第51話 避けられない現実

 二日目のイベントも順調に進み”Wonderful Day”の公開ラジオ放送が始まる時間となった。


 ”Wonderful Day”の公開ラジオが行われるのは、商店街内の特別仮設スペース。一面がガラス張りで、リンカだけでなく、音響担当の矢田ちゃんや、ふっくら体型の室井さんまでしっかりと確認できる。


 室井さんは、”どすこい弁当”はもちろん、”ベーカリーミンミン”が今回のイベントのために開発した”イワシカレーパン”や、”喫茶まちなか”の”魚介類たっぷりのトムヤンクン”を堪能している。今回のイベントの為に開発された新作の殆どは検証済だとか。何だか科捜研みたいな言い方だけど...。


 なぁ...放送は大丈夫なんか?さっきから喰ってばかりいるみたいだが...。そんなに食べて、腹を壊さんのかい?


 リンカも室井さんと同様に終始ご満悦で、公開放送にも熱がこもる。しかも饒舌だ。


「もう、”戦慄商店街”で子供ゾンビに囲まれた時は本当にゾッとしました♡暗闇の中、急に唄を歌い出すし。どんな曲を歌ったかは...内緒です♡でもあれは間違いなく西川京太郎先生の演出ですよね!すごく怖かったんですから~!でもでも、めっちゃくちゃ楽しかったですよ!ゾンビさん達の個性も光っていました!」


 そう言った後、リンカは一呼吸置いてさらに話を続けた。「チケットをお持ちの方は、ぜひぜひこの恐怖を味わって下さいね♡あと、”鍛冶職人、抜刀少女AYANO”と”柳ケ瀬風雅商店街”とのコラボグッズも販売しておりますよ!!すでに完売のものも出ておりますので、お急ぎくださいね♡」と、満面の笑顔でマイクに向かって伝えた。


「私...」


 そう呟いた後、少し照れたような表情を浮かべながら、「私、値段を言うのは生々しいので控えますが...凄く沢山グッズを買ってしまいました!そうしたら、店員さんが特別にカートを貸してくれて、車に無理やり押し込んできました!!」と言って、自分の頭をこつんと叩いた。


 その仕草のすべてが可愛らしく、ファンの注目を集めた。


「”戦慄商店街の話ばかりしておりますが、他のイベントもすべて楽しいですよ♡お子様が遊べるイベントも多数あり、可愛い柴犬や珍しいコツメカワウソと触れ合えるゾーンもあります!そして、何といっても美味しい料理♡”Wonderful Day”スタッフ一の食いしん坊である室井さんの箸が止まりません!!まだ間に合います!是非イベントに来て下さいね♡では、次の曲は”マイカルジャクソン”で”スリラー”です♡」


 曲紹介を終えた後、リンカはブースの外にいる大勢のファンに向かって両手を振り、歓声を浴びた。


「キャ~!リンカー!!」


 リンカが手を振ると、多くの女性ファンから黄色い声援が飛び交った。彼女の中性的な顔立ちは、宝島歌劇団の星組の大スター、レイ真己マコを彷彿とさせる。


 もちろん、歓声の中にはだみ声も混じっているのだが...。


 公開ブースの周囲からは「リンカ、凄く生き生きしている!!」や「生リンカの脚、すごく長い!!」、「なんだかリンカ、とても楽しそう!!」などなど、リンカに対する称賛の声が絶えない。


 リンカにとってもイベントにとっても良い効果があり、まさにwin-winの関係だ。


 お客さんの入りも好調だ。”戦慄商店街”との限定コラボグッズを求めて、多くのファンが押し寄せ、グッズスペース一次、入場規制がかかるほどの盛況ぶりだった。


 ユリーさん...いつから準備していたの?コラボグッズ何て...聞いてないよ...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 柴さんと岩ちゃんは一心不乱にマグロやカツオをさばいている。岩ちゃんは上機嫌で、「こんなにお客さんが来てくれるなんて、まいるぅ〜だぜ!」と、さらに魚をさばく手を加速させる。


 岩ちゃんに負けじと柴さんも張り切るが、立ち仕事の連続で腰が悲鳴を上げてしまう。かかりつけの”木村医院”のキム婆さんに、「少し休憩しな!」とドクターストップをかけられた。


