第28話 地球で助けた命

 友三爺さんから帰還命令が下り、急いで地球に戻ることにした。せっかくイースカンダスの魚市場にある魚が美味しい定食屋、”うおっしゅ”で昼食を楽しもうと思っていたが、それどころではなくなってしまった。


 ダイスとサイモンが「扉まで馬車を出します」と言ってくれたが、もう二度と乗りたくなかったので、丁重に断った。


 帰るための身支度を整えていると、ダイスやムーグ、ジャバン、サイアスたちが「「ありがとうございました、太郎様。またのお戻りを心待ちにしております」」と、心温まる言葉をかけてくれた。


 ジュージュンは「うちの乙女が恋焦がれて、太郎様のお帰りをお待ちしております。向こうで仕事がお忙しくても、扉の近くに”うちの者たち”を手配させておきます。手紙だけでも書いてあげて下さい」と頭を下げた。


 娘を労わる母の思い...感動的だ。


 いやいや、だからそんなにサーマレントを離れませんって!!すぐに戻ってきますって!!


 だ、大丈夫、すぐに戻ってこれるはずだから、ねえ?友三爺さん?


 そんな中、エメリアが俺の方へと近寄ってきて、「タロウ、うちの馬鹿旦那のことは気にせずに、手ぶらで帰ってきてね!」と笑顔で言ってきた。


 そういえば、バロンから「我に清酒を...吟醸酒を...」と頼まれていたな。


 すっかり...忘れていた。


 ただ...なんとなく歯切れが悪く、何か言いたげな様子のエメリアをじっと見つめていると、彼女は覚悟を決めたように再度俺に話し始めた。


「で、でもね...も、もし頼めるなら、その、着物を長持ちさせる“たとう紙”が欲しいの!もうボロボロになっちゃって!せっかく友三様からいただいた大切な着物だから!ずっと、ずーと守りたいの!だから!」と、思いを込めて伝えてきた。


 うちのお袋も着物の保管に”たとう紙”を使っている。それも”美濃和紙”で出来ている物が一番だと言っていたなぁ。エメリアはずっと俺に頼みたかったのだろうな。昨日の明るい感じとは違い、すごく伺うように聞いてくる。


 そんな少し怯えているかのようなエメリアに、「大丈夫だよ、エメリア。ちゃんと買ってくるから心配しないで。それよりも...ありがとう。友三爺さんとの思い出を大切にしてくれて。あと、お酒も買って来るからね」と伝えた。


 するとエメリアは体全体で喜びを表し、大きな声で「タロウありがとう!!」と言って俺に抱き付いてきた。いや、抱き付こうとしたところを、サイアスが寸前のところで止めた。


「婆...カーシャお嬢様に呪われても知らねえぞ...」と言って。ナイス!サイアス!


 サイアスにも何か買って来よう!


 最後にカーシャに「また、すぐ戻ってくるからね。待っててね」と告げると、彼女は寂しげな笑顔を浮かべながらも手を振って俺を送り出してくれた。そのけなげな姿に心を引かれつつも、一旦地球に戻ることにした。


 ”すぐに助けを求めている者たちを救って戻ってくるから、カーシャ、待っていてね”と心に誓い、扉に向かって源さんと共に駆け出した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 アーレント邸から源さんと共にダッシュで扉まで戻った。馬車で2時間かかる距離を、源さんと30分ほどで駆け抜けた。


 馬車の1/4程の時間で戻ってこれちゃった。まだまだ飛ばせるが、あまりに速く走れる自分と源さんに恐くなり、こんなもののスピードで抑えた。


 ちょっと自分達が怖い...。


 まあ何だかんだあったが、"根津精肉店"の地下室に到着した。今回もサーマレントに行ったら、刺激的な出来事だらけだったな。


 地球では絶対に味わえない巨大な狼との戦闘、毒殺未遂事件への介入と治療。そしてドワーフやエルフ、獣人たちとの食事会など、ありえないことをほぼ1日で体験して帰ってきた。


 ”東京ネズミーランド”でもこんな刺激的なアトラクションやイベントはないだろう。すげえな、サーマレントって。


 ただ、あれ...?


 地球に戻ってきたのはいいけど、何にも起こらないぞ⁉


 あれ?あれれ⁉


 てっきり、この世界に何らかの理由で迷い込んでしまったエルフが、"根津精肉店"に助けを求めて駆け込んできたり、獣人が店の裏で倒れているんじゃないかとヒヤヒヤしながら帰ってきたが...何も起きない。おかしいな⁉


 事件は"根津精肉店"で起こるんじゃないのかい⁉友三爺さん?


 なんだ...。


 まぁ、何も起こらないのならそれでいいのだが...なんとなく拍子抜けであった。沙羅さらにでも会ってSNSを少し習って、エメリアに頼まれた”たとう紙”や、カーシャや酒飲みジジイへのお土産でも買って、漁業の続きの為に向こうへまた行こうと思った。


 だが...。


 やはりというか、俺に助けを求める者はしっかりと現れる運命にあった。あと数時間後の夜半前に、事件は"根津精肉店"近くの交通量の多い十字路付近で起こる。しかし、この時の俺は知る由もなかった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ご主人様、ご主人様!わんだわん、わんだわん!助けて欲しいだわん!」と源さんからSOSの念話が届いた。


