第61話 賑やかな食卓
山ちゃんは”根津精肉店”で働きたい理由を、いつまでも家族に甘えているのも申し訳ないし、引きこもりの生活から脱却したいからと教えてくれた。
少し辛そうで、また涙袋に涙がたまっている。心の中の葛藤が見て取れた。だが次の瞬間、その表情は一転し、両頬を真っ赤に染めて「それと、あと、えーと、それと...」とモゴモゴとしながら、「す、好きな人のすぐ近くにずーっといたいから♡」と、体をくねくねさせながら言った。
そんな山ちゃんをユリーは見つめながら、”パンプキンノワール”をスプーンで一口すくい、「乙女だわ...。なんだかもう本当に、羨ましい...」と小声で呟いた。
そう、誰の目から見ても山ちゃんは本当に可愛らしい。高校時代からの腐れ縁であるミキマルに、その可愛さを少しだけでも分けてあげたいものだ。
根津精肉店は、従業員が一人増えても全然問題ない。最近、”貴婦人弁当”と”どすこい弁当”の注文を断るほどの大盛況だし、今回のイベントでも飛ぶように売れた。もっと作れば作っただけ売れるだろう。
それに山ちゃんは、店の奥で弁当を黙々と作ることが、一番
「別にうちで働く分には問題ないと思うよ。一応、お袋の了解は得るけど、多分大丈夫。あと、住むところは...」と言いかけると、ユリーが「私たちが暮らしているマンションに来ればいいわ。同じルームに住んでもいいし、別の部屋を借りてもいいと思うわ。都合をつけてあげるから」と申し出てくれた。
「そ、そう言ってくれると安心します!わ、私、一人暮らしをしたことがないし、引きこもっていたけど、家に誰もいないのは寂しいから...。カーシャさんやユリーさんと一緒に暮らして、太郎さんのお店で働けるなんて...夢の様!」と嬉しさを爆発させた。
「それなら今から私、パパとママにこの姿を...見せたいと思います!」と決意を固めたようだが、俺の方をチラチラとみてくる。
や、山ちゃんの視線が凄く突き刺さるように感じるんだけど...。何かやらかしたかな?もしかして顔に何かついている?それとも社会の窓が...空いている?
そんな俺の態度を見て、カーシャとユリーが揃って...。
「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ...」」
深いため息を俺に見せつけるように吐いた。
「困ったもんですね、三代目は...」とユリーがため息混じりに言うと、カーシャも「そうですよ、太郎様...」と同調しながら、少し眉をひそめた。
「太郎さん、今から病院に戻りますよ。山ちゃんさんが山岩理事長とお話しする時に傍にいてあげましょう。まったく太郎さんは...。女心が理解できていないですね」とユリーが言った。
すると、カーシャも「こういう時は太郎さんが、「俺も傍にいてあげるよ」って先に言うべきなんですよ」と言った。ユリーや、カーシャが言った言葉を待っているかのように、山ちゃんは俺を上目づかいで見て来る。
「ご、ごめんよ、山ちゃん。全然気が付かなかったんだ。ほんとに申し訳ない!」と山ちゃんを見つめ、何度も頭を下げた。
女心か...まったく分からん...。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
大きな大豪邸が目の前に広がる。駐車場には5台の高級車が整然と並び、そのほか数台の車が止められるスペースも完備されている。庭には手入れの行き届いた芝生が広がり、色とりどりの花々が咲き誇り、中央の噴水が優雅に水を噴き上げている。玄関には大理石の階段が堂々と構え、まさに病院の理事長の邸宅にふさわしい風格を漂わせている。
「わんわんわん!!」
突然、鋭い犬の鳴き声が響き渡る。
「こら、”裕次郎”!!太郎さんに向かって吠えないの!!女の子でしょ!!」
お、女の子なの⁉
裕次郎...。大きくてちょっと怖そうに見えるけど、山ちゃんに叱られてしゅんとしているゴールデンリトリバーの姿は何だか愛くるしい。後で撫で撫でさせてもらえるかな?
