第10話 "根津精肉店復活祭" 当日

 ドンドンドンドンドン!!


 けたたましく俺の部屋の扉を叩く音が室内に響く。そんなに扉を叩くと、建て替えて5年ほどの家とはいえ、扉が傷むぞ。何事だ?それに、今何時なんだ...?


 時計を見ると、まだ4時30分だ...。今日は"根津精肉店復活祭" の当日だ。しかし、こんなに朝早い時間から行動を開始する必要はなかったと思うが?


 俺は二日前に、店頭に並べる食材はすでに仕入れておいた。ふふふふふ...。俺には鮮度が永続的に保たれる"アイテムボックス"があるからな。


 少し悪い笑みがこぼれてしまう。越後屋の気分。


「ちょと、太郎、太郎ってば!!ど、どう言う事なんだい?寝ている場合じゃないよ!起きておくれよ!!」


 俺が一人、布団に寝転び悪い笑みを浮かべていると、扉をドンドンと叩きながら、お袋が俺を起こしにかかる。


 何だ?お袋が苦手な蛙でも出たのか?


「蛙でも出たのか?蛙ぐらいで朝からやかましいな。昨日の酒で頭が...」


 誠也と成やんと一緒に昔から行きつけの居酒屋"タコマンボウ"で飲んでいたら、中学の同級生である沙羅さら明日香アスカ、山田、通称イブさんが加わった。ちょっとした同級会のようなノリで、朝の一時まで場所を変えて飲んだ。


「閉店後に余った食材をご馳走する」と伝えたら、みんなが朝から手伝いに来ると約束してくれた。さらに、二人の子供を持つ由美ゆみちゃんも当日は手伝いに来てくれる様だ。


 今日の前夜祭も参加したかった様だが、「まだ子供が小さいから、明日行くね」と、LOINEロインで連絡があった。ありがたい。


 あ~、昨日は楽しかったな。


「こら、太郎!!返事をしなよ!!何なんだい、あの店?本当にうちの店なのかい?昨日、夕飯食べて少ししたら「みんなと飲みに行ってくる」と出かけちまったのに、いつの間に掃除をしたんだい⁉業者でも、こっそりと雇ったのかい?それに、外壁まで綺麗になっているし、破れて色落ちした店舗テントや壊れていた電飾看板までまで元の状態に戻っているじゃないか!!」


  やばい、やり過ぎたか?


 そうだ、思い出した。


 "フロアクリーン"の後、破れたままの店舗テントや請われていた電飾看板まで、魔法の"修復"で直してしまったんだっけ。


 まずかったか...な?


「そうですよ、店長!!床や壁にこびりついてしまった汚れが、建てた当時の色に戻っていますし、あの電飾看板は、二代目店長が酔っ払って自電車で突っ込んで壊してしまったものです。でも、時間が戻ったかの様に明るく輝いていますよ!!」


 親父が電飾看板を壊したのか...。知らなかった。いやいや、そんなことよりトヨさん?まだ朝の4時30分だよ?何でこんなに早くここにいるの?


 そんなジト目でトヨさんを見つめると、「と、年を取ると朝が早くなるのです!それに、"根津精肉店復活祭" が楽しみで仕方なくて!!散歩がてらに朝、精肉店の様子を見に来たら、君江様が精肉店の前で呆然と立ち尽くしていらっしゃって!」と、いつになく早口でトヨさんは答えた。


 何だかすごい迫力だな、二人とも...。と、とりあえず、何とかごまかさないと。


「俺が気合を入れて掃除をしたんだよ。短期集中で。あと、物が直ったのは、今流行りのDIYだよ、DIY」と言ってみた。しかし...。


「「気合を入れたとしても、ここまで綺麗になるものかい(ですか)⁉」」


 お袋もトヨさんも同時に問いただしてきた。しかも、まだまだ俺に聞きたいことが山のようにありそうな顔をしていたので、「さあさあ、ご飯を食べて開店の準備をするよ!」と、やや強引に質問タイムを終了させた。

 

