第42話 サーマレント産の魚と”TOMOZOU”

 カーシャがお刺身の盛り合わせを見て、「すごい綺麗!!!」と感嘆の声を上げた。


 岩ちゃんは微笑みながら、「そうだろそうだろう?これは太郎が持って来てくれた新鮮な魚たちだ!マジで”まいるぅ~!”だぜ!さあ、柴さん、カーシャちゃん、そしてみんな!食べてくれ!」と言って、俺たちに刺身を勧めてきた。


 大皿には、つまや大葉、紅たで、細長く切られた人参やキュウリで彩られた大量の刺身が盛り付けられていた。


 魚の種類は、沿岸で取れるイワシ、サバ、アジ、タコに加え、魔法を使って沖合いで取ったビンチョウマグロ、カツオ、イカ、サンマを提供した。


 生で食べるから、提供した全ての魚に対してクリーンの魔法をかけた。アニサキスなどの食中毒は怖いからね。


 柴さんは刺身の盛り合わせを見るなり、「うお!マグロがあるじゃねえか!友三さんは、「沖合いの魚は活きのいいまま取ってこれない、すまん」と言っていたが、太郎...すげえな!マグロだけでなく、カツオやイカまであるじゃねえか!」と喜びを爆発させた。


 これ程までに露骨に喜んでもらえると、取って来た甲斐があるってもんだ。何だか嬉しい。さあ、みんなで食べよう。岩ちゃんやユリーが懐かしむ味を。そして、友三さんがこの、"柳ケ瀬風雅商店街"の繁栄のために、”柴田水産店”に卸していた魚たちを...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 カーシャは生魚を食べる文化がない場所で育ったため、どうしていいか戸惑っている様子だった。俺が「無理はしなくていいよ」と声をかけると、カーシャは「いえ、地球の文化を学びここで暮らす以上、食べます!」と気合を込めてマグロの刺身に手を伸ばした。


 そんなカーシャを見つめながら「何だか大袈裟だなぁ。地球じゃなくて日本だろ?はははは」と柴さんは上機嫌で笑い飛ばした。


「まだ日本語を勉強中だからね」と微笑みながら俺はカーシャをフォローした。まあ、カーシャは何も間違っていない。些細な認識のズレや発言は、俺やユリーがフォローすればいい。それよりも今はお刺身を楽しもう。


 カーシャは巧みな箸さばきで、生魚を口に運ぼうとしたので、「少し醤油をつけた方が美味しいよ」とアドバイスすると、カーシャは言われた通り醤油をマグロにちょこんとつけ、少し怯えた表情で刺身を味わった。


 口に入れた瞬間、「ほ、本当に美味しい!お魚が口の中でとろけて、甘みが広がります!それに、この黒い液体は何ですか⁉単体ではしょっぱいですが、お魚につけるとその旨味を引き出す魔法の調味料に変わります!もう...驚きの連続です!」とカーシャは感嘆の声を漏らした。


「その黒い液体は、サーマレントにもある”ショーユ”だよ」と説明すると、カーシャは「私の知っているモノとは全然違う!」と驚きの表情を浮かべた。


 サーマレントにも醤油に似た”ショーユ”は存在する。でも、それは魚や魚介類を塩漬けにして作る魚醤ギョショウであった。醤油みたいに作り方が複雑じゃなくて、もっとシンプル。友三爺さんがこの魚醤を”ショーユ”って名前でサーマレントに広めたらしいけど、実際は全然違うものなんだよね。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 それにしても、カーシャは本当に美味しそうに食べる。その食レポの見事さに引き込まれ、俺もユリー、そして柴さんも自然と刺身に手が伸びた。


「こ、これは...!うま味、舌触り、噛み応え、弾力...全てがグレイトの一言だ!そしてこの深い味わいは...!」と感嘆の声を上げ、柴さんは箸を置いて俺の顔をじっと見つめた。


「どうやって手に入れたのか分からないが、友三爺さんが卸してくれた幻の魚を見つけ出してくれたようだな。これだよ、俺が求めていたモノだ...」と、再びじっくりと味わうようにマグロやカツオ、イワシ、サンマなどの刺身を口に運んだ。


 

 全員の箸が止まらない。岩ちゃんもいつの間にか店長という肩書を忘れて、大きな丼に大量のコメをよそって、”まいるぅ~!”を繰り返し叫びながら食べている。まあ、気持ちが分からんでもないけど。