”裕次郎”を見ていると、その後ろから宗太朗さんさんが私服姿で「よく来てくれたね!」と大きな声で迎えてくれた。ママさんも優しそうな笑顔で、「もう、パパったら!」と大きな身体をくねらせている。
ママさん似かなぁ...。山ちゃんのママさんも体格も大柄で、動作も山ちゃんにそっくりだな。
ちょっと話はさかのぼるけど、山ちゃんが病院に戻る前に「大事な話があるから、病院へ戻るわ」と山ちゃんパパ、宗太朗さんに電話を入れた。そしたら、みんなで晩ご飯を食べながら話そうってことになった。
根津精肉店は月曜日が定休日だから、今日はお休み。夜まで時間を潰して、山ちゃんのお宅にご飯を食べに行くことにした。
各務原にある大型ショッピングモールで映画を見たり、ボーリングをしたり、ショッピングを楽しんでいたら、あっという間に夕方になってしまった。女性三人のショッピングは、まるで時間が飛ぶように過ぎていく。
山ちゃんは気に入った服を見つけるたびに、目を輝かせながら俺に「これどうですか?」と尋ねてくる。
どうやら、俺の好みに合わせてくれているようだ。リンカと同じ美貌とダイナマイトな身体を持ちながらも、けなげな山ちゃん。どんな服でも似合うので、逆に選ぶのが難しい。彼女のスタイルと魅力がどの服にも映えるから、どれを選んでも間違いない。
あと、ユリーやカーシャ、それに山ちゃんに、「寝てないと思うけど大丈夫なの?」と聞くと、「若いから大丈夫!」と三人そろって答えてきた。ユリーの実年齢は知らないけど、恐ろしいから聞かないでおこう。エルフ年齢ではまだまだ若そうだし。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
さて、話を戻すと、今は山ちゃん宅の食卓。俺たちが来るってことで、ママさんが腕によりをかけて、心を込めた手料理をたくさん作ってくれたみたいで、テーブルに乗りきらないくらいのご馳走が並んでいる。
山ちゃんは家に着いたら、元の姿、山岩優希に戻っている。いきなり、山ちゃん第二形態で家に入ったら、”どちら様ですか?”となってしまうからな。
俺たちがママさんの手料理を楽しんでいると、山ちゃんが急に真剣な表情で話し始めた。リンカのこと、イベント会場での出来事、そして、意識を失った俺を異世界に運んで行ったこと。さらにはサーマレントで手に入れた不思議な力について、時間をかけてゆっくりゆっくりと...。
ママさん特製のスペアリブが山ちゃんのお皿の上で冷めていく中、山ちゃんは話しながら感情が爆発し、複雑な気持ちが入り混じった涙を流しながらも一生懸命話した。
山ちゃんの声は時折震え、言葉に詰まりながらも、心の奥底から湧き上がる思いを必死に伝えようとした。
話を聞いているママさんも、大きな体をくねらせながら「チーン!!」と鼻を何度も噛み、山ちゃんの話に耳を傾ける。
宗太朗さんも最初は山ちゃんが話すあまりにも現実離れした内容に驚いた様子だったが、茶化したり反論することなく真剣に耳を傾けた。
実際に山ちゃんが宗太朗さんとママさんの前で第二形態に変化すると、二人とも驚きの表情を見せ、「こ、こんなことが起こるなんて...」と戸惑いを隠せない様子だった。一瞬、時間が止まったかのように固まった宗太朗さんとママさんは、感嘆の声を揃ってあげた。
「これは本当に驚いた!現代医学でも解明できない現象が起こったんだ!優ちゃんがこんな特別な能力を得るなんて!」と宗太朗さんが言うと、ママさんも「優ちゃんはずっと女性の体を望んでいたから...。本当におめでとう」と言いながら山ちゃんを抱きしめて泣いた。
山ちゃんは二人に、「ねえ、パパ、ママ?姿が変わっても、私を受け入れてくれる?」と尋ねると、宗太朗さんは目を輝かせながら、「どんな姿でも優ちゃんは優ちゃんだ。もちろん、今まで通り家族だよ!」と力強く答えた。
そして、宗太朗さんは「それにしても、本当にめでたい!今日はお祝いだ!シャトー・マルゴーの2005年モノを開けよう、ママ!」と喜びを爆発させた。
「もう、パパったら...。でもパパの言う通りね。本当に優ちゃん、おめでとう。でも、優ちゃん、こんなに可愛くなっちゃって、男の子たちが放っておかないわよ。それとも、もう好きな人でもいるのかしら?」
山ちゃんの顔を見た後、山ちゃんママは俺の顔を見て微笑んだ。
山ちゃんが俺のことを気に入っているのがバレバレみたい。さすが母親。娘?息子?のことはお見通しのようだ。
