第50話 違和感
1日目が無事に終わり、イベント2日目の朝7時過ぎ。まだイベント開始前だといのに三つの影が”戦慄商店街”の敷地内を動き回っている。
「ここは...こうなっていたんだ。なら...」
独り言をつぶやきながら、気がつくと一つの影が残りの二つの影から、知らぬ間に離れていく。
3つの影の正体は、リンカとカーシャ、そして...源さんであった。
”戦慄商店街”のイベントは非常に人気があり、1日限定200組までの入場制限がある。リンカはもう一度イベントに参加したかったが、自分だけ二度も体験するのは控えた。
だが、ユリーと太郎の配慮により、2日目のイベント開始前に点検と取材を兼ねて会場内へ入ることが許可された。
混雑を避けるため、朝7時という少し早めの時間帯だったが、リンカはすでに興奮Maxな状態。
リンカにとったら、朝の一時でも二時でも全く問題ない。前日はSMRの計らいで”アッパーホテル”に宿泊できたこともあり、身体も疲れていない。
そんなリンカに対して釘を刺す人物がいた。カーシャであった。
「リンカさん、興奮する気持ちは理解できますが、私や源さんからあまり離れないで下さい。もし不審な人物が現れたら、守りきれませんから」と、周囲を警戒しながら、伸縮可能な木刀を右手に持ち、リンカに話しかけた。
「ごねんね、カーシャ、それに源さん...。ついつい嬉しくてはしゃいでしまって...」と謝ると、源さんが”いいんだわん!”と言っているかのように「わん、わん!」とリンカに向かって吠えた。
カーシャも、「許可したのはユリーさんや太郎様です。取材に役立つ情報を探して下さい」と、表情を変えずに返事をした。
カーシャは昨日もそうだったが、暗闇の中でゾンビが突然現れても顔色一つ変えない。ただ、昨日の懇親会では、マグロやカツオの握り寿司や、”ラーメン将軍”の”世紀末ラーメン”、それに”貴婦人弁当”などを前に、「まいるぅ~です!まいるぅ~です!」と言い、表情を緩ませきっていた。
食べ物には...この娘、弱いわよね。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
昨日、苦労して探索した場所をゆっくりと見渡すと、くすんだ壁やゾンビたちによって破壊された品物などが目に入った。飛び散る血痕が床や壁にべったりとこびりつき、まるでその場で起きた惨劇を物語っているかのようであった。
たった2日のためにここまで造ったの...⁉
みれば見るほど、2日間でイベントが終了してしまうことに対する惜しさと、SMRの寛大さを感じる。あ、今は取材に集中しないと。
だけど...うん⁉
”ヨル8時までに...たちサレ!!”
こんな場所に、こんな文字...書かれていたっけ?
廃墟と化したデパートの3階、子供売り場の奥にある赤い扉を進んだ先の壁に、その文字は書かれていた。イベントの進行には全く関係のない、謎めいた文章。
昨日は全然気にも留めなかった。いや書かれていたことさえ気が付かなかった文字...。
もしかしたら...。
私に...伝えようとしているの⁉まさかね...。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その壁に書かれていた文字の事がちょっと気になった私は、「カーシャ、昨日ってこの場所に”ヨル8時までに...たちサレ!!”って、書かれていたっけ?」と尋ねた。
するとカーシャは、「すみません、リンカさん。こちらは赤の扉を進んだ先です。私は昨日通っていないので、わかりかねます...」と、申し訳なさそうに答えた。
「あ、ごめんねカーシャ。私の勘違いかもしれない...」
私の言葉を気にしたカーシャに対し、私は両手を大きく振りながら謝罪した。そういえば、カーシャは青い扉の方へ進み、別行動を取ったのだった。
う~ん、分からない。昨日はゾンビから逃げることで夢中だったし、暗かったし...。見落としていても全然不思議じゃない。
そんなことを考えながら、昨日の出来事を思い起こしつつ次のエリアに進んだ。
