第三章 根津家を支える者たち

第34話 懐かしき者との再会

 ちょうど今、アーレント邸で食事会が開かれている。席には、俺たちが漁で得た魚が美味しい料理に変わって並んでいる。


 料理はどれも絶品だ。俺が提供した魚をジャバンたちが手際よく調理し、テーブルに所狭しと並べてくれた。どの料理も非常に美味しい。


 しかも、その素材は極上で、見た目は同じイワシやサンマでも、地球のモノと比べて味が濃厚で旨味が強い。


 地球とは異なり、温暖化や公害の問題も無く、海水が綺麗で魚に優しい環境が影響しているのであろう。


 これなら舌の肥えた日本人にも通用する素材だ!


 今回の魚料理には、持参した日本酒が非常に良く合った。バロンも喜んで”清酒”を味わっている。きっと友三爺さんとの思い出をアテに飲んでいるのだろう。


 さらに、日本のクラフトビールや発泡酒、カクテル、フルーツワインなども適当に並べてテーブルに置いた。


 ジャバンたちが作ってくれる料理はどれも美味しい...のだが。気になるのはサイモンが言ったあの言葉だ。


「最も懸念されている問題を解決する方法があります」と言っていた。しかも「非常にシークレットな話」だとも...。


 俺が最も懸念しているのは、サーマレント産の食品を日本で税務署や保健所に怪しまれずに売る方法だ。しかし、サーマレントで商会を営んでいるサイモンやダイスが解決する方法を持っているというのはどういう意味だろう?


 大丈夫なのだろうか?少しドキドキするが、この人たちのことだから、俺にとって悪い話ではないと思う。いや、そう思いたい。とにかく、聞くだけ聞いてみよう。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 今回の食事会では、魚類だけでなく、バーズン市場で購入したイカ、カニ、タコなどもすべて美味しかった。


 食事会は大いに盛り上がり、気がつけば俺の腕時計の針はすでに10時を回っていた。会は解散となり、料理を取り分けながら楽しそうにしていたカーシャも、自室へと戻っていった。


 そして、俺にあてがわれたのはVIPルームだった。いいのだろうか?自分はそんなにたいそうな人間じゃないのだが...。


 お食事が始まる前に、ダイスから「このあと重要なお話があります。失礼ですが、お酒は程々に」と言われていた。


 そんなことを思いだしながら、俺以外の三匹、源さん、カンナ、ボルトの寝顔を見つつ、ゆっくりとくつろいでいると、ドアをノックする音が聞こえた。続いて、ロイヒの声が静かに響いた。


「失礼ですが太郎様、ダイス様が応接室でお待ちです」と、用件だけを簡潔に伝えると、足音もなくその場から立ち去った。いや、立ち去ったようだ...。

 

 応接室に向かうと、ダイスとサイモン、それにバロンとエメリアがすでに席に座っていた。どうやら俺が来るのを待っていた様だ。


 バロンとエメリアの二人は、かなりのアルコールを飲んでいるにもかかわらず、ソファーに深々と腰を下ろし、これから展開される語を予感させるかの様に、とても真剣な表情をしている。


 応接室に入ると、ダイスが立ち上がろうとしたので、俺は手で制してそのままでいるように促した。なんだか偉い人になった気分だ...。たかだか精肉屋の名前だけの店長なのに...。


 ダイスは着実に回復しているようで、食事もしっかり取れる様になり、動きも軽快なってきている。この調子なら、あと2,3日である程度まで回復できるだろう。よかった。


 サイモンが扉を静かに閉め、ソファーに腰を下ろした。どうやらこの部屋にいる五人、ダイス、サイモン、バロン、エメリア、そして俺でシークレットな話し合いが行われるようだ。


「さて、太郎様、別室にお呼び立てして申し訳ございません。この話は”飲みつぶ”のメンバーでも、古参のバロンとエメリアしか知らないことです。いや、ある意味、時のメンバーですから。私よりもその時の状況が詳しいので、同席させることにしました」


 斜め前の席から、ダイスは俺の目を見つめながら静かに語り始めた。


「実は太郎様、友三様がバロンとエメリアを通じて我がアーレント家を支えて下さったように、アーレント家も、友三様亡き後の根津家を陰で支えております」


 ダイスはそう言った後、気分を落ち着かせるかの様に、グラスに入ったポーションを一口飲んだ。


 どういうことなんだ?陰で?全然意味が分からない。そんな顔で俺はダイスとサイモンを見つめた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「友三様がサーマレントの地を去る際、バロンとエメリアを含めた長命族の者達に、我が一族を見守るよう頼んだことを、アーレントは後で知りました。”葡萄酒がお好きでしょ?”のメンバー以外にも、友三様に頼まれた一部の者は暗部として、またバロンやエメリアは我が商会直々の護衛兼育成係として、わが商会を支えてくれています」


 それだけ友三爺さんにとって、アーレントは大切な存在だったんだな。


「友三様自身がこの世界で得た財宝の殆どすべてを投げうってまで、我が一族やサーマレントの地で苦しんでいる孤児や貧困層を守ろうと考えて下さいました」


 感情が込み上げたのか、ダイスの声は最後の方で少し震えていた。


 ただ...さっきの言葉がどうしてもひっかかる。


 アーレント家が根津家をどうやって守ってくれていたのだろう?そんな話は、友三爺さんは勿論、親父やお袋からも聞いたことが無い。


 しばらくの間、あれこれと考えていると、ダイスが「話を続けてよろしいでしょうか」と俺に尋ねてきた。


 慌てて「どうぞ、すみませんでした」と言って、話の続きを促した。


「友三様が向こうに戻られた後、バロンとエメリアは先代に相談をしました。友三様から、アーレント家やサーマレントの孤児たちを守る様に依頼を受けたと。その為に、友三様が私達に頭を下げてお願いをし、更には保管していた財宝までも差し出してきたと」


