第36話 カーシャのプレゼン
カーシャが突如現れた後、一同は呆然とし、その後騒然となった。ダイスは非常に困った表情を浮かべ、「いったん太郎様...お引き取りを」と俺に退室を促した。
カーシャは俺の顔をちらっと見て、にこやかに微笑んだ後、「こうなることは分かっておりました。でも私の気持ちは変わりません。太郎様、また明日の朝、全てが済んだら、しっかりとお話ししますわ」と言い俺からダイスに視線を移した。
両親と厳格な祖父の前で、まさかの「地球に行きます!」宣言。しかし、なぜあの時間帯だったのか⁉ 10時に解散し、シークレットの話し合いをしていたら、時刻は12時を回り、1時近い。日にちも9月21日から22日に変わってしまった。
もう深夜だよ⁉ 俺なら夕食会の時か、その直後に突撃すると思うが...。年頃の女の子の考えることは分からない。
現状、俺の創作魔法でも地球に行ったらサーマレントに戻れる保証はない。試してもいないしな。しかし、地球から一緒に来た源さんやカンナ、ボルトは俺同様、何の不自由もなくサーマレントと地球を行き来する。
しかし、サーマレント人が地球側の壊れた冷蔵庫の前に立ち、扉の中に入ろうとすると、どうしても入れないと友三爺さんはアーレントに話したようだ。
まったく不思議な扉だ。まるで何か意思を持っている...かのようにも感じられる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「カーシャお嬢は本気のようじゃ。覚悟なされよ...太郎様。カーシャお嬢は太郎様と共に地球に渡るために、この時まで耐えてきたのじゃろう...。ふぉっほほほほほほほ。なんせ今日は22日じゃからな...」
そう言った後、バロンは残りわずかになった清酒を愛おしそう口元に運びながら、静かに呟いた。
バロンの意味深な発言に同調するように、エメリアも静かに頷いた。「ああ、そういうことね。なるほど、22日か...。それならダイス様も頭ごなしには否定できないわね。さすがね、カーシャお嬢様は...」
あの騒動の後、バロンとエメリアに誘われて食堂へと移動し、三人で飲み直すことにした。カーシャが突然応接室に乱入して来たことで、多少の眠気も吹き飛んでしまった。このため、ありがたく二人の誘いにのることにした。
二人は何かを知っているのだろうか?”22日”という言葉を繰り返し呟いているのが気になる。確かに、食事会の後、シークレットの話し合いが始まり、話しこんでいるうちに22日になっていた。
そして、今から少し前の1時頃、カーシャがジュージュンと言い争いながら、応接室に飛び込んできたな...。それよりも気になるのは、22日に何があるんだ⁉
二人は何かを匂わせているように感じるが...。さっぱり分からん...。
二人はさらにお酒を飲み続け、「カーシャお嬢を頼みましたぞ、太郎様!」や「早くダイス様にひ孫を抱っこさせてあげなさいよ、タロウ!」などと好き勝手なことを言っている。
本当に酒飲みはこれだから困る...。
カーシャはまだ14歳だぞ。いくら可愛くても、14歳の娘に手を出させないって。日本の法律では結婚できる年齢は男女とも18歳。さらに、カーシャが日本に来たとしても、戸籍もない。問題が山積みの様な気がするが...。
バロンとエメリアは、「ユリーに相談すれば大丈夫!」とばっかりだ。どんだけトヨさん、いやユリーは優秀なんだよ。
そんな話をしながら、ジャバンが深夜にもかかわらず作ってくれたつまみを味わい、朝方近くまで酒を飲み交わしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
早朝7時、俺は6時間ほど前までいた応接室に通された。ダイスがカーシャの件で話したいと言っているようだ。どうやらカーシャとの話し合いが済んだ様だ。どうなったことやら...。カーシャが地球に行くにしても行かないにしても、ダイスとカーシャの関係がこじれないといいモノなんだが...。
あと、俺は2時間ほどしか寝ていない。眠気が襲ってくる中、食堂に目を移すとバロンとエメリアが当たり前のように朝食を取っているのが目に飛び込んできた。
元気だな~。異世界人は体力があるなぁ。バロンたちだけでなく、ジュージュンやサイモンも席に座り、朝食を食べている。
それにしても、バロンの奴は当たり前のようにワインを飲んでいる。どれだけ飲むんだ、あの親父は...。
応接室に入ると、先にソファーに座っていたダイスとカーシャが立ち上がろうとしたが、俺は手で制した。二人は無言のまま、互いに視線を交わすこともなく、険悪な雰囲気も感じられない?
果たして、話し合いは順調に進んだのだろうか?
ダイスは俺にカーシャの横に座るよう促した。俺がカーシャの横に腰を下ろすと、ダイスはおもむろに顔を近づけ、「カーシャをよろしくお願いします、太郎様!地球に一緒に連れて行ってやってください!!」と大きな声をあげ、深々と頭を下げた。
ど、どう言う事だ、ダイス...?ダイスはカーシャが地球に渡ることは反対していたんじゃないのか?一体、昨日何があったんだ?