 そんな柴さんを見かねた真由美さん、田中寿司の大将、そして回転寿司の皆さんがフォローしてくれたのは言うまでも無かった。


 様々な出来事があったが、2日間にわたるイベントも終わりに近づいている。残り時間はあと2時間ほどだ。


 このイベントの目玉であるリンカの公開ラジオ放送も無事に終了した。


 ラジオ放送を終えたリンカは、その足で急いでホテルの化粧室に向かった。


 差し入れで頂いたタピオカミルクを飲み過ぎたからだ。この後、化粧室でリンカは再び不思議な現象に見舞われることになる。この時点では、リンカだけでなく、行動を共にしているカーシャや源さんも、その恐怖の始まりを知る由もなかった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 他のイベント会場では一杯600円もする大粒のタピオカミルクが、ここでは良心的な価格の300円で提供されていた。そしてプルプルで大量!!


 リンカはそのアラガえず、つい飲み過ぎてしまった。


 トイレで用を済ませ、化粧室で手を洗っていると、リンカは突然、鏡に男性の姿が映り込んだように感じた。心臓が一瞬止まるような感覚に襲われ、彼女は恐る恐る鏡を見つめ直した。


 いや、確かに映ったのだ!背後に...誰かいる!冷たい汗が額に滲み、手の震えが止まらない。リンカは振り返る勇気を振り絞り、ゆっくりと後ろを向いた。



「え...⁉」



 だが、そこには誰もいない。鏡に映る自分の顔は青ざめ、目は恐怖に見開かれていた。


 そうだ。化粧室の外にはカーシャや源さんが待機しているはずだ。男性が女性トイレに入ってこれるはずがないのに。


 自分を落ち着かせようと、リンカはズボンにしまってあるハンカチを取ろうと視線を落とした。その瞬間、足元に二つ折りの紙切れが落ちているのに気がついた。心臓が再び高鳴り、冷たい汗が背中を伝う。


 まるで私に拾われるために落ちているかのような紙切れ...。震える手でそれを拾い上げた。


 紙を開くと、そこに”8時にはここから立ち去れ...。by2929...”と書かれていた。リンカの心臓は一瞬止まったかのように感じ、視界がぼやけた。


 こ、これってウソ、ニックなの⁉ニックがこのホテルにいるの⁉


 リンカはいてもたってもいられず、メモを投げ捨て廊下に飛び出した。驚いたカーシャは、「どうしたんですか、リンカさん!」と声をかけ、太郎からもらった木刀を1メートルほどの長さに伸ばし、急いでトイレ内へと向かった。


 カーシャは慎重に一つ一つトイレの扉を開けていった。扉を開ける音が静寂の中に響き渡り、心臓の鼓動が速くなる。だが、どの扉の奥に誰もいない。状況を確認した後、カーシャはそっと扉を閉め、リンカの元に戻った。


「誰もいなかったです...」とカーシャはリンカに伝えた。しかし、リンカはその言葉を聞いてもなお、青ざめた顔で「ニック...一体何なのよ」と呟いたままだった。


 二人と一匹はホテルの化粧室の前で、リンカが落ち着くまでしば佇んでいたいた。薄暗い廊下に響く静寂が、まるで何かが潜んでいるかのように...不気味であった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 イベント二日目はさらに盛況となり、全国の新聞やテレビの取材が殺到した。持田電気店の店先で、テレビに映し出される商店街の様子を見て、歓声を上げて喜ぶ面々。寅さんとえいさんは、その光景を見ながら「子供の頃に路上で見た街頭プロレスを思い出すよ」と、ゾンビのペイントが残ったまま呟いた。


 二人とも非常に嬉しそうだが、ゾンビの姿は何とも生々しい。まあ、今日はイベント”戦慄商店街”が行われていることを商店街に来ているお客さん達も知っているので、良い宣伝になっている様だ。


 多くの外国人観光客が2人に写真を撮ってもいいかと頼んできた。最初は照れていたが、次第に慣れてきて、それぞれ得意のゾンビポーズや雄叫びを披露していた。


 イベントが終わってから寝込まないでよ。寅さんとえいさん...。


 商店街の栄枯盛衰を知る二人は、全国ネットで放送されている商店街の映像を嬉しそうに眺めていた。その表情には、長年支えてきた商店街への深い思いが感じられた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「皆さん、今日はイベントに呼んでいただき、本当にありがとうございました!ごめんなさい、明日の朝から仕事があるので、先に失礼しますね」そう言って、リンカは可愛らしくお辞儀をした。


