第35話 影で支える者たちと、押しかけて來る者...。
そんな、トヨさんが
俺が小さな頃から"根津精肉店"で働いていたトヨさんは、いつも明るく、お袋や親父を支えてくれた。
トヨさんは、うちのお袋と同じくらいの年齢で、身長はその世代では少し高めの155cmぐらい。全体的に少しふっくらとしており、顔は卵型で、大きくて優しさを与える目が特徴的。包容力と優しさに満ち溢れた印象を周囲に与える。
だから、トヨさんが休みの日には、みんなが心配して「トヨさんはどうしたんだい?身体の調子でも悪いのかい?」とお客さんが聞いてくるほど、愛される人柄の持ち主だ。
そういえば、トヨさんは本当に”おしゃれさん”だよな。昨日着ていた胸元にダリアのワンポイントが施されたイエローブラウスも、白いパンツと見事に調和していた。
友三爺さんが亡くなり、商店街が活気を失った。それに伴い、"根津精肉店"の経営が落ち込んで他の従業員が辞めていった時も、トヨさんだけは残ってくれた。
俺が東京に就職する時も、トヨさんは「東京で辛くなったら、戻ってきて下さい。それまでは"根津精肉店"は三人で守っていますので」と言ってくれた。その言葉にどれだけ励まされたことか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今思えば、個人の精肉店がギリギリとはいえ、こんな錆びついた商店街の中で生き残ってこれたのも、不思議といえば不思議だ。
そういえば、三年ほど前に郊外に大型の総合型施設がオープンしてから、商店街からお客さんが今まで以上に来なくなった。親父が「いよいよ...終わりの始まりだ」と言っていたのを思い出す。その時は他人事のように聞いていたけど、今になってその言葉の重みを感じる。
”根津精肉店”の存続が危ぶまれた時期、親父は「お店をたたんで、知り合いのペットボトル加工会社で夜勤専従として働こうかな」と、いやにリアルなことを口にしていた。だいぶ追い込まれていたのだろう。
でも、そんな時も運よく、近くの廃品回収業の社長から電話がかかって来た。社長は「お宅の精肉店では仕出し弁当を取り扱っていないのか?」と尋ねてきたのだ。何でも、近くのスーパーが毎日100食もの弁当の発注と配達を断ってきたらしく、うちでなんとかして欲しいと頼んできたようだ。
その時、親父は少しお酒が入ってご機嫌な様子で、「エリクサーなみの回復力だ!」と、異世界用語を呟いていたのを覚えてる。
あの時は”何言ってんだ、こいつは?”と思ったけど...。
親父は「最近では、"根津精肉店"ではなく、近所の方々からは、”仕出し弁当根津屋”と呼ばれているらしいわ」と言って笑っていたなぁ。懐かしいな...。
そういえば、今店の看板商品となっている“どすこい弁当”と”貴婦人弁当”の弁当箱も、他の仕出し屋が企画倒れで使わなくなったモノを、タダ同然で譲り受けたものだった。
そして、”どすこい弁当”と”貴婦人弁当”の中身は、常連客たちの「肉料理オンリーにして欲しい」とか「煮物を入れて欲しい」といった要望に応えているうちに、いつの間にか出来上がったモノだとお袋は言っていた。
「もう終わりだと思うと、仕事やアイデアが向こうから降って湧いてくるんだよ。不思議なもんだよなぁ」
親父もお袋もよく言っていた。
その時俺は「不思議なことがあるもんだねぇ。一生懸命に仕事を頑張っているから、運が回ってくるんじゃないの?」と、根拠のかけらもないことを親父やお袋に伝えたけど...。しかし、今思えば...。
つまりは...。
”はっ”としてダイスの方を見ると、彼は静かに、そして深く頷いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アーレント家の者が”根津精肉店”が窮地に陥った際に、さりげなく支援を行ってくれていた。その窮地を仲間に知らせる役割を果たしていたのが、トヨさんなのだろう。
地球に帰ったら、トヨさんとしっかり話し、今までの礼を伝えたい。
「もう一つ大きな問題として、サーマレントの者が地球からこちらに戻ってくる方法は、今のところはありません。今のところは...」
いやにダイスは、今のところを強調するな。
「私が強く言いたいのは、二度と戻れないという概念は、太郎様という存在が現れる以前のモノです」と、バロンは愚直なほど真っ直ぐに俺を見つめながら語りかけてきた。
俺が現れる前?現れたことで何か変化が起こったのだろうか?
「バロンやエメリア、エリーなどから聞いた話では、友三様はこのサーマレントの誰よりも強かったそうです。ほとんどの魔物を一撃の蹴りや拳で倒されたとか」
話した内容を確認するかのように、ダイスはバロン達を見た。その視線の意図を組んだかのように、バロン達はゆっくりと頷いた。
「しかし、友三様はあまり魔法を使われなかったようです。私たちが確認しているのは、収納魔法と数種類の魔法のみです。太郎様のような素晴らしい魔法を創作し発動する能力はお持ちではなかったのかもしれません」
友三爺さんは、魔法が得意ではなかったという事か?