ダ、ダイス、完落ちしているじゃんか...。
俺の隣に座るカーシャに目を移すと、彼女はにっこりと微笑んだ。その笑顔は可愛らしいが、どこか薄気味の悪ささも感じさせる。何なんだこの娘は...本当にまだ14歳なの⁉末恐ろしい...。
おいおい、昨日何があったんだよ...。何を話し合ったら、こんなに顔面凶器なお爺ちゃんが優しい笑顔で、二度と帰ってこれないかもしれない地球に最愛の孫娘を送り出すことに納得するんだよ...。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
どうやらカーシャは昨日、ダイス、サイモン、ジュージュンに対して、冷静かつ詳細に地球に渡りたい理由をプレゼンしたようだ。そういえば、俺たちが食堂でお酒を飲んだ後も、応接室の方からは明かりがまだ漏れていたもんな。
サイモンたちも全然寝ていないのに、何事も無かったように朝食を食べていた。サーマレント人は本当に元気だな...。
カーシャが俺に昨日の話し合いを要約して、1~5個にポイントをまとめてくれた。以下がカーシャのまとめた話し合いの要点だ。
1.自己決定権の尊重
カーシャは22日の午前に15歳になった。サーマレントでは15歳が成人とみなされる。サーマレントの大人たちは、自分の人生の選択を自ら決めることが一般的なようだ。
サーマレントは、日本とは異なり、治安や医療体制が非常に悪く、明日にでも命を落としたり、殺されたり、奴隷になることも珍しくない場所だ。大人になった以上、後悔のないように自分の人生の道筋を自ら決めることが求められる。それがサーマレントの気風のようだ。
2.技術の進歩
カーシャは、俺との会話を通じて、地球が様々な分野で産業の進展を遂げていることを確信したようだ。彼女は、地球で最新の技術や知識を学ぶことで、サーマレントの社会にも発展をもたらすことができると考えた。
さらに、もし自分が帰れなくても、文献や学問書、詳細な設計図や図案、レシピなどを俺に託すことで、サーマレントの人々に新しい知識を伝えることができると話した。
3.経済的利益の共有
先に地球にいるユリーと連携し、地球とサーマレント双方にとって有益なビジネスモデルを構築することを目指すようだ。地球の製品や技術の魅力を知り尽くしたアーレント商会にとって、地球の品物は喉から手が出るほど欲しいだろう。
だがここで、カーシャは「ですが...」と一息つき、「問題点ももちろんございます。それが4.の“品物や情報の過剰輸入によるリスク”です」と話を続けた。
4.過剰輸入によるリスク
儲かるから、便利だからといって、地球の品物や知識を過剰に輸入すると、サーマレントの現在の産業は崩壊する。また、サーマレント産の魔物肉や魚を逆に地球に輸入しすぎても、同様の問題が地球上で生じると、カーシャは警鐘を鳴らした。
まあ、そうだよ。地球のモノを何でもかんでも取り入れたら、他の商売人や、博識を盾にえばっている連中たちから恨みを買い、命を狙われるリスクが確実に増えるだろう。実際、目の前に狙われた者もいるしな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ここまでのプレゼンで、メリットだけでなくリスクもしっかりと見据えていることが明らかになった。そのため、応接室の雰囲気は次第にカーシャが地球に行くことに賛成する流れになっていたようだ。
だが...。
ここで突然の横やりが、この場の流れを一変させた。
それが、5. ジュージュンによる「もう二度とカーシャの顔が見れなくなる可能性があるのなら行かないで、欲しい...」という呟き。
「”もうママったら!”と心の中で本当に焦りました。何せ感情論ですから...。一番危険なワードです。寂しいとかは、離れ離れになる以上どうしようもないことです!今でこそ笑って話せますが...」と俺に向けてにっこりと微笑み、カーシャは話を続けた。
カーシャは、「太郎様の世界には、鏡に映ったかのような姿を保存する写真というものがあります。エメリアに見せてもらいました」と説明した。
写真の素晴らしさは三人とも知っていた。まるで今にも動き出しそうな美しい絵。
もし自分が帰れなくても、俺に頼んで定期的に手紙と一緒に写真を送ることを提案した。また、ジュージュンが大好物となった”バラエティパック”も、定期的に俺に届けてもらうと約束した。
「ママ!私が帰れなくなっても太郎様にバラエティパック”を持って帰ってもらうから、私の愛だと思って受け取って下さいね!」と言葉を添えて...。
このカーシャの提案により、ジュージュンもカーシャの味方に付いたようだ。「うん!分かった、カーシャ!毎回ちゃんとあなたの愛を受け取るから!!」と応じて。
ジュ、ジュージュン...。
み、皆んな、本当にいいのか?カーシャはまだ15才だろ?
まあ、カーシャのことだ、俺が何を言っても無理矢理について来るだろう。日本人の気質とは違う、サーマレント人の強さをカーシャから感じるし、周りもそれを認めているからな。
だけど、俺はどうしてもカーシャに対して最終確認を取ることにした。
「本当にいいんだね、カーシャ?本当に戻ってこれない可能性だってあるんだよ?なんとなくだが、扉だけは俺の力でもどうしようもできない...そんな気がするんだ」と俺は正直に伝えた。
俺はカーシャを真直ぐに見つめた。他にも言いたいことは山のようにある。だが、まずこれだけは聞いておかないと...後悔して欲しくないからな。
「はい!私は商人の娘です!新しい商品を見て、触れて、感じたいんです!!もっと素敵なモノが沢山ある世界が目の前に広がっているのなら、飛び込んでいく、それがアーレントの血です!!それに...太郎様の傍にずーといられます!!」
そうきっぱりと、はっきりと言った。いや言われた。嬉しいが...少々照れ臭いな。
そしてその瞬間、俺の脳内には「カーシャが太郎の仲間に加わった!!」というイントロが流れた...いや、実際には流れなかったが、まさにそんな気分の太郎であった。
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