第11話 子犬の願った奇跡

 起死回生の"根津精肉店復活祭"を実施してから3週間がたった。"根津精肉店復活祭"は大好評で、特にオーク肉が評判となり、店は以前より客足が増えた。


 あれから俺は、会社を辞めた。元々不慣れな東京での一人暮らし。それに、残業マシマシな職場。嫌なことや、辛いことも沢山あったが、そこから学ぶことも多分にあった。上司や同僚たちから何度も引き止められたが、実家の家業を継ぐと言って、辞めさせてもらうことにした。


 退職が決まってから2週間ほど、業務の引継ぎ、アパートの退去手続き、荷物の運び出し、住民票の移動等などの為に、東京と岐阜を行ったり来たりした。なかなか面倒な作業であった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 


 何だかんだで約3週間、俺がバタバタとしている間に、オーク肉の在庫が寂しくなってきたようだ。お袋とトヨさんは、お店の看板商品が無くなることを心配し、俺にどうしようかと相談をしてきた。まあ、"どうしようか"と言いつつも、表情からは"早くオーク肉を持って来ておくれ(来て下さい)"が滲み出ていたけれど。


「大丈夫、俺がまた業者から直接買ってくるから」と言って、2人を安心させた。

 

 サーマレントの地に行って、オークなどの食べられる魔物を狩らないといけないなーと思い始めた。他にもミノタウロスやコカトリス、ベアーなどなど、狩ってみたい魔物は数種類にも及ぶ。それに、サーマレントの地に初めて降り立った時に聞こえた、友三さんの声がどうしても気になってしょうがない。


 "お前が来ることを待ちわびている者達と共に"


 俺の事を待ちわびている者?エリーを含むエルフのことを言っているのか?いや、他にもいるのか?それなら、どうやったら出会えるんだ?


 分からないことだらけだな。まあ、悩んでいても仕方がない。オーク肉も無くなりそうだし、サーマレントの地に行ってみるか...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 はあ~、今日も一日よく働いたな。さてさて閉店閉店。この後は、イブさんと誠也と一緒に、"柳ケ瀬一番街サウナ"に行く予定。う~ん健康的!東京にいた頃の"残業天国"とは違って、仕事も遊びも充実しているな。いい感じだ。私生活をさらに充実させるためにも、仕事もしっかりとこなさないとな。明日にでもサーマレントに行くか。


 さあ、ひとっ風呂浴びて、ひと狩り行ってきますか!!


 "サウナ、サウナ"と鼻歌を歌いながら、店のシャッターを閉めようとしたちょうどその時、店の隅にあるコンテナボックス置き場の方から、"ガタッ"という音が聞こえた。


 ネズミか?


 気になったので見に行くと、コンテナの陰に「拾って下さい」と書いてある段ボールを見つけた。


 そーと中を覗くと、生後まだ2ヶ月ぐらいの"黒豆しば"が、寒空から逃れるように、段ボールの中にあるタオルにくるまって震えていた。


 こんな令和の時代に、捨て犬が?しかも、"豆しば"で、生後まだそんなに経っていないぞ?ペットショップで買えば20万はするんじゃないのか?何でそんな子が、こんな場所にいるんだ?


 マイクロチップは体内に入っているのかな?入っていないよな...。まあ、そんなことを言っている場合じゃないな。震えているし、目元に目やにもついている。目の前の子犬は、明らかに弱っている様に見える。


 可哀そうに。こんなに小さいのに。黒豆しばの子犬は俺に気がついたのか、俺に向かって「くーん...」と弱々しい鳴き声を上げた。


 寒空から逃れたい、ぬくもりが欲しい、温かい食べ物が欲しいと言っているかのように。目元は目やにでカピカピとなり、開かない両目を必死に俺の方に向けて、助けを求めてきた。


 ウチは精肉店だし、あまり犬を飼うのもなーと思いながら、段ボールを抱え途方に暮れた。

 

 ただ、どんな理由があるにしろ、犬や猫などのペットを捨てるのはよくない。この段ボールの中で震えている生き物には責任はない。いわゆる"被害者"である。あ、"被害犬"か。


 迷ったが飼うことにした。寒空で震えているのを見捨てられないし、別に裏に実家があるし。犬一匹ぐらい飼えるから。お袋に聞いたら「飼っていい」と言ってくれたし。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 早速、黒豆しばを俺の部屋の中に入れてやった。そうそう、サウナはいけないという断りのLOINEを、イブさんに送っておいた。


 俺の部屋に黒豆しばを運び入れた後、少しの間、段ボールの中で震えていたが、部屋の暖かさによって体が温まってきたのか、震えが止まった。


 少し温めた牛乳を、飲みやすい位置においてあげた。


 すると、黒豆しばは温かい牛乳をぺろぺろと舐め始め、ゆっくりと時間をかけて全部を飲み干した。だいぶ落ち着いたようだ。尻尾も左右に振り始め、俺の指を嬉しそうに甘噛みし、さらには、ぺろぺろと舐め始めた。