 岩ちゃんがカウンターにある囲炉裏で、鮭の切り身とサンマを豪快に焼いている。店内には芳醇な香りが漂い、食欲をそそる。


 岩ちゃんが網の上で鮭やサンマを裏返すと、炭に脂がしたたり落ち、「ジュ~!!バチバチバチ」と音を立てる。その音とともに、店内にはさらに煙が充満し、まるで美味しさが香りとなって広がっているかのようだ。


 年季の入った排気フードが懸命に働く中、岩ちゃんが勧めてくれたSMRが誇る秘蔵の清酒、”TOMOZOU”を冷でいただく。


 ”TOMOZOU”と新鮮なお魚さん達が見事なハーモニーを奏で、口の中で泳ぎ回る様だ。


 その後も、岩ちゃんが囲炉裏で焼いてくれた鮭やサンマを堪能した。炭火で焼き上げたばかりのサーマレント産の新鮮な魚。旨くない訳がない。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「いや~食べたわ。旨かった。紛れもなく友三爺さんが持って来たモノと同じ味だ。これを今後、俺の店に卸してもらうことは可能なのか?」と柴さんは静かに俺を見つめた。柴さんは何となく気づいているのだろう。


 この魚たちを日本ではない場所から取ってきたことに。まあ異世界とはさすがに思っていないだろうが...。だけど賢い柴さんは「どこから持って来たんだ?産地を教えてくれ!」などと無粋なことは聞かない。ただ...今後も取引可能かどうかの確認をして来た。


 そんな柴さんの言葉に反応したのが...ユリーだった。


「柴さん、仕事であなたと取引するのは久しぶりね。根津さんが持ってきたこの極上の魚は、まず私たちSMRで預かり、商店街で必要な分をすべてあなたに卸します。その後、”タコマンボウ”、”料亭田中”、”割烹料理重光”、”もっと喰いなはれ”食堂などに卸していただけますか?商店街の魚の管理は全て、柴さんにお任せします」


 すると柴さんは非常に驚いた表情で「おいおい、本当にそれでいいのか?俺がピンハネしても分からないぞ?こんな旨い食材だったら、どの店もそれなりの値段を払ってでも欲しがるぜ?」と答えた。


「もちろんよ。魚の詳細な卸値については、私が最も信頼している部下のを後日送るわ。よろしくね柴さん♡ちなみに、イワシ1㌔ならこんな値段よ」


 そう言って、数字が書かれたメモを柴さんに手渡した。それを見た柴さんは目を見開き、「こんな価格で商売が成り立つのか⁉太郎やSMRの利益は確保できるのか?」と驚きながら立ち上がり、ユリーと俺を見つめた。


 ユリーは微笑みながら、「大丈夫よ、根津さんがこの価格でも私たちSMRにも十分な利益が出るようにしてくれているの♡」と言い、柴さんにウインクを送った。柴さんは顔を赤らめ、「あの頃と全然変わらねえなぁ」と言いながら、”TOMOZOU”に口をつけた。


 あらやだ、あの寡黙な柴さんが照れている...のかな?



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 柴さんは少し酔いが回ってきたのか、「太郎は友三さんにそっくりだ!商店街の為に殆どタダ同然で魚を卸してくれるじゃねえか!」と、まるで”壊れかけのレイディオラジオ”のように何度も繰り返しながら、肩を叩いてくる。


 痛いのでやめて欲しいが、その気持ちは嬉しい。


 でも、サーマレント産の魚は本当に絶品で、箸が止まらない。この美味しい魚を活かして、どんなイベントを企画しようか⁉今回は前回のように”根津精肉店”一店舗だけのイベントにする気はない。


 いよいよ...商店街全体の活性化を目指して動き出したいと思う。


 さあ、商店街全体の賑わいを取り戻すためのイベントについて話しあおう。どのようなイベントを行えば、お客さんが来てくれるかな?美味しいお魚や肉が"柳ケ瀬風雅商店街"の各お店で食べられることを宣伝したいが、まずはイベントに人が来てくれなきゃ意味がない。


 どうすれば人が集まってきてくれるのだろうか?


 だが、こうした話し合いは本当に楽しい。ワクワクとロマンティックとお酒が止まらない!岩ちゃん!”TOMOZOU”のお替り、もってきてちょうだい!!

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