 会場から大きな拍手が沸き上がった。


「リンカちゃん、またね!」と、あちこちから声がかかる。


 リンカは再度お辞儀をして、会場を後にした。


 リンカが帰った後も、会場ではイベントで使ったマグロやカツオをふんだんに使った料理が、地酒や地ビールと共に次々と消えていく。


 ホテルの打ち上げ会場は、初日の懇親会以上に盛り上がっていた。


 室井さんと岩ちゃんは意気投合したようで、「大トロは口の中で溶けるからカロリー控えめ!アルコールで消毒すればカロリー消滅!」と、わけのわからない理由をつけて、ガンガン食べ続けている。


 柴さんも打ち上げ時には復活し、ご機嫌に酔っぱらいながら、譲二ママ、いやマリーママのうどんを、両方の靴下を脱がされたイブさんと一緒にすすっている。


 商店街関係者やSMRのイベントチーム、柏木さん、そして俺の仲間たちも、「仕事の後の一杯はたまらない~」と言いながら、肉や魚をむさぼるように食べている。誠也とプロテイン山本さんによる即興での腕相撲大会が始まり、大いに盛り上がった。試合後、二人は仲良く抹茶味のプロテインで乾杯し、親交を深めた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 まだ...、リンカは明日の仕事の事を考え、もっとここにいた気持ちを断ち切って家路へと向かった。


 ホテルに止めてあった車に乗り込み、各務原を目指してアクセルを踏んだ。


 そして…少し距離を置いて、一台の車がリンカの車を追いかけた。あくまでもリンカに気づかれないように、慎重に数台の車をはさんで。


 そんなリンカの様子を見守る男性が、寂しそうに呟いた...。「運命は...変えられないのか...俺と、同じ目に合っちまうのかリンカ...。おい、親父!まだアイツに親父の声が伝わらないのか!」と、禿げあがった頭をポリポリと掻きながら隣の男性に苛立ちをぶつけた。


「黙っておれ、分かっておるわい!太郎の周りには人が多すぎて、うまくあやつの精神とリンクできないのじゃ!」と、禿げ上がった男性に反論した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 リンカは車の中で鼻歌を歌いながらご機嫌だ。車内には大量の”鍛冶職人、抜刀少女AYANO”グッズに囲まれている。


 国道21号を各務原方面に走っている最中、後ろの車が自分をつけていることには全く気がついていない。車内では自分の放送をネットで流し、不備がなかったかチェックするのがラジオ放送後のリンカの日課だ。


 今日は楽しい思い出を振り返るために放送を流しているようだ。交差点で信号待ちの間にマイカルジャクソンの”スリラー”を流し、両手を左右に振ってご機嫌だ。しかし、そんなリンカに危険が迫っていた。


 前方から居眠り運転のトラックが迫ってきた。ふらふらと蛇行しながら、まるでリンカを狙っているかのように、吸い込まれるように近づいてくる。


 リンカの後を追ってきた???は、周囲の異変に気づき「り、リンカ危ない!」と車内で叫ぶが、もちろんリンカにはつたわらない。リンカが揺れながら迫ってくるトラックのヘッドライトと轟音に気づいた時には、もう遅かった。トラックはまっすぐリンカの愛車に向かって突進し、左側面に激しく衝突した。



 ドン!!ドゴゴゴゴゴゴ~!!!!


 プゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!



 衝撃で車内のグッズが飛び散り、リンカはシートベルトに押さえつけられながらも、恐怖で体が硬直する。トラックの運転手は意識を失ったまま、さらに車を押し続ける。リンカの心臓は激しく鼓動し、頭の中は真っ白になった。


 周囲の車も急ブレーキをかけ、クラクションが鳴り響く中、リンカは必死に意識を保とうとするが、視界が徐々に暗くなっていった。


 そんな目の前の凄惨な状況をリンカの大ファンである???は、ただ呆然と眺める事しかできなかった...。

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