第21話 三姉妹

 ダイスさんの寝息は安定しており、リズミカルに胸部が上下しているのが分かる。表情も非常に柔らかい。


 サイモンさんはダイスさんが落ち着いたのを確認すると、”飲みつぶ”のメンバーに視線を送った。バロンたちはゆっくりと頷き、メンバーたちはダイスさんの顔をもう一度見つめた後、数人の使用人と共に居室から離れていった。


「「じぃーじ!!」」


 ”飲みつぶ”のメンバーが居室から出て言った瞬間、入れ替わるように小さな女の子二人が、ダイスさんの居室に飛び込んできた。なんとなくだが、5,6歳と2,3歳位かな?


 そのままベッドに飛び乗って、ダイスさんを起こそうとする勢いだったが、その子達の母親だろうか?「こ、こらダメでしょ、ダイスおじいちゃんを起こしちゃ!!」と慌てて二人に声をかける。


 下のチビちゃんはその女性につかまったが、もう一人は巧みなステップで女性の手をかいくぐり、迷うことなくダイスさんの元に駆け寄って行く!さすが上のお姉ちゃん。動きが素早い!!


 たぶんダイスさんの事を「「じぃーじ!!」」と呼んでいたことから、ダイスさんのお孫さんなのだろう。という事は...あのふっくらとした女性はサイモンさんの奥さんかな?そして、今ベッドに向かっているのはサイモンさんのお嬢さんかな?


 自分の父親が想像以上に早く帰って来て、何事が起こっているかと思えば、いきなりのおじいちゃんの復活劇。そりゃ、早く自分の”おめめ”でお爺ちゃんの元気になった姿を見たいよな。


 でも、おじいちゃんの部屋には屈強な戦士たち6人と俺、サイモンさん。ベレッタにずっと抱えられている源さん。そして、非常に優しそうな笑顔を浮かべた初老の使用人さんと二人ほどの給仕係の人で、おじいちゃんの部屋は占領されていたからな。


 見たくても見れなかったのだろう。今がチャンスとばかりに突撃してきた、そんな感じだ。


 そういえば、先程までいた初老の使用人さんはおろか、一緒にいたはずの給仕係の二人まで姿が消えている?


 こわっ...⁉一体いつの間に。まあ、あまり考えないようにしておこう。


 変わりに入って来た給仕係や使用人さん達も、ダイスさんの苦しみから解放された表情に安堵の表情を浮かべている。中には感動して泣きだす女性の姿も...。愛されているんだな...ダイスさん。


 また話がそれたが、突然中に飛び込んできた珍客二人娘についてだが...。母親の手から逃れて、さっそうとベッドに向かっていた残りの一名も無事にサイモンさんの手によって、確保された。


 まあ、おじいちゃんが自然と目を覚ましてから、ゆっくりと顔を見せてあげてね。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 アーレント邸の食堂で”飲みつぶ”のメンバー6人とサイモンさん、それにサイモンさんの奥さんと子供たちも含めて、ちょっとした”無事にお爺ちゃんを助けることが出来ました会”を開くことになった。


 ここ、アーレント邸についてから何だかんだと3,4時間ほど経過して、外は真っ暗。ホッとしたらお腹も減って来た。


 会は”立食パーティー形式”で、好きな物を好きなだけ飲んで食べるスタイルの様だ。気楽でいい。


 食堂では、沢山の料理と賑やかな笑い声、それに子供たちが駆け回り、それを止める母親の叫び声が聞こえる。


 どこの世界も一緒だな。


 料理やお酒を準備したり並べたりする料理人や給仕係の人たちも、どことなく表情が柔らかい。皆んなダイスさんが元気になったのを知っている様だ。すごく雰囲気が明るい。


 あと、皆んなが何気ないふりをして俺をチラチラと見てくる。


 俺がダイスさんを治したことがバレバレの様だ。まあ、そりゃそうだな。アーレント商会現会長のサイモンさんから””と呼ばれ、”飲みつぶ”のメンバーたちもどこか俺に対して遠慮した態度をとる。


