆっくりと解明していくしかないようだな。
何はともあれ、リンカはサーマレントの扉を通じて中に入れた。そのことに心から感動し、毎回喜び勇んで扉をくぐっていく。
「リンカ慌てちゃだめだよ!」と扉に駆け込むリンカに、いつも俺と優ちゃんが声をかける。これが日課。
俺たちが勝手に想像していたクールビュティ―なリンカとは違い、まるでショッピングモールではしゃぎ回る子供のように無邪気で楽しそうな姿だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
リンカも最初に扉に入った後、「うっ!」と言って膝から地面に崩れ落ちた。俺や優ちゃん同様、サーマレントの洗礼を受けたのだ。この1、2分が非常に辛いが、どうしようもない。命に関わるようならば、俺の”なんちゃって魔法”で助けるしかないのだが。
優ちゃんと俺たち、源さん、ボルトとカンナが心配そうに見守る中、リンカは息を荒げていた。しかし、時間が経つにつれて落ち着きを取り戻し、顔色も明るくなってきた。
一緒についてきた源さん、ボルト、そしてカンナも、最初はリンカの周りで心配そうに鳴いたり、落ち着かない様子を見せていた。しかし、リンカが平静を取り戻すと、彼らも安心した表情を浮かべ、安堵の息をついていた。
「こ、これが優ちゃんや太郎さんが言っていた”サーマレントの洗礼”なのね。びっくりしたわ。本当にヤバいと思った」と、驚きの表情を浮かべながら俺たちに伝えてきた。
リンカは満面の笑みで「でも、"洗礼"を受けた後は、本当に体が軽くなったわ!優ちゃんや太郎さんが言っていたとおりよ!」と言いながら、その場でジャンプやダッシュを俺たちに見せてきた。
源さんやボルト、それにカンナと一緒だな...。
さらに、「私も優ちゃんみたいにイメージすれば、別の姿に変われるかしら?私が思い描く人物、わかる?ねえ、二人とも!」と、生き生きとした表情で話しかけてきた。
リンカって、こんなに明るい子だったっけ?
「リンカがこんなに明るい子だったなんて...」と、優ちゃんに小声で話しかけたら、「私もびっくりしている...」と優ちゃんもぼそりと呟いた。
あと、リンカが変わりたい姿なんて俺と優ちゃんはとっくに分かっている。"鍛冶職人、抜刀少女AYANO"だろうと言いかけたが、無粋だから「え、えっと誰に変わりたいのかな?」と俺が言うと、優ちゃんも「わ、私も...分からない」と俺に合わせた。
すると、リンカは得意げな表情でこちらを振り向き、「正解は"抜刀少女AYANO"でした!ずっと憧れていたんだもん!」と目を輝かせて教えてくれた。
「その後は“バルトックス魔導士”に変身し、さらにAYANOの鍛冶職人の師匠であるドワーフの“ボルシチ”になるんだ!」と、まるでクリスマスプレゼントを受け取った子どものように、満面の笑顔で言った。
う~ん、ちっともわからない。まあ、温かく見守ろう。しかし、優ちゃんは俺とは違ってリンカの趣味について研究しているから、「うんうん♡わかる、わかる!」と納得して頷いている。
何だか、やんちゃな妹を見守る物静かなお姉さんの様だな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「じゃあ行くわよ!まずは”AYANO"から!!」とリンカは元気に答え、目を閉じて満面の笑みを浮かべた。その笑顔は、心の中で”AYANO"の姿を鮮明に思い描いているかのようだった。
だが...。待てど暮らせどリンカはリンカのまま。” AYANO"に変わることは無かった。
ただ、当の本人は気がついている様子もなく、「ほら見て、太郎さん!私に惚れ直したでしょう!!これが"抜刀少女AYANO"よ!!」と、得意げに胸を張ってきた。
う~ん、”全然変わっていない”と言いづらいな...。
優ちゃんも、同じような表情で俺をチラチラ見つめて来る。
