第9話 "根津精肉店復活祭" 前日
"根津精肉店"を再開するためには、色々と準備が必要だ。まずは、それぞれの役割を再度見直さないと。役割も疎かでは、お店の再開どころの話ではない。
役割としては...。
俺はとりあえず、店長兼仕入れ業務、配送、清掃係、商店街との調整役を買って出た。まあ、うちの親父がやっていたことをそのまま引き継いだ感じだ。ただ、親父とは違い、俺はまだまだ若葉マークの店長。お袋とトヨさん、そして商店街のみなさんの暖かな協力が必要な
だけど、品物に対する目利きにはそれなりに自信がある。小さい頃、親父に魚や肉、野菜などの特徴と、新鮮な物と劣化している物の違い、そして、食べ頃の見分け方を鍛えられた。
高校生の頃、俺はアルバイト感覚で親父に付き合って、よく市場に行ったものだ。衰えているかもしれないが、何度か市場に通って感覚を取り戻そう。
また、せっかくだから、異世界の力も活用させてもらおう。
そう、異世界の能力で定番な"鑑定"だ。エリーから俺は自分に都合のいい魔法を作れると聞かされた。まあ、たまにサーマレントに行って、魔力を体内に取り込む必要があるみたいだが、そんなに頻繁に行かなくてもいいみたい。
ただし、一ヶ月に一回はサーマレントに行き、魔力の補充を行わないと、魔法の効果が弱まり、三ヶ月で魔法が使えなくなるらしい。
気を付けよう。
まあ話を戻して。そう"鑑定"だ。食材の鮮度は勿論、悪影響を及ぼす細菌や毒、睡眠薬などが混入していないか等を一発で判断できるようにした。毒や睡眠薬とは物騒だが、エリーから忠告された。それだけサーマレントは危険な場所らしい。
用心用心と。
あとは、アイテムボックスの活用だ。どんなに品物を仕入れても、アイテムボックスの中に入れておけば、鮮度をそのままで帰ることが可能だ。ただ、市場から手ぶらで帰ると不審がられるので、一応、カモフラージュとして保冷車で市場に行くが、荷物は全部アイテムボックスで運ぶつもりでいる。
荷下ろしとか面倒だしね。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
うちの経理はトヨさんが一手に扱っている。引き続きトヨさんに任せようと思う。トヨさんがいなくなったらそれこそ死活問題だ。今回の親父のことも含めて、経営体制も考えていかないといけな。まあそれは先の話になるが。
「申し訳ないね。あんたら二人に重要な仕事を任せてしまって」
お袋は、俺とトヨさんの顔を見る度に謝ってくるが、そんなことは決してない。お袋にしかできない大切な仕事があるからだ。
お袋は惣菜と弁当作りを頼んだ。近年の"根津精肉店"は、弁当の売り上げで経営が成り立っていたと言っても過言ではない。
お客の大半はは毎日、総菜やお弁当目当てに来る。そんな"根津精肉店"の弁当は、主に二種類の日替わり弁当しかない。
それは、"どすこい弁当"と"貴婦人弁当"の二種類のみ。これは工場などに卸す仕出し弁当でも同じ。
主に"どすこい弁当"は、精肉店であることを活かしたほぼ肉オンリーな弁当。日替わりでフライ、チンジャオロース、プルコギ、焼き肉などがこれでもかと詰め込まれている。
いさぎがいいぐらい、憎々しいまでに肉肉しい。おかずやご飯の量も他の弁当屋の約2倍。工場やガテン系の男性から根強い人気のある商品だ。
逆に、"貴婦人弁当"は"どすこい弁当"よりも量が抑えられており、その代わり料理の種類が豊富。肉料理以外にも野菜の天ぷらや煮物、酢の物、卵料理、焼き魚など、ヘルシーさを売りにしている。
お袋曰く、自分とトヨさんの夕飯用に作っていたら、近所のお年寄り連中から「私たちの分も作ってよ」と言われ、提供し始めたそうだ。
"貴婦人弁当"は近所の高齢者やOLの方々に人気がある。今や、この二つの弁当が"根津精肉店"の生命線と言っても過言ではない。
また、近所にある工場から毎日100食分もの弁当の発注が入る。
親父が亡くなった時、工場長は心からのお悔やみを述べてくれた。そして、「精肉店を再開する時は必ず教えてくれよ」とも。
"根津精肉店"再開に合わせ、一応工場長に連絡を入れた。「再開をするのなら、また頼むよ」と言ってくれた。本当に有り難い話だ。
"根津精肉店"は、お袋の味とトヨさんの頭脳で持っているようなものだ。これからも、二人には無理のない範囲で頑張って欲しい。
俺は...。これからに期待かな?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
さあ、地域の人たちに愛されてやまない"根津精肉店"を大々的に復活させるぞ!!まずは、親父が亡くなった後、閉めていたうちの店が復活することをみんなに知ってもらう必要があるからな。
しらっと店を開けるよりも、オーク肉のアピールと今までの感謝、そしてこれからもよろしくお願いしますという意味を込めて、根津精肉店スーパーセール、"根津精肉店復活祭"を開くことにした。
開催日は、四日後の日曜日。店頭でバーベキューコンロを使ってお肉を焼き、お客様に提供する許可も保健所から得た。もちろん、商店街の会長である柴田さん、通称"柴さん"と近隣のお店や住民の方々にも報告済だ。
柴さんや周りのお店、住民のみなさんに「肉を焼くから煙が充満するかもしれない...です]とおどおどしながら告げると、俺の心配は杞憂に終わった。