 黒豆しばの毛全体がごわごわして、目元も目やにでカピカピなので、"クリーン"をかけた。本人も変化に気が付いた様で、綺麗になって嬉しそうだった。すごくおめめもぱっちりとして可愛い。


 何でこんなに可愛い黒豆しばが捨てられていたのだろう?不思議だ...。


 だいぶ落ちつき、部屋の中をちょこちょこと動き回るようになった黒豆しばに、お店で余ったお総菜のカツを、数切れあげた。


 黒豆しばは俺の顔を見て、目の前にあるカツを食べていいのかと、伺っている様であった。そこで、「たんとお食べ」と言うと、よほどお腹が減っていたのか、ガツガツと食べ始めた。


 カツを数切れぺろりと食べ、やっとこ満足したようで、俺の方を見て「わん!」と元気良く吠えた。


 まるで「ご馳走さんでした、わん!」と言っているかのようで、微笑ましかった。


 そんな可愛らしさ全開の黒豆しばは、5分も立たないうちに俺の布団の端で、スースーと寝息をたてた。


 名前を決める前に寝てしまったな。ほっとしたのかな?まあ、明日にでも名前を決めるか。


 今頃イブさんと誠也はサウナを出て、"タコマンボウ"に向かっている頃かな?次回は一緒に行きたいな。さて、今日はもう寝よう。黒豆しば君、おやすみなさい。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 次の日の朝、早々と「くーん、くーん」と一生懸命に甘えてきて、さらに、ぺろぺろ攻撃をしてくる、愛くるしい黒い物体が目の前にいた。


 俺が目を覚ましたのを確認すると「わん、わん!」と元気いっぱいに挨拶をして来た。


 どうやら元気になったようだ。よかった。


 そうだ、名前がまだだったな。名前は..."源さん"にしよう。特に深い意味は無い。なんだかそのネーミングが頭に浮かんだからだ。


「君の名前は"源さん"だよ」と言うと、気に入ったらしく、尻尾をぶんぶんと振って、喜びをアピールしてきた。可愛いい生き物だ。


 お袋と、トヨさんにも紹介すると、2人とも「「可愛いね~」」とハモられた。まあ、可愛いもんな。


 さて、朝食後、俺は異世界に行ってオークなどの魔物たちを狩らないと。本当にそろそろヤバイ。肉が無くなりそう。何といってもお袋とトヨさんからの、"いつ行ってくれるんだい?"攻撃が、徐々にエスカレートしてきた。


 はいはい、今から行きますよ。サーマレントの地に。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 まるで散歩にでも行くかの様な、軽いテンションの俺に付きまとう一匹の珍獣がいた。俺が地下室にある壊れた冷蔵庫に向かおうとすると、当然の様に源さんも付いてきた。


「源さん、だめだよ。家でお利口にして待っててね」と言うと、お座りをして「わん!」と吠えた。だが、俺が一歩歩きだすと、同じ様に一歩歩く。とても可愛いけど...。一緒に連れていって大丈夫なんだろうか⁉オークの餌になったら、一生のトラウマになりそう。


 本当は連れて行きたくはないのだが...。まあ、オーク位なら源さんを守りながら戦っても大丈夫だと思い、源さんを連れて行くことにした。


 源さんにしても不安だよね。元の家族に捨てられたトラウマもあるだろうし。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 源さんと一緒に、地下室の壊れた冷蔵庫からサーマレントの地へと向かった。


 何となくドキドキするな。エリーはいるかな?


 サーマレントの地に足を踏み入れた瞬間、源さんが急に「く、くーん!!く、くーん!!」と、もがき苦しみ出した!!ど、どうしたんだい、源さん⁉


 あ、もしかして...!!


 忘れていたが、俺も最初にこの地に降り立った時、急に魔力が身体に入ってきて、1分ほど大変な目にあった。たが、その後は身体能力が向上し、願うと叶う魔法の力を得た。だけど...。


 源さんは大丈夫か?


 源さんは1分程すると、俺と同じように落ち着いた。何事もなかったかの様に、俺の周りをぐるぐる走り回ったり、10mほど先に飛んでいる蝶々を追いかけたりし始めた。


 ふー良かった。源さんも無事の様だ。


 しかし、源さんは地球にいた時の数倍の早さで駆け回り、蝶を捕まえようとして飛び上がった高さは、優に3mを超えていた。


 これは俺と同じ様な効果がでているのかな?どう見ても身体能力が向上している。すごいじゃないか、源さん!


 しかし、源さんに現れた変化はそれだけではなかった。


 源さんは願っていたのだ。太郎と話したい、太郎に寒空から拾ってくれたことに対して感謝を述べたいと...。そして、その思いは変化という名の奇跡を呼び起こした...。


「ご主人様ありがとうだわん!元気いっぱいだわん!ご主人様の役に立ってみせるだわん!」と話し始めた。


 すげーな異世界、何でもありじゃんか。


 でも、足元をぐるぐる回りながら、感謝を述べる子犬に、太郎は心から癒された。

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