そんな時、「変わっていないんだわん!!」と正直者の源さんがさらりと言い放った。同調するかのように、ボルトとカンナも「変わっていないきゅ~、同じ姿のままです~」と無邪気に言い放った。
”チーム根津”の3匹の言葉はまるで鋭い刃のようにリンカの心を刺し、彼女の表情が一瞬で曇った。
「う、嘘よ、じゃ、じゃあ、”バルトックス魔導士”にはなれるはず、とまた頭の中で念じたのか、「えい!」と叫んだ声も空しく何も変わっていない。
”チーム根津”の3匹が、”変わっていないツッコミ”を一斉に行う。
ショックを受けているリンカには悪いが、どうやら変化の術はリンカには備わっていない様だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そんなリンカは変化の能力はないが、身体能力は格段に向上した。現在、2km先にいるオークに向かって、相棒の刀”漆黒”を手に取り、暗闇の中を疾風の如く駆け抜けている。
リンカは山ちゃんとは違い、戦闘に特化した身体能力を手に入れたようだ。力、スピード、基礎体力が飛躍的に向上し、暗闇でもまるで昼間のように問題なく走り回れる。
改めて思う、すげえな、異世界って...。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
サーマレントに到着した後、アーレントの家の皆さんに紹介がてら、優ちゃんとリンカの二人を連れて行った。もちろん、バラエティパックとカーシャの元気な写真、そして心のこもった手紙も一緒に持参した。
アーレント商会に到着すると、リンカは武器の選定に夢中になり、4時間ほど店内を行ったり来たりしていた。しかし、彼女にぴったりの武器には巡り合えなかった。
その代わり、リンカのコレクションの一つである模擬刀を、実際の刀と同じ切れ味、いや、それ以上のものに仕上げることにした。重さや刀の重心、握り具合など、リンカの細かな要望に応えるために、5時間ほどかけて一緒に仕上げた逸品だ。もちろん、俺の”なんちゃって魔法”を発動して。
さすが鍛冶職人。細部にまで妥協が無かった。
”漆黒”は、夜の闇に溶け込むような深い黒色を持ち、その刃は月光を受けて冷たく輝く。草原の風が刀身を撫でるたびに、まるで生き物のように微かに震え、リンカの手に確かな感触を伝えてくる。
源さん、ボルト、カンナも連れて、オークへと向かう。まるで現代版の”桃太郎”のようだ。
リンカは目を輝かせ、「いつかこの世界、サーマレントで自分の手で作り上げた、納得のいく刀に”紅”の名を付けるつもりよ!」教えてくれたた。その日が来るまで、リンカは我慢するという決意を固めていた。
優ちゃんは、リンカに優しい眼差しを向けながら微笑み、「リンカならきっと夢を叶えられるよ!」と励ました。優ちゃんの言葉には、まるで実の姉のような温もりと信頼感が込められていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
リンカも無事に異世界に来て、楽しんでいる。優ちゃんも、”根津精肉店”での仕事や暮らしにすっかりと慣れたようで、以前より余裕ができた感じだ。そしてカーシャはもうすぐ学校が始まる。
それぞれが新しい生活が始まる。そんな中...。
「あんなに賑やかだった声が、また聞こえなくなってしまった。私はまた一人になってしまった。昔を彷彿とさせる活気に満ちた声...。あの懐かしい日々が戻ってきたかのように感じたのに...。今はただ、寂しい...。誰か、私の元に会いに来てくれないか...」
暗闇の中で一人、悲しげに呟くその姿は、闇と一体化し、深い孤独感を漂わせていた。
コメントです。
第4章が終了しました。次回から第5章に入ります。週に一度の更新ですが、ゆっくりと進めていきますので、どうぞよろしくお願いします。もしよろしければ、♡や★で応援していただけると大変励みになります。それでは、またお会いしましょう。
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