周囲からは、「ドンドン焼いてくれ!!そして商店街に人を集めてくれ!!俺らも手伝ってやるよ!!」と温かいお言葉を頂いた。
さらに、柴さんから役場や消防署に声をかけてくれるというありがたい申し出まで頂いた。柴さんは「若いもんが戻って来てくれて、商店街を活気付けてくれるのは本当にありがたい。がんばってくれ」と、力強く握手を交わした。
ありがたい。"根津精肉店"は本当にみんなから愛されているんだな...。おっと、涙を流している暇などない。
さあ、"根津精肉店復活祭"の準備だ!準備期間は明日からの三日のみ。そして四日後、いよいよセール、を行うぞ!!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺たちは三日間という短い期間で、"根津精肉店復活祭"の準備を着々と行った。そして、ついに本番前日の夜を迎えた。お袋に頼み込んで、この三日間で大量の弁当を作ってもらい、その全てを鮮度が永続的に保たれる"アイテムボックス"に収納した。
準備期間の三日間で、"どすこい弁当"と"貴婦人弁当"を合わせて300個作ってもらった。
お袋からは何度も「こんなに早く作っちまっていいのかい?」と聞かれたが、「フリーズドライ製法で、フレッシュにキープできるマシーンをミスター誠也からレンタルしたから、お袋、イッツ、オッケィィィ!!」と、超適当な英語と嘘、そしてノリで乗り切った。
お袋の英語が苦手なのを利用して、知っている限りの英語を使った。活かされるTOEIC575点...。
うちの常連であり幼馴染、そして、"どすこい弁当"の大ファンでもある誠也を、お袋は深く信頼している。「まあ、誠也君が貸してくれたのなら...」と、驚くほど簡単に信じてしまった。いいのか、お袋...?凄いな誠也...。
まあ、今は良かったことにしておこう。
これで、俺たちの看板商品である弁当の準備は完了した。よしよし。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「"根津精肉店復活祭"を行う前に、清掃業者にでも頼むかい?」
お袋が心配そうに俺に聞いてきたが、そんなもったいないお金を、使うつもりはない。
「大丈夫、俺に任せておくれよ」
そう言って俺が、お店と店舗周りの掃除を受け持つことにした。
「まあ、もう夜だし無理のないようにしておくれよ」とお袋が言うと、トヨさんが「店長、私も手伝いますよ」と、バケツと手袋、洗剤やブラシを持って来てくれた。ありがたい提案だったが、俺は断ることにした。
手作業で掃除を行っていたら日が暮れてしまう。トヨさんには悪いが、そんなに時間をかけたくない。ここは魔法の出番だ。
サーマレントで使ったクリーンの魔法を、建物の掃除にも使えるように改良をしてしまえばいい。
さて、お掃除タイムはみんなと夕飯を食べた後だ。こっそりと終わらせて、さっさと次の準備に移らなきゃ。
お客さんも帰り、お袋とトヨさんと俺の3人で、いつも通り余った総菜で夕飯を済ませた。
トヨさんは「夕飯まで頂いて」と、いつもすまなそうに言うが、「捨てるのは勿体ないから食べて帰って」と、お袋がトヨさんに頼み込んで、夕食を一緒に囲んで食べる。もちろん朝食もだ。
ちなみに、昼食は休憩時間がバラバラなので、それぞれが別々に食べている。
夕食を終え、トヨさんは帰宅した。お袋は食器を洗った後、風呂に入って寝ると言った。どうやら、明日に備えて早めに休む様だ。俺はというと、お店の掃除を行おうつもりで、一人"根津精肉店"店内に戻って来た。
確か...魔法を作るには、イメージが大切だったな。一定の空間を綺麗にするイメージを構築して、"フロアクリーン"と言う魔法を作り上げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「"フロアクリーン"!」と唱えた瞬間、"根津精肉店"の店内の至る所が、ピカピカとなった。掃除業者が念入りに清掃をしたかのような、いや、創業当時の作りたての様な状態にまで戻ってしまった。
内装だけでなく、どうやら外観まで綺麗になってしまったようだ。少しやり過ぎただろうか?
違う仕事でも、食べていける自信がついた。"根津精肉店"の経営で生き詰まっても、清掃会社でも立ち上げようかなーと、割りと真剣に考えてしまった。
この"フロアクリーン"も使える!
定期的に俺が"フロアクリーン"を唱えれば、トヨさんやお袋が掃除をしなくても済むし、清掃員をわざわざ雇わなくても済む。
トイレも売り場も、「フロアクリーン!」と俺が唱えればいつもピカピカだ。
魔法と精肉店って、相性抜群じゃないのか?
さあ、何はともあれ、明日の"根津精肉店復活祭"が楽しみになってきた!みんなに新しく生まれ変わった"根津精肉店"を見てもらおう!!
「何だか俺、ワクワクしてきたぞ!!」
心の中で呟き、興奮が抑えられない俺は誠也と成やんと一緒に、いきつけの居酒屋"タコマンボウ"で、"根津精肉店復活祭"の前夜祭を開いた。
「明日は絶対に成功させてやる!!」と、何度も酒に酔って叫んでいたと、翌日に誠也からに教えてもらったが...。もちろん俺は覚えてはいなかった...。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます