第52話 久々に聞く声

「た...たろ、たろう...!!」


「た、たろ、たろう...太郎!!聞こ...えるか...!」


 急に俺を呼ぶ声が聞こえた。友三爺さんに違いない。今は打ち上げの真っ最中で、俺は明日香にミキマルを紹介していたところだった。いつ以来だろう?ボルトとカンナを助けた時以来の、友三爺さんからの呼び出しだ。


 打ち上げの会場は賑やかで、笑い声や音楽が響いていた。明日香はミキマルに興味津々で、彼女の話に夢中になっていた。そんな中、友三爺さんの声が俺の脳内に飛び込んできた。


「うん⁉なんだ...⁉」


 おっと、声に出してしまった。突然、頭の中から聞こえる俺を呼ぶ声。少しは慣れてはきたけど...友三爺さんだろ?爺さん、今は打ち上げの真っ最中だ。こんなに人がいる時に急に呼ばないでくれ。隣にいるミキマルや明日香が怪訝な顔で俺を見ている。


「太郎、大丈夫?酔っぱらってるんじゃないの?急に意味不明なこと言って、キモいわ!これでも飲んで落ち着けっての!」と、そっけなくオレンジジュースを俺に手渡すミキマル。


 それに比べて、「大丈夫...太郎?ホテルの医務室に一緒について行こうか?」と優しく声をかけてくれる明日香。


 うーん、明日香は本当にいい子だな。明日香の優しさにはいつも救われる。今度、サーマレント産のサファイアでもあげようかな?ミキマルには鉄鉱石でも玄関の前に、どっさりと置いてやろうかな...。


 まあ、冗談はさておき、友三爺さんの声は緊張感を増している。一刻の猶予もなさそうだ。一体何が起こっているんだ?ただ、場所が悪い。俺は二人に「トイレに行ってくる」と言って、打ち上げ会場のホールから出てサロンに向かった。


 その様子を遠目で見ていたカーシャが、「太郎様、何かあったのですか?」と念話を送ってきた。同時に、俺の後を追ってきた。


 そんなカーシャに向かって、「ちょっと、急用ができたみたい。ここではちょっと...。だから場所を変えようと思ってね」と言いながら、人気のないホテルのサロンの隅のソファーに対面で座った。


「爺さん、友三爺さん!急に呼び出してきて...何があったんだい⁉」と頭の中で語りかけた。さすがに人気のないホテルのサロンとはいえ、声に出すと怪しい者と間違えられるからな。


 友三爺さんの声が聞こえるのは久しぶりだ。何か大変なことが起こったに違いない。俺は緊張しながら、友三爺さんの返事を待った。


 すると、俺が予想もしていなかった声が聞こえた。そう、突然この世を去ったあの人が、友三爺さんの代わりに俺に語りかけてきた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「た、太郎!急いで岐南方面に向かうんだ!リンカが今、21号沿いでトラックの事故に巻き込まれた、そう、俺と...同じようにな」


 友三爺さんじゃないのか⁉その声は、もしかして親父か⁉親父、どういうことなんだ?「親父、俺に話しかけることができるなら、辛い時に力になってくれればよかったのに...!」と、とっさに愚痴ってしまった。


 親父の声が聞こえるなんて、想像もしていなかった。緊張と混乱が入り混じる中、何とも言えない負の感情が俺の心を支配する。


 俺が愚痴をこぼすと、親父は少し申し訳なさそうな声で「色々すまなかったな、太郎。でも、お前は本当に頑張ってくれている。いや、想像以上によくやっているよ。実は、色々とがあってな...。こんな時じゃないとお前と話せないんだ。それに、俺は爺さんを通じてしかお前に話しかけられないんだよ...」と語った。