そんな脳みそフル回転にさせている俺に対して、ダイスはいつの間にか俺の横に立ち、顔を間近に寄せててきた。
「強力な魔法作成能力を持つ太郎様ならば、サーマレントの者が地球からこちらに帰る手段も、きっと見つけられると信じております!」と熱く語りかけてきた。
ダイス近い、近い!!目が怖い、怖い!!
「お姉ちゃん、ユリーお姉ちゃんに会えるかもしれないのね!!」
エリーは、微笑みを浮かべながらバロンとエメリアを見つめた。こらこらエリー、ハードルを上げるな!
あとトヨさん、いや、ユリー⁉エリーと姉妹だったの?見た目が全然違うじゃないか...。まるでお祖母ちゃんと孫みたいだな...。
恐るべき”幻影の指輪”...。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それにしても...」エメリアは悔しそうに呟いた。「まったく、あなたのお姉ちゃんには先を越されたわ!私たちが地球に行く前に、自分はさっさと行ってしまうんだから!」
エメリアは、どこからか取り出したフルーツワインをグラスに注ぎ、一気に飲み干した。「夫婦そっくりだな...。
「本当じゃ。”幻影の指輪”を調達するのに手間取ったせいで、仲間内で師匠の世界に行くか、こちらに残るか選択を求められた時に、”幻影の指輪”の調達ができていないから後回しにされてしまったんじゃ!あいつら、自分達が先に師匠の元に行きたかっただけなんじゃ、絶対!」
バロンはそう言うと、葡萄酒を瓶のまま一気に飲み干した。それにしても...本当によく飲むな。
エメリアは呆れたように夫を見つめた後、少し困った様な表情を浮かべた。そして...。
「私は...ジャバンやアメリア、アフリン、イタリーたち、息子や娘たちがサーマレントにいるから離れたくない。でも...」と、最後の言葉を濁しながら、フルーツワインの入ったグラスを見つめた。
そして数秒後、エメリアは再び俺に視線を戻し、大きな声で...。
「でも!タロウなら想像力で様々な魔法を作れるはず。もしかしたら、扉に何らかの力を与えれば、サーマレントの者たちも自由に出入りできるようになるかも。私も師匠のお墓の前で手を合わせたい!地球に行きたいの!」
この場にいる全員が俺の方を向き、深く頷いた。
みんな...。
そうだよな...。爺ちゃんの墓に行きたいよな。爺ちゃんも待っているだろうに。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「私は太郎様なら可能だと思います。友三様を上回る魔法の使い手の太郎様ならば...。ただし、もしサーマレントと地球の行き来が可能となっても、帰って来るかは地球に行った者たちが望めばです」
ダイスは、あくまでも本人たちが決めることだと強調した。彼の目は真剣で、言葉に重みがあった。
「ユリーは、太郎様がオーク肉を持ち帰った時点で、太郎様がサーマレントの地と地球を行き来できることに気づいたと思います。その時点でユリーは地球に住む仲間たちに、太郎様が地球とサーマレントを行き来できると情報を流したはずです」
気が付かなかった。小さい頃から身近にいたトヨさんが...。でも確かに、今思い返せばオーク肉を食べた時のトヨさんの態度には何となく違和感を得たな...。
「そして友三様が直面した問題点、魔物肉やサーマレント産の魚の販売経路、産地の問題、サーマレントの財宝を売るルートなど、彼らなら解決しているでしょう。それぐらい最初に渡った者達は優秀な商人や腕利きの者、そして...勘の鋭い者達です」
ダイスは言い切った。そんなにすごい人たちが、"根津精肉店"の周りにいたんだ...。
バロンも「あいつ等ならもう、問題を解消する手段を見つけだしているじゃろう」と、俺がお土産で渡した清酒と炙ったイカで、ちびちび飲みながら言った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
少し間をおいて、ダイスが言葉を発した。
「地球に渡った彼らからすれば、この時をずーと待っていたのかもしれません。友三様の愛した精肉店を、本当の意味で継ぐ者が現れるこの時が来る日を...」そう言って、ダイスは俺を見つめた。
友三爺さんを慕って見知らぬ地球で奮闘したサーマレント人たちを思い浮かべていると、突然、部屋の外から激しく言い争う声が聞こえてきた。そしてその声は次第に大きくなり、こちらに近づいて来る⁉
な、何事なんだ⁉それにこの声は...⁉
そんなことを考える間もなく、「バーン!!」と勢いよく扉が開いた!部屋の中に緊張感が一気に広がり、全員が息を呑んだ。
大きな音と共に、カーシャが勢いよく応接室に飛び込んできた!後ろには、大きな体を縮こませてオロオロしているジュージュンの姿が見える。
ダイスが立ち上がり、「な、何なんだ、どうしたんだ、カーシャ!それに、ジュージュン!」と困惑した声を上げた。サイモン、バロン、エメリア、そしてもちろん俺も、同じように驚いていた。
しかし、カーシャは周囲の戸惑いをまったく気にすることなく、真っ直ぐに俺を見つめ、「太郎様!私を太郎様の世界に連れて行って下さい!」と、真剣な眼差しで訴えかけてきた。
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