「どうしたの、源さん?何かあったの⁉」と心配になり、念話だということを忘れて大きな声を出してしまった。隣にいる成やんとイブさんが、ぎょっとした顔で俺を覗き込む。


 周りの皆んなの視線が痛い...。大丈夫だから...。にやられていないから...。


 現在、”柳ケ瀬一番街サウナ”の水風呂に浸かっている最中だったので、急いで水中に避難した。


 更に焦った様な源さんからの念話が続く。「わんは大丈夫だわん!でも、恒例の夜のお散歩中に、今にも死にそうな生き物をみつけたんだわん!可哀そうだわん!助けて欲しいわん!」と言ってきた。


 源さんは自分が捨てられて、死にそうな目にあったことがあるから、他の生き物が目の前で死にそうになっているのが耐えられないのだろう。でも...。でもですよ源さん...。


 助けてあげたいけど、ネズミとかヌートリアとかの害獣を救うと問題になるしな~。多いのよ最近、害獣が...。ネズミやヌートリア以外にも、ハクビシンやアライグマちゃんも案外いるのよ。動物園のアライグマは可愛いけど、野生のアライグマは超凶暴だからな...。


 などと一抹の不安が脳裏をよぎった。まあ、害獣生物の場合、源さんがどうしても治して欲しいと言ったら治療してから異世界でいいのかな?とりあえず源さんの所に行ってみよう。


 イブさんと成やんに「ちょっとサウナに入り過ぎたから先に帰る」と伝えて、急いで自宅に戻った。


 でも、源さんは夜のお散歩中に、一体何を助けてきたんだろう...。源さんが運べるものっていうと、やはり...ネズミさん...かな...。はぁ~。どうしよう...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 店の裏の自宅玄関前に到着すると、待ちわびていた源さんが口に小型のソフトゲージを咥えて運んできた。おそらく、血や泥で汚れる前は緑色だったのだろう。


 ...。


 弱った生き物を直接クワえていたらどうしようかと思った。もう一生、源さんから”ペロペロ攻撃”を受けた時に、心から笑えなくなると思っていた。


 ただ、小型のソフトゲージといっても源さんの体格と比べても3~4倍以上の大きさがある。そのソフトゲージの表面には泥や血がにじんで付着しており、強烈な臭いが漂っていた。


 げ、源さん、うち、精肉店なんですけど...。OUTですよ!こんなものを持ち込んじゃ!!でも、わ、分からんよな~。叱っても理解出来るものじゃないと思う...けど。


 精肉店で血生臭い生物を咥えている子犬。ヤバイ...。こんな姿をお袋に見つかったら、いやいや、お客さんに見られたら絶対に問題になる。早く対応しないと。


「源さん、何が入っているのかな?」と、恐る恐る聞いてみた。


 すると源さんは「中から「きゅぅぅぅ...」って聞こえるわん!弱っているんだわん!でも...まだ生きているんだわん!!」と、焦る気持ちからか、いつもより大きめの声で訴えてきた。


 ネズミかな?と一瞬よぎったが、源さんが聞いたという「きゅぅぅぅ…」は違うよね?「ちゅぅぅぅぅ…」だと思うけど...。源さんの気迫に押され、怪我を治す魔法と浄化をイメージして、そのソフトゲージに向かって魔法を唱えた。


「キュア!!」


 すると数秒後、ゲージの中からガサガサと動く物音が聞こえ始めた。


「ひぃ!!」


 絶対この足音は1匹じゃない!複数の生き物がソフトゲージの中で動き回っている。凄い嫌なんですけど...!


 何?複数?怖い!やっぱりネズミとしか思えない!このまま開けずにサーマレットにソフトゲージごと持っていこう。


 ただしソフトゲージはあまりに汚く悪臭を放っている為、それごとクリーンをかけた。正直、クリーンの魔法をかけないと持ち運びたくない。


 すると中から「きゅー、きゅー♡」と愛くるしい鳴き声がした。なんだか中の生き物も、自分たちが綺麗になって喜んでいるみたい。それにしても、「きゅー!」って、あれ?「ちゅー!」じゃないの?



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺はパニックに陥った。うーん、何が中にいるんだ?ソフトゲージを開けて、ネズミが出てこられても困るし。でも気になるし。うーん。いきなり襲いかかられるのも嫌だし、逃げ出されたらえらいことになるし...。


 とにかくソフトゲージも綺麗になったし、俺と源さんにもクリーンの魔法をかけて部屋の中に入ることにした。


 部屋の床にソフトゲージを置くと、中の生き物たちが「きゅ⁉きゅ⁉」と鳴き声を上げた。どこか敵意のない様子が感じられる。ネズミやヌートリアではないのだろうか?


 源さんから「さすが、ご主人様だわん!!すごく元気な鳴き声がするわん!!ところでこの子達は何者なんだわん?」と床をカリカリしたり、俺のふくらはぎにしがみ付いたりしてくる。なんとなくマーシュンを思い出した。


 ゲージの中に何がいるのかは、俺が知りたい。でも、このソフトゲージを開けて出す勇気もない。どうしよう?そうだ、そうだよ!鑑定魔法をかければいいんだ!中を見ないで中身が分かる!


 俺って...もしかしたら賢いのかもしれない。


 慌ててソフトゲージに鑑定をかけた。


 すると...予想外の生き物の名前が...!


 。オスとメスが各一匹と出た。しかも、生後2ヶ月。


「は?カワウソ?」と大きな声を出してしまった。


 何でカワウソが?そして"根津精肉店"には、生後二ヶ月の生き物を引き寄せる何かがあるのか?

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