 親父の声は沈んでいて、俺の心に深く響いた。その言葉は、俺の苛立ちを和らげ、同時に寂しさを感じさせた。


 今はとにかく、急に連絡を取ってきた親父の話を聞かないと。「で、親父、何があったんだよ?」


 親父は深刻なトーンで「リンカが、トラックに巻き込まれる大事故に遭ったんだ。意識を失っていて、このままだとあと数十分で命を落とすかもしれない。かろうじて即死は免れたが、状況はかなり厳しい...」と俺に伝えてきた。


 親父の言葉は、まるで冷たい刃が心に突き刺さるようだった。


 ど、どういう事なんだ?リンカがそんな大変なことになっているなんて...信じられない。


 さっきまで一緒に笑い、楽しそうに打ち上げに参加していたリンカ。彼女の笑顔が、今も目に焼き付いている。公開ラジオ放送で来場者に手を振り、楽しませていたリンカ。その明るい声が、耳に残っている。マグロを頬張っていたリンカ。その無邪気な姿が、心に深く刻まれている。そんな彼女の姿が次々と脳裏に浮かび、胸が締め付けられるような思いだ。


「どういうことなんだ?あんなにイベントで楽しそうにしていたリンカが、トラックに巻き込まれて死にそうだなんて。頭が追いつかない。」俺の声は震え、心臓が激しく鼓動する。目の前がぼやけ、現実感が薄れていく。


 動揺する俺をよそに、親父は話を続けた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「リンカを助けてやってくれ。お前ならばリンカの元にすぐにたどり着けるんだろう⁉お前は俺と違って、爺さんと同じように異世界に行って力を手に入れたんだ!だったらリンカを...助けて...てくれ。彼女は俺の大切...ンタジー仲間だ。まだ...っちの世界に来てはい...い。出来る...ら、爺さんやお前と一緒の...」


 親父は必死にそう懇願してきた。だが、声が途切れ途切れで聞き取りにくい。何だ?最後は何と言ったんだ⁉ 俺の心臓は激しく鼓動し、親父の言葉の続きを求めていた。すると...。


「時間が無...んだ!さすがに太郎...も、死んだ人間を生き返...せる保証はな...だろう!でも、生きてい...異世界人や太郎の周り...いる動物たちのよ...に救うことは...きるはず...リンカの命がつながっている...ちに助け出してくれ!そして、リンカを...いせ...つれて...くれ...」


 "いせ..."って何だ⁉とりあえずリンカを助けに行けばいいんだな?そういうことだよな、親父?


「おい、親父、親父!!」


「たろう、たろ...。時間の様じゃ...もう通信が途切...る...早く岐南方面にむ...か...え」


 最後に友三爺さんの声が聞こえたと思うと、二人の声が途絶えた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 


 頭の中がぐちゃぐちゃだ。リンカが事故に遭った⁉あと数十分で死にそう⁉親父が最後に何が言いたかったんだ⁉親父の言うって何のことだ⁉誰に、どんな制限をかけれているんだ?


 まばらなホテルのサロンの中で、心の中の混乱と焦燥を必死に抑える。


 聞きたいことは山ほどあったが、それ以降は二人との通信が途絶えた。行くべきかどうか迷っている暇などなく、早くリンカを救出しに行けと言わんばかりに、二度とつながらなかった。


 そんな動揺を隠し切れない俺の傍に、何も言わずにずっといてくれたカーシャ。ホテルのサロンの柔らかな照明の中、彼女の存在が唯一の支えだった。俺と親父や友三爺さんとの連絡が途絶えた瞬間をどう察したのか分からないが、その時を見計らって、俺に話しかけてきた。


「太郎様、何かあったんでしょうか⁉」と俺を落ち着かせるかのように静かにはっきりとした口調で語りかけてきた。


 カーシャの買ってきてくれた紅茶に一口口を付けた後、彼女を見つめて今、俺の頭の中で起こったことを伝えた。


「信じられないかもしれないが、亡くなった友三爺さんや親父から、リンカが大事故に遭ったから救ってやれと声が聞こえたん...」


 夜のホテルのサロンは静かで、周りには数人の客がいるだけ。ほとんどの者が自分の世界に浸っているようだった。カーシャは緊張感を帯びた表情で、話の途中で言葉を投げかけてきた。