ただリンカは次のエリア、イベントクライマックスの研究棟についた頃には、壁に書かれていた文字のことなどすっかり忘れてしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
パン!ヒュルヒュルヒュル~パラパラパラ...。
パン!ヒュルヒュルヒュル~パラパラパラ...。
2日目のイベント開始を告げる祝砲が、今日も商店街上空に鳴り響く。
俺は誠也、"大胸筋"こと山本さん、そして"上腕二頭筋 長頭"と"上腕二頭筋 短頭"の二人と一緒に、駅から会場までの案内係を行っている。ちなみに僧帽筋は上部繊維、中部繊維、下部繊維の三人からなるようだ。
さすがはマニアック集団..だな。
”戦慄商店街”付近からは、「きゃー!」や「うわー!」という声が響き渡り、イベントを楽しむ来場者やゾンビ役のエキストラの熱演が感じられる。しかし、”戦慄商店街”の一角には、他のエリアでは聞かれない男性客の心からの叫び声が響く場所があった。
そう、それが”おかまゾンビエリア”、略して”かまエリア”だった。
「あら、可愛い坊やたちね♡お姐さんゾンビたちと一緒に、素敵なゾンビライフを過ごさない?チュッ♡」と全身をくねくねさせながら、数人の配下を従えフォーメーションを組み、若い男性来場者のみを本気で狩ろうとするおかま姐さんゾンビ軍団が話題となった。
そのエリア一帯では、女性の悲鳴はまったく聞こえず、10代から20代の男性客だけが悲鳴を上げていた。ちょっと...ゾンビ役の方々、私利私欲に走らないで欲しいのだが...。
現在必死に追跡劇を繰り広げているのは、初日に誠也に注意された高校生連中と、おかまクラブ”ジョイフル”のメンバーたち。”ジョイフル”は店舗が商店街から少し離れているが、「私たちも風雅商店街の力になりたい!」と強く参加を希望してきた。その熱意に押され、イベントへの参加を認めたのだが...。
なるほど...こういうことだったのね。
まあ、何といっても俺たちがよく2次会、3次会で利用するお店だ。ないがしろにはできない。"ジョイフル"のママ、”マリーママ"こと本名"山本譲二"。自称28歳は、酔うと人の靴下を奪いにかかる、少々タチの悪い酔い方をするお方。
柴さんいわく、「譲二は...俺と正の同級生だ」と教えてくれた。みんな薄々感じていたが、あの年齢であれほど本能の赴くままに行動が出来るとは...。ある意味、最もゾンビらしいお方なのかもしれないなぁ。
そんな譲二、いや”マリーママ"は、俺の仲間内ではイブさんの靴下がお気に入りだ。イブさんが履いている靴下を奪っては、「Good smell !!」と喜んで嗅いでいる。まあ、人の趣味や性癖は様々だから...。でもね、譲二は出汁から丁寧にとった関西風手打ちうどんを〆に出してくれる貴重なお方。何度も言うがないがしろにできない。
後で知ったことだが、リアル脱出系のファンサイトで今回のゾンビ役が怖かったベスト5に、ジョイフルのメンバーが3人もランクインしていた様だ。
スリットの入った着物姿で若い男性限定で執拗に追いかけ回すおかまゾンビたちは、確かに恐怖を感じさせる。ちなみに、女性が近寄っても一切追いかけない。ガン無視。何とも自分達の生き方に忠実な方々であった。
あと、2日目の”戦慄商店街”の最終ボスは柏木さん。商店街とSMRとの取次から俺の秘書、さらには最終ボスまで、何でもこなす人だ。
「最終ボス役なんて私には無理です...!!」と言っていたものの、いざ本番が始まると、ユリーさんと肩を並べるほどの迫真のやられっぷりをみせ、”戦慄商店街”のファンたちを唸らせたそうだ。
さすができる秘書...。何でも一流にこなすな、この人は...。
だが、この時はまだ...誰も知る由もなかった。
真剣な表情でラジオの打ち合わせをするリンカ、優しい笑顔で暴言を吐きつつお客さんをイベント会場に誘導する誠也。大人の色気を見せて子供やお父ちゃんたちに大人気の沙羅。そして一心不乱にマグロと格闘する岩ちゃんと柴さん...。
今夜、太郎を含め全員が予想だにしなかった本当の戦慄の瞬間が訪れることを、今は誰も予見することはできなかった。
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