第五章 動き出した心と身体
第63話 俺だけが聞こえる声
「ハックション!!」
「昼間が暖かくて油断してたら、最近、めちゃくちゃ夜が寒くなったな。Tシャツとパンツで寝てたら寒くて目が覚めてさ。ハ、ハァ、ハックション!」と豪快に誠也がくしゃみをした。
「もう、 誠也ちゃんたら...うどんを食べながらくしゃみをして...お行儀が悪いんだから♡」と譲二が、いや、マリーママが、何故だか嬉しそうに呟く。
マリーママは相変わらずの厚化粧で、原型が分からない。ただ、〆のうどんの味はさすがに旨くて病みつきになる。
何といってもうどんのコシが違う。若手の体力向上の一環として約一時間、足でうどんをこねさせるようだ。マリーママは「腰の動きの悪いオカマは、ただのカマよ...」とよく言うが、何のことだかさっぱり分からない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
さて、うどんも食べたし帰るとするか...。
誠也と、相変わらず靴下を取られ、「もう...ジョイフルに行く時は替えの靴下を持っていく季節になったなぁ...」と、しみじみと寒さを実感するイブさんと三人で商店街を歩いていた。
そんな三人の前に、イベントでお世話になった潰れたデパートの外観がゆっくりと視界に入って来た。
夜中の12時頃、商店街は昼間の喧騒とは打って変わって静寂に包まれていた。街灯がぼんやりと道を照らし、風が冷たく頬を通り抜ける。商店街のシャッターは大部分が閉じており、僅かに開いている店からは微かな光と人影が感じられた。
そんな中、イブさんが「それにしても、何でお前だけリンカちゃんの従妹さん、優ちゃんと仲良くなっているんだよ!しかもいきなり”根津精肉店”で働き始めているし!」と、思い出したように俺と誠也に話しかけてきた。
すると、誠也も「そうだぞ、太郎!お前の本命は”明日香”じゃなかったのか?」と、少し興奮気味に俺に聞いてきた。
何を根拠に俺の本命を決めているんだ、こいつは?
静まり返った商店街に誠也の声が響き渡る。夜の冷たい風が、誠也の声をさらに強調するかのように吹き抜ける。
今度はイブさんが俺を鋭い目で睨んで、「この前、”どすこい弁当”を買いに行ったら、リンカちゃんがいるかと思ってびっくりしたよ。そうしたら、「リンカの従妹です」ってオドオドしながら言うから、驚いてスマホを落としてしまったわ!」と、誠也以上に大きな声を俺にぶつけてきた。
こらこら二人とも、ご近所迷惑だから...。クリスマスも近い12月17日、いや12時を回ったから18日か...。彼女が欲しくなるよね...。
「たまたまだって。リンカ、いや、リンカちゃんに「従妹の働くところどこかないですか?」って相談されたから、うちを紹介しただけだって」
俺はごまかすように「寒い、寒い」と言いながら、ポケットからホッカイロを取り出し、胸の前で擦り合わせた。
「太郎!ごまかすな!」
「俺にも紹介しろ!」
「そうだ、そうだ!!」
「「お前だけずるい!!」」
結局はそこなのね...。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そんなイブさんと誠也と話しながら家路に向かっていると...。
「ま、また...きが...」
うん?イブさんなんか言った?
「イブさん、今...なんか言った?」と俺がイブさんに尋ねると、イブさんは暗闇の中で怪訝そうに眉をひそめ、「どうしたんだ太郎?何も言っていないぞ?」と返してきた。誠也の方を向くと、「へっくしょん!!」と大きなくしゃみをした。
あれ?気のせい?「イブさん、ごめんごめん。何か聞こえたような気がしてさ」と謝ると、イブさんは更に表情を曇らせ、「おいおい、よりによってこんな場所で何か聞こえたって...勘弁してくれよ」と返してきた。
ここは錆びたフェンスで囲まれた、かつての賑わいを失ったデパートのすぐ隣。昔、俺たち三人に加えて、明日香や成やん、沙羅たちとゲームセンターでコインゲームを楽しんだ場所。また、親父やお袋と共に何度も訪れ、買い物を楽しんだ思い出深い場所でもある。
しかし、今やそのデパートも閉店し、建物だけが残り、取り壊されるのを待つばかりの姿となっている。
SMRはこのデパートを取り壊し、アミューズメント施設を建設しようとしているようだ。デパートを再建するのも一案だが、商店街の客層を奪ってしまっては元も子もない。SMRは友三さんが愛した商店街を守るために、あくまでもサポート役に徹したいと話していた。
この商店街に新しく建設されるアミューズメント施設には、映画館、ボウリング場、ゲームセンター、カラオケ、温泉など、子供から高齢者まで楽しめる多様なエンターテインメントが予定されている。
さらに、西川京太郎先生とのコラボにより、4ヶ月ごとに更新されるリアル脱出ゲームイベントを開催するスペースも設けられる予定だ。
現在の計画によると、建設予定地の地下には暗く不気味な雰囲気のホラー系脱出アトラクションが設置される見込み。さらに、上層階では家族連れも楽しめる脱出アトラクションの開設が進められているらしい。
西川先生はこの計画に大変興味を示しており、商店街の未来について語る上では、彼の存在は欠かせないものである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そんな取り壊しが決まっているデパートの方から、聞こえるはずのない声が俺の脳内を揺るがせた。デパートの入口では、”戦慄商店街”のファンが夜間に侵入するのを防ぐために、臨時の詰め所が立てられ、”セキコム”の警備員が定期的にデパート周辺や内部を巡回している。これもSMRが手配してくれたものだ。
だが、ここにいる警備員の皆さんも、声は聞こえないみたい。いやな胸騒ぎがするが...もしかして、不気味な声が聞こえるのは俺だけなのかしら?
何だか、面倒なことに巻き込まれなきゃいいのだが...。いやな予感しかしない。
そう思いながら、俺はいつもお世話になっている警備員の西ちゃんに、差し入れの入った袋を手渡しながら「おつかれさま」と声をかけた。
普段からお世話になっているので気兼ねなく話しかけ、”ジョイフル特製のぶっかけうどん”を3人分差し入れた。
「あ、太郎さん!いつもありがとうございます!わあ!ジョイフルのうどんじゃないですか!みんな喜びます!」と紅一点の女性スタッフ、西ちゃんこと本西さんが、目を輝かせながら嬉しそうに受け取ってくれた。
詰所の内部は、だるまストーブの火室部分が赤々と燃え盛り、暖かな光が詰所全体を包み込んでいた。外では冷たい風が窓を叩きつける音が響き、ストーブの心地よい温もりが一層際立った。
「スープが入った魔法瓶は、明日にでも立ち寄るからそのままでいいよ」と言いつつ西ちゃんに渡すと、「いつもありがとうございます!」と明るい笑顔を見せた。
「何か変わったことは無い?デパートの中から声が聞こえたような気がしたんだけど?」と尋ねると、西ちゃんは「もう、やめて下さいよ!太郎さん!」と笑いながら俺の肩を叩いた。
そんな、俺と西ちゃんのやり取りを見ていたベテランの
「もう、からかわないで下さい!」と、西ちゃんがジョウさんに頬を膨らませながら抗議した。そんな姿の西ちゃんはリスのようでとても可愛らしい。
隣で聞いていたイブさんと誠也は、「そうだ、そうだ、太郎だけがズルい!」とまるで思い出したかのように再び連呼。突然、俺はアウェイの環境に放り出されてしまった。
クリスマスが近いからな...。
「はははははっ...」と苦笑いしながら立ち去ろうとしたその時、「やはりまた、気づかれないのか...」という声が、今度は先ほどよりも明瞭に聞こえた。このデパートの中からだろうか?内部に誰かがいるのだろうか?
しかし、西ちゃんもジョウさんも反応しない。もちろん誠也やイブさんも...。一体全体、何が起こっているんだ?俺だけが気づいているということなのか?
俺は胸の奥に違和感を抱えつつ、誠也の「ほら幸せ者!!帰るぞ!」という声に押し切られ、重い足取りで家路に向かうことにした。
あの声は...いったい誰が発したものなんだ?
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