 そんな俺が来てから、急にダイスさんが病魔から解放された。もう、誰の目からみても俺が治したって言っている様なもんだ。


 それと...サイモンさんが食堂に入ってきてから、あきらかに様子がおかしい⁉俺の事を、””と呼び始めた。


 俺が不思議な表情を示しても、少し苦笑いをして、”太郎様”と呼び続ける。何も聞いてくれるなとサイモンさんの表情が訴えている。


 まあ、聞かないでおこう...。


 周りにいる給仕係や使用人たちの表情や視線が、俺を好奇の目で見るのは仕方のないことだろう。


 ただ、こんな冴えない男ががダイス様を治したの?そこら辺にいる商いの見習いなんじゃないの?と、若干信じられない様な目を向けられている...様な気もする。


 ひ、被害妄想だよね?俺が勝手に思っているだけだよね...⁉



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺と同じくらいの年齢と思っていたサイモンさんには、奥さんと可愛らしいの娘さんがいた。そして同じくらいの年齢と思われたサイモンさんは、な、なんと俺よりも5つ年上の32歳。


 そして、長女カーシャちゃん、いや、カーシャさんはもう14 歳だそうだ。


 さすがに14 歳ともなると、お爺ちゃんの事がいくら心配でも、強引に部屋に入り込むようなことはしなかった...。


 それにしても、サイモンさんに三人の娘がいて、長女のカーシャさんが14歳とは...。


 ”驚き桃の木山椒の木。ブリキにたぬきに蓄音機”だな。よく靴屋の”えいさん”が使う...世代を超えた名言を、何となく使いたくなってしまった。


 すげえな...。なんだな...。それに見た目も若いし...。


 話を聞くと、サーマレントでは男女ともに15歳からはもう成人扱いらしい。そして、多くの貴族は15歳から18歳の間に結婚をするのがあたりまえと教えてもらった。まあ、冒険者や一般人は別だが、婚期は地球より早いようだ。


 婚期...早やっ!!江戸時代かよ...。


 地球と違って、青春を楽しむ時間が短い、いや、殆どないようだ。それもまた、人生か...。都はるよの”黄河コウガの流れのように”を思い出すよ...。


 そんなことを思っていると、サイモンさんの奥さんであるジュージュンさんが、豊満な体を揺らしながら、一番下の娘さんであるマーシュンを抱きかかえ、俺の前にやって来た。そして、「この度は義父、ダイスの身体を治して下さり、本当にありがとうございました」と深々と頭を下げてきた。


 俺と同じくらいの身長。あまり見るわけにいかないが、豊満な体型をしている。そして、メリハリの効いたクリンクリンとしたアーモンドアイ。活発そうな印象を与える女性であった。そして、明らかにサイモンさんよりも体格がいい。


 ジュージュンさんと俺が話していると、「うちのかみさんです」とサイモンさんは俺に近寄って来た。すると、またジュージュンさんは深々と俺に向かって頭を下げてきた。そんなに頭を下げなくてもいいのに...。


 次の瞬間、がばっ!と頭を上げたかと思うと、いきなり俺に向かって、「旦那から聞きました!危ない所を救って頂いたと。がいなかったら間違いなく死んでいただろうって!そんな命の恩人様に対して、全くうちの旦那ときたら、”太郎さん”なんて!いくら太郎様がそう呼んでと言っても、ダメです!!本当に礼儀がなっていなくてすみません!!」と平謝りをして来た。


 これか~。いきなり太郎さんから太郎様に変わった理由は...。嫁さんに叱られたのね。


 チラッとサイモンさんを見ると、また苦笑いをする。そうや...。嫁さんには逆らわない方がいい...。それでええんやで...。どこの世界でも...。


 ただ、だからと言って仲が悪いわけではなさそうだ。


 ジュージュンさんは持っている布をビシャビシャにしながら、「本当にうちの旦那ったら危険なことばっかりして。私たちがどれだけ心配しているか分からずに」と涙ぐんだ。


 二人は幼馴染で、昔っからサイモンさんをジュージュンさんが守っていた様だ。頭はキレるが、運動や戦闘などはからっきしだったサイモンさんを、ジュージュンさんがいつも守っていた様だ。なんだかほっこりする関係性だな。


 サイモンさんとジュージュンさんとにこやかに話していると、先ほどのチビッ子二号である五歳のキャロンちゃんが、天使のような微笑みで、「じぃーじを治してくれてありがとう、タロウおじちゃん!!」と元気よく俺のふくらはぎに抱き付いてきた。


 この家族はふくらはぎに興味があるのかしら...。あと、おじちゃんって...。


 お、お兄さんだもん!!


 っという感情を必死に押し殺して、キャロンの頭をなでていると、隣りに見知らぬべっぴんさんが、「私からもお礼を申し上げます。祖父を助けて下さってありがとうございました、太郎様」と言って近寄って来た。


 あの...


 もしかして、君の名は...⁉

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