第20話 復活のとき

 ダイスさんの部屋の中は簡素という言葉がぴったりだった。絵画や壺などの装飾品があるわけでも無く、ベッドと書庫、テーブル、それに椅子とランプのみだった。ただ、日差しが降り注ぐ、温かなぬくもりを感じさせる部屋であった。


 そんな居室のベッドにダイスさんは臥していた。


 肌も青白く、食事もろくに取れていないのか、頬もこけ、体全体が痩せこけ、粗い呼吸をしている。俺は医者やナースなどの医療従事者じゃない。ただの精肉店の三代目だ。だが...分かる。このままなら、ダイスさんは間違いなく数日で死んでしまうことが...。


 俺たちが大人数で部屋に入って来たからだろうか、それまで目をつぶっていたダイスさんは目を開けて、サイモンさんやその後ろにいる俺に瞳を向けた。だが、またすぐに目をつぶり、粗い呼吸を繰り返す。


 そんなダイスさんに向かってサイモンさんが、「父上!私です、サイモンです!父上、朗報ですよ!!友三様のお孫様であられる太郎様をお連れしました!!体を診て下さると。父上!もう大丈夫ですよ!治りますよ!何といっても友三様のお孫様ですから!!」と、サイモンさんが嬉々とした声色でダイスさんに伝えた。


 そしてその瞬間、ダイスさんの両目が“カッ!”と開いた...。


 こ、こえ~よ!!


 ダイスさんは血走った両目を開け、唸り声を上げながら、俺に両手を伸ばしてきた。震える両手で俺の手を握りしめ、何かを一生懸命語りかけて来る。


 言葉にならない声で...。


 そんなダイスさんの訴えは、言葉では理解できないが、感覚として感謝の言葉を述べているのが伝わってくる。そして、先ほどの表情からは考えられないほど生気を感じさせられる。


 だが...。


 ハードルが上がりすぎる。これで助けることが出来なかったら、どうなるのだろう?俺...殺されないよね⁉サーマレントに出禁とかにならないよね⁉オーク狩りできなくなると困る。まあそんなことを考えていないで、やれるだけやってみよう...と思った。


 俺に視線が一身に集まる。


 “飲みつぶ”のメンバーとサイモンさん、そして、他の使用人さんたちに、源さんまで。


「大丈夫だわん!!大丈夫だわん!!ご主人様ならできるわん!!」


 俺をけなげに一生懸命励ます子犬。みんなの前で、あたり前の様にサーマレント語を話しているが、みんなそれどころではない。俺の一挙手一投足に視線が集まる。


 バロンとサイアス、それにジンは腕組みをし、ムーグにエメリア、それにサイモンさんは俺とダイスさんを交互に見つめる。そして、ベレッタは源さんを力強く抱きしめている。


 さあ、ダイスさんを治そう...と思ったが、その前に一つ気になることがある。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 病気の原因だ。原因が分かれば、それに対峙する魔法を作ればいいだけの話。一瞬で治すことが可能だろう。そして、病気の原因を探る理由はさらにもう一つあった。


 そう、この屋敷に入ってから、何となく嫌な気分、嫌な感じがしたからだ。なんだ...この感じは?違和感が半端ない。そして、ダイスさんの病気がここまで悪化した原因を探求したくなる、そんな気分に駆られた。


 なら...するまでよ。


 という訳で、「“鑑定”!!」と大きな声で、ダイスさんに“鑑定”魔法をかけた。


 ダイスさんに“鑑定”をかけると、なぜだか、ダイスさん自身と、もう一つダイスさん以外に眩い光に包まれたものが存在した。


 何だあれは...⁉


 その光輝く物体に引かれるかのように、俺は部屋のテーブルの隅に置かれた物体を確認してみることにした。それは薬袋であった。その薬袋がまばゆい光を帯びて、まるで “注目しろ”と訴えているかの様であった。


 俺はなぜだか居ても立っても居られない気分となり、薬袋の方に意識を移すと、“神父の調合した薬(劇薬成分微量混入)”と、鑑定結果が現れた。ちょ、ちょ、ちょ...。


 ちょ、ちょっと待てよ!!


 古いか...。いや、それぐらい自身のかけた鑑定結果に驚いた。


 どういう事⁉神父の調合した薬、ここまでは理解できる。問題はその後だ。何⁉劇薬成分微量混入って?微量でも劇薬が入っていちゃいけないだろう...。


 逆に言えば、微量って言う事は、すぐに殺さないため⁉;もう訳が分からない...。


 そうだ、もっと詳しく鑑定をかけてみよう。俺なら可能なはずだ。治療も大事だが、しっかりと調べておいた方がいいだろう。変に神父に疑いを持ってもいけない。何かの間違いかもしれないからな。


 そんな中、俺のただならぬ慌てぶりに疑問を抱いたのか、周りのみんなからの視線が痛い。


 “もう、早くダイスさんを治せよ”や、“何かあったの?”、“早く終わらせて、祝いの祝杯を上げようぞ!”、“ダイスさんが元気になったら、わんはオーク肉が食べたいわん!!”などの、それぞれの思いのこもった視線を俺に投げかけて来る。