 その話を聞いたバロンとエメリアは、ダイスの顔を見て深く頷いた。


「友三様の行動には、先代も大変感動なされました。しかし、先代は「私たちは彼から優しさを頂くだけしかできないのか...何も返すことが出来ぬまま彼は向うの世界に帰ってしまった...」と、深く悲しんだものです。そしてそれはバロンやエメリア、そして...暗部達。そう暗部のエリーも」


 ダイスが、「エリーも...」と言った瞬間、どこからともなくエリーが俺の目の前に現れた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「エ、エリー?アーレント商会のあ、暗部だったの?」


 俺は動揺をして、あたふたしてしまった。だって突然目の前に現れるんだもん。


 そんな俺に対してエリーは微笑みながら言った。「ごめんね、タロウ。騙すつもりはなかったのよ。こちらの世界にタロウが来てからは、ずーと近くで見守っていたのよ」


 その言葉に、俺は驚きと感謝の気持ちが入り混じった。エリーの優しさと誠実さが、改めて心に響いた。


 そして俺は全然気がつかなかった。エリーがまさか俺をずっと見守ってくれていたなんて...。


 ただ...暗部って本当に凄いよな。ロイヒにしても、音もなく相手に忍び寄り、そしていつの間にか姿を消すもんな。まるで往年の長寿番組、”ミート黄門”に出て来る”筋切スジキりの弥七”みたいだな。


「友三様も"根津精肉店"の経営や"柳ケ瀬風雅商店街"の運営にあたって、色々と悩みがあった様です。お酒を飲むと、先代に知らず知らずのうちに、愚痴をこぼしたようです。それぐらい先代には気心を許していたのでしょう」


 そんなに二人は仲が良かったんだな。親父は、友三爺さんが弱音を吐くことなんてなかったと言っていた。

 

 子供の前では決して弱みを見せなかったようだけど、実際には色々と大変なことがあったんだろうな。


「友三様も、「魔物肉を調べられると面倒だ。従業員に魔物肉をどこで買って来るのか?と聞かれて焦ったわい。それにサーマレントの財宝を得ても、向うでそれを売るルートも確立しておらん。あっちに持って帰っても怪しすぎてお金に変えられない。あと息子はサーマレントには来られんし、"根津精肉店"を存続させていけるか分からん」と悩んでいたそうです」

 

 悩みが多いな。でもすごく分かる。俺も同じことで困っているから...。


「酒の席で酔っぱらうと、よく先代に愚痴をこぼしていたそうです」


 俺も酒が入っていなくてもぼやいているもんなぁ。分かるわぁ。何だか、友三爺さんがより身近な存在に感じられるわ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 経験豊富な商人の援助なら、俺なら喜んで受けてしまいそう。知識奴隷を手配してもらう必要もなくなるしな。奴隷というだけで、何だかいたたまれないしなぁ...。


「友三様がそこまで拒んだ理由は一つ。それは、サーマレントの者が地球に行くと、からです。その事実を知る前に、友三様を慕っていたの長命族の男女が、”幻影の指輪”をつけて友三様のいる地球に渡ってしまったことがあります」


 地球に来てしまった者がいるという事?俺の住んでいる地球に?サーマレントの者たちが?あと”幻影の指輪”ってなんだ?


 ダイスから聞いた話によると、”幻影の指輪”とは、その者が念じた姿に変化できる便利な指輪のようだ。指輪には魔石が組み込まれており、その力で長い年月にわたって望んだ姿を保つことができるらしい。ただ、その代わり非常に高価で希少性が高いらしい。


 まあ、そうだわな。


「地球に渡った数名の男女は、何とか友三様の手助けをしたいと思ってのことでした。友三様も当初は、少し手伝ってもらいながら地球を観光させてやろうと考えていたようです」


 友三爺さんらしいな。俺も同じ立場ならそうするだろう。異なる文明を持つ地球を見れば、きっと楽しいだろうし。


「しかし二度と戻れないと知ってからは、「あやつらには本当に申し訳の無いことをしてしまった」とひどく悔やんでいた様です。先代やバロン、エメリアも「本人たちが望んであなたの元について行ったのだから幸せなことです」と再三説得を重ねた様ですが...。友三様の中では認められなかった様です」


 友三爺さん、義理堅かったって親父も言っていたしな。責任を感じてしまったんだろうな。だからか...。ダイスがカーシャに俺について行ってはいけないと厳しく言ったのは...。カーシャが俺について来て、サーマレントに戻れないと分かった時、俺が友三爺さんと同じように苦しむと知っていたからだな...。


「まあ、友三様を追って地球に渡った者たちがどう思っているかは、直接本人たちに聞いてみて下さい。中でも、友三様をもっとも慕っていた者が、姿や名も変えながら、今でも""を支えているはずですから」


 そう言ってダイスは、一息ついた。これから話す言葉を強調するかのように間を取った。そして、少しの間静寂が流れた後、ダイスは再び口を開いた。




「向こうではという名前で...」

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