「早く行ってあげて下さい、リンカさんの元へ!」


 彼女の声には切迫感があり、まだ話がすべて終わっていないのに、その場の空気が一瞬にして張り詰めた。


「貴方の言葉を信じます!ですから、早くリンカさんを救いに行って!一刻を争う状況なんですよね?こちらのことは私が何とかしますから!さあ、早く!」


 カーシャは俺の話を一切疑わず、早くリンカを救いに行けと急かした。普通なら、頭の中で声が聞こえたと言えば怪しまれるだろう。ミキマルなら病院に措置入院させられかねない。だが、カーシャは違った...。


 俺を全面的に信頼してくれている...。


 さらにカーシャは、もう一度俺に向かって「太郎様、早くリンカさんの元へ。私の大切な友人であるリンカさんを救って下さい...!」と、静かに、しかし力強く訴えた。


 その言葉に後押しされるかのように、俺は「じゃあ、行ってくるよ、カーシャ。後は頼んだよ!」と告げた。カーシャは真剣な眼差しで見つめ返しながら、静かに俺を見送った。俺は一刻も早く岐南方面へ向かうべく、足早に駆け出した。


 探索魔法の森本オレさんに事故現場の場所と状況を探ってもらうと、「リンカちゃんは瀕死の重体だ。太郎、急ぐんだよ。そして、この少女を一生懸命に助けようとしている???という人物がいるよ」と教えてくれた。


 ???...。聞いた事の無い名前だ...誰だ?そりゃ⁉



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そんな中、国道21号線、岐南付近の事故現場では、「リンカちゃん!リンカちゃん」と大声で泣き叫びながら、トラックに激突されたリンカの車に駆け寄る???の姿があった。


「リンカ~!!いや~!目を覚まして!!」と、変形した車のドアを必死に叩きながら、頭から血を流しぐったりとしているリンカに向かって叫び続けていた。


「私だったらよかったのに、私だったらよかったのに!何でリンカなの?可愛くて明るくて輝いているリンカがこんな目に遭うなんておかしいよ!私みたいにいじめられて輝きもない者が死んだほうが...」と、独り思いのたけを叫びながら、必死に変形したドアを開けようとする。


 状況は最悪だ。事故現場は凄惨を極めている。オイルや煙、血などの様々な匂いが立ち込める中、怪我人を助けようとする人々が走り回る。夜にもかかわらず、炎上した炎で辺りは明るく照らされる。その明かりを目指すかのように様々なサイレンの音が近づいてくるのが聞こえた。


「早く来て、早く!誰でもいいから!リンカが死んじゃう!!私の希望が!私の憧れが!私の、私の...愛するべき人が...!」


 そんな、乱れた長い髪とずれた眼鏡をかけた???の元に、「どいて!その中の女性を助けるから!一刻の猶予も無い!さあ、どいてくれ!」と話かける者がいた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 恐る恐る???が振りかけると、そこにいたのはイベント会場で主催者の一人だと言っていた根津であった。リンカとラジオで共演していたから、名前も知っている。


「あなたは...根津さんじゃないですか!どうしてここに...いや、今はそんなことどうでもいいんです。大変なんです!車の中にリンカが、リンカちゃんがいるんです!」と???は言いながら、乱れた長い髪を振り乱して俺にしがみついてきた。???の手は真っ赤にただれ、皮膚はボロボロだった。


 ???は必死にリンカを助け出そうとしていたのだろう。トラックに衝突された車内は大きく変形し、無残な状態を表わしている。中にいるリンカは???の必死の呼びかけにも反応しない...。


 そんな必死にリンカを助けようとしている???に対して俺は、「俺も全力でリンカを助ける。だから今から起こることを内緒にしてくれよ。山岩ヤマイワ優希ユウキさん」と告げた。

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