 そんな中、サイモンさんが「太郎さん、何かあったのですか?」と、直接俺に声をかけてきた。


 簡単に事情を説明すると、サイモンさんは「ぜひ、詳しく調べて下さい」と言い、今まで俺に見せたことのない能面のような表情になった。そして、サイモンさんの後ろに立つ、白髪のひげを生やしたダンディーで優しそうな使用人に、何かそっと語りかけた。


 そして...その使用人は、次の瞬間いなくなった...。何だか怖いんですけど...。


 な、何だか、予想外の展開になってきた気がする。チャチャっとダイスさんの病気を治して、友三爺さんと仲の良かった商会とコネクションを作って、このサーマレントの知識を享受させてもらおうと考えていた。それが、思ってもみなかった方向に話が進んでしまっている、そんな気がしてきた。


 だが、俺の杞憂かもしれない。劇薬だって、もしかしたら偶然混ざってしまった物かもしれないじゃない?サーマレントは地球のように科学が発展していなさそうだし...その、偶然だってありうるよね。うんうん。


 だから...もう一度詳しく鑑定をしてみよう。まあ...何となく結果は分かっているが...。こんなことをしていたらアーレント邸に到着して90分ほど経過してしまった。早く原因をはっきりとさせて、ダイスさんを治さないと...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


  “イースカンダス南西部にある、教会神父ソマリアによるな劇薬物混入”と,鑑定結果が出た。


 うぉ~い!!確信犯じゃないかい!OUT!!絶対にOUTだよね。神父ってあの教会にいる、いい人たちじゃないの?それなのにって、はっきり出ちゃっているじゃない!!


 俺が一人、鑑定結果におののいていると、その行動を不審に思ったサイモンさんが声をかけてきた。


「もしかしたら太郎さん、その慌てぶりは教会神父ソマリアがにわが父を殺そうとした...。そう、鑑定結果が示したからではないでしょうか?」と、じっと俺を見つめて聞いてきた。


 鋭い人だな、この人...。俺とそう年が変わらなそうなのに頭が冴えるわ。羨ましい...。


 まあ、そうだわな。俺がこんなに慌てていたら、大体想像がつくよな。って言う事は、あの優しそうな執事さんはどこに消えたのだろう?どう見てもタダモノの動きじゃないよな。一瞬目を離した隙に消えてしまったのだから...。ソマリア神父ご愁傷さまです...。


 しっかし、こっちの人たちはとんでもないことを考えるな。“東野圭次”のミステリー小説みたい。改めて思うけど、こっちの世界って物騒なんだな。


 でもまあ、犯人も分かったし、ダイスさんの病気の原因も分かった。さっさとダイスさんを治してしまおう。本人も息子もそれを望んでいるしな。こんないいひとが、劇薬を盛られて死ぬなんて、可哀そうすぎるもんな。


 ダイスさんを治せそうな、強力な魔法をイメージして。よし!いけそう。


「さあみなさん、ダイスさんから離れて下さい!!ダイスさんいきますよ!!」


 俺はみんなに声をかけた。サイアスやムーブ、全員がかたずをのんで状況を見つめている...。そして、ベレッタに抱きしめられている源さんも...。さあ、ダイスさん!復活の時間だ!!


「ダイスさん!治って下さい!浄化!そして、キュア!!」


 俺は思いを込め、力いっぱいに叫んだ。すると、淡く優しい光がダイスさんの身体を覆い、更に体内にどんどん入っていく!!


 見ている者全員が驚愕の表情を浮かべているが、誰一人として言葉を発しない。いや、発せない。ただただ驚きの表情を浮かべてダイスさんを覆う不思議な光を見つめていた。


 そして...。その不思議な光がダイスさんの身体に入ってから数秒たった後...突然!!


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」とダイスさんは、大きな叫び声を上げた。


 先ほどまでの苦悶の表情がウソのように穏やかな顔貌を浮かべ、さらにスースーと寝息をたて始めた。


 そんなダイスさんを驚愕な表情で見つめるサイモンさんは俺の方へ向き直り、「た、太郎様?いえ、太郎さん、もしや、本当に、父は?」と俺に対し恐る恐る聞いてきた。

 

 サイモンさんだけでない。この部屋にいる全員が俺に視線を向けて来る。みんなだまって俺を見つめる。凄く伝わってくる。俺の言葉を待っているのが。

 

 ダイスさんの状態を見れば、何となく想像ができる。もう治ったことが。でも、確信が欲しい。俺からの”治った”という言葉が欲しいのだ、待っているんだ。


「成功だ...」


 俺が全員にゆっくりと、そして静かに伝えた。


「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉー!!」」


 俺が成功を伝えた次の瞬間、歓喜が部屋中に響きわたった!その歓声はしばらくやむことは無かった...。

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