その後、山ちゃんは照れながらも、「パパ、ママ、受け入れてくれてありがとう!それでね、私、太郎さんのお店で働きたいと思って...」と自分の思いを語り始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「太郎、シャッター閉めてくれ!」と、お袋が厨房から大声をあげた。本来の営業時間は9:30から17:30までだけど、最近は晩御飯にお惣菜やお弁当を求めるお客さんが増えて、閉店時間が18:30頃まで延びることが多い。
「優ちゃん、今日もよく働いてくれたね。悪かったねぇ。ずっと立ちっぱなしで疲れただろう?居間でゆっくりしておくれよ?今から晩御飯の準備をするからさ」と、お袋が優ちゃんにねぎらいの言葉をかけた。
いつの間にか、山ちゃんから優ちゃんに呼び名が変わった。本人もその方が気に入っているみたいだし。
「い、いえ、わ、私も晩御飯の準備を手伝います!」
そう言って、今度は二人で俺たちと、ボルト、カンナ、そして源さんの夕飯造りを始めた。
よく働くなーと感心しながら、居間のソファーで源さんとボルトとカンナをナデナデして癒される俺。
そんな俺の姿を見てお袋が、「何、サボってんだい太郎!お膳の上ぐらい片付けなよ!」と、すかさず指導が入る。お袋の声の張りが鋭くなっている。一時期、親父が死んで落ち込んでいたのがウソのように感じられる。
現状を一番喜んでいるのはお袋だ。
「お父さんがいなくなって寂しくなると思ったけど、こんなに可愛い娘さんたちと、愛くるしいボルトちゃんとカンナちゃん、そして源さんまで来てくれて、本当に幸せだよ。お父さんが寂しくないように、みんなを引っ張ってきてくれたんだろうね」と、カーシャにしみじみと話していた。
おいおい、肝心な人を忘れていないかい?親父じゃなくて、息子がみんなを引っ張って来たんだろう?
「おっと、肝心な人を忘れるところだったよ!」と言って玄関の方を見た。やっと俺の存在を認識したかと思ったが、玄関の方を向いている。俺は今、ソファーでまったりとしているんだけど...。
すると玄関から、「こんばんは!」と元気な声が聞こえた。そう、リンカだ。毎日この時間帯にリンカが訪れるようになった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
リンカはあの事故以来、我が家に顔を出すようになった。お袋はリンカの顔を見ると、「リンカちゃん、よく来たね!リンカちゃんの分もちゃんとあるから、遠慮せずにいっぱい食べておくれよ」と声をかけた。
晩御飯を俺たちと一緒に囲むのが日課となっている。
リンカは鍛冶職人の修業が終わると、ほぼ毎日我が家に直行してくる。モデルの仕事はきっぱりとやめて、週に一度のラジオの仕事は当分の間続けるようだ。
でも、そのラジオの仕事も次のパーソナリティーが見つかったらやめるつもりらしい。
美咲さんには助けられたから、代わりが見つかるまでは続けるって教えてくれた。
あと、リンカの借りている各務原のアパートから根津精肉店までの移動が大変だから、俺の”なんちゃって魔法”で転移ゲートを作ってあげた。クローゼットを開けると、壊れた冷凍庫のある地下室に直行できるようにして、あっという間に我が家に到着!
だから、夕飯を一緒に食べられるってわけ。
我が家が凄く賑やか。以前は中高年夫婦とトヨさんで食事を囲っていたのに、今ではピチピチのモデルのような外見の二人とJKと希少動物が。さらには俺とお袋とトヨさん。
大家族みたいで凄く賑やか。お袋も、余り物が無くなって大喜びしている。
お袋は食べ物を捨てるのが大嫌いだから、以前は冷凍庫が総菜の残りでパンパンだった。でも、今はみんなで食べきるから、そんな心配もなくなった。それでも余ったら、リンカにお弁当として持たせている。
足元ではボルトやカンナがハグハグと大量の魚を食べている。何だか一回り大きくなったかな?源さんも負けじと食べてるけど、大きさはあんまり変わらない。
みんなでワイワイおしゃべりしながら、楽しい夕飯の時間はあっという間に過ぎていく。
さて、ご飯が終わると、リンカがそわそわし始める。そう、サーマレントに行きたくてたまらないのだ。
じゃあ、食後の運動がてら、行ってきますか。夜のお散歩がてらのオーク狩りに!
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