 さぁ、"根津精肉店復活祭"開始だ!目玉のオーク肉、これが初お披露目だ!みんなが喜んでくれる嬉しいな。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 口コミや新聞に折り込んだチラシの効果で、古くからの常連客が沢山来てくれた。また”Foxbook”や”Z”にも投稿したため、若い世代、あと、"どすこい弁当"と"貴婦人弁当"のファンも来てくれているようだ。


 店頭で(オーク)肉を沢山焼いた。焼いたものを無料で沢山の人に振る舞った。その効果は絶大であった。匂いに誘われて来るお客も、後を絶たなかった。


 子供たちが「これ、美味しいよ―!もっと食べたい!!」と、母親にせがむ家族が沢山いた。中には、こっそりと旦那さんが余分に一パック、買い物かごに突っ込んでいる人もいた。  


「はい、順番に並んでねー。並ばないとダンプカーでに連れて行っちゃうよ~!」


 おいおい、手伝ってくれるのは嬉しいけど誠也、今の時代そう言う事言っちゃだめだから...。


「ごめんね、冗談だからね。あのおじさんが言うとがあるよね」と、大人の色気が漂う沙羅が、さりげなくフォローに入りながら、誠也を睨んだ。


「 それにしてもこの肉、本当に美味いよな!止まんねえよ!」と、自分の発言に何の悪気も感じていない誠也が、成やんや明日香に話を振った。


「本当!!めちゃくちゃ美味しいよ!!本当にいいの?打ち上げの時こんな美味しい肉を沢山食べさせてくれるなんて?」と、少し伺うように明日香が俺に尋ねてきた。


「大丈夫、大丈夫!その分、しっかりと働くんだぞ!!」と、成やんが元気に答えた。


「「お前が言うな!!」」と、仲間内から一斉に非難が、成やんに向かって飛んだ。


 いいなこの感じ...。やっぱり、俺の拠点はこっちなのかもな。いや、もう決まっているけどな...。


 あと、今日はお弁当が100円引きだ。ガテン系のお兄さんが彼女さんに、「これが旨いんだよ。俺の好きなモノばかりいつも入っていてさ」と言うと、隣のお姉さんは「私は、"貴婦人弁当"のファンよ!」と、手を握りしめた。いいね〜、羨ましい。だが...。


「結婚したら、手作り弁当だからね。カロリーオーバーよ。私より長生きしてもらわないと♡」


 奥さんになられるお方が、彼氏さんを見てにっこりと微笑んだ。


 うーむ。常連客を一人失ったか?



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 常連客のみなさんは、お袋とトヨさんが再び元気に働く姿を見て、喜んでいた。 


 "根津精肉店"は近隣の住民から愛されている。お年寄りだけでなく、現在は夫や妻となった者達からも...。子供の頃から通ったお店だ。愛着心もあるのだろう。


 そして誠也たちだけでなく、昔からの友人たちも訪れてくれた。


「 お前があとを継ぐんか?すぐに潰すなよ、俺の小学生の頃の思い出の場所であり、味なんだからな!」など、励ましの言葉を頂いた。


 子供を抱っこし、主婦となった同級生もわざわざ来てくれた。「根津君、頑張ってよ!」と励ましの声をかけてくれた。時代の流れを感じるなー。


 また、俺のフロアクリーンによって、昔の外壁や店内の姿が蘇り、常連客からは「そうそう、こんな色だったよね。懐かしい~」など、昔を思い出している様な家族連れの姿も、あちらこちらで見かけた。


 オーク肉は飛ぶように売れた!相乗して他の惣菜や弁当も沢山売れた!


 久しぶりに"根津精肉店"に笑い声が響いた。起死回生の"根津精肉店復活祭"第一弾は、大成功に終わった!


 その後の、"根津精肉店復活祭"の打ち上げも、仲間 達から大盛況で、「こんなに美味しいお肉をタダで食べさせてくれるなら、いつでも手伝ってあげるよ!!」と、イベント時の人員確保まで出来てしまった。


 さあ、新たな肉を確保して、どんどん売り上げを伸ばすぞ!!


 そう、気合を入れ直す、三代目店長の太郎であった。

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