第35話:冤罪、身から出た錆

 ある日、学校に行くとクラスの様子が変だった。女子たちがざわざわとしている。なんだろうと思いつつも、特に興味が無かったから自分の席に座って本を読む。今日は僕たち全員がずっと避けていた、鈴ちゃんの遺品整理をする日だ。


 それをしてしまうと、本当に鈴ちゃんがいなくなるような気がして、なんだかとても嫌だった。みんなもきっと、そういう気持ちがあったのかもしれない。あの日からずっと、鈴ちゃんの部屋はあの日のままだ。掃除もされず、そのまま。


 僕も学校が終わればすぐに、有給を取った姉さんの車で向かうことになっていた。


 だから、クラスの様子の変化など気にしている余裕はなかった。本だって、内容が全く頭に入ってこない。授業も、何も入ってこなかった。もっとも、元々授業は適当に聞き流して考え事をしていたのだが。


 いつもの考え事は、「次は姉さんに何作ろうかな」「小説の展開これからどうするかな」というのが大半だった。あとは、帰ったら姉さんとメールしながらチャットしようというくらいか。当時の僕の脳内は、この3つが占めていた。


 3分の2が姉さんのことだから、実質2つかもしれないが。


 その日の昼休み。また本でも読むかと思っていると、クラスの男子が「なんか女子が呼んでるで」と言ってきた。困ったことに心当たりがひとつもない。何がなんだかわからず呼び出しに応じると、階段の踊り場にまで連れて行かれた。


 僕は踊り場に、女子数名はそこから少し上の階段に立つ。DIOとポルナレフかのような構図だと思った。ちょっと違うけど。


 女子が、急に僕を糾弾し始めた。


 わけがわからなかったが、精一杯頭を働かせて話を整理するとこうだった。


 今朝、ある女子が登校してきたら机の中に手紙が入っていた。内容は、どうやらかなりキモめのラブレターだったらしい。その手紙を送ったのが僕だと思っているようだった。


 完全に誤解である。


 僕はその女子のことになど全く興味がないし、そもそも名前と顔すらいまいち一致していなかったのだから。呼び出されて最初に思ったことが、「誰やっけ?」だったくらいだ。


 周りにいる取り巻きは、同じ小学校出身が多かったから名前と顔が一致していたが、許可取りのしようもなく恐らく生きている人たちなので、ここでは名前を書かないこととする。日記には全員の名前が書いてあった。恨みたっぷりか。


 そもそも、この頃の僕には彼女がいた。ネット上で知り合った彼女で、遠距離恋愛というやつだ。僕が姉さんに通い妻のようになっているのを伏せながら付き合っていたから、ちょっと罪悪感があった。今思えば、ネット上のごっこ遊びに近い関係だったが、それでも当時の僕らの認識としては、しっかりとした付き合いだった。


 だから、手紙など書くわけもない。


 僕は誤解を解こうと必死に訴えた。違う、知らない、と。そもそも僕が犯人だという証拠がないとか、その手紙と同じ文章を僕が書けばハッキリするとか、なるべく理屈で反論するようにしながら、色々と言った。


 僕の字の汚さは有名だったから、筆跡を比較すれば一目瞭然だと思った。


 しかし、何を言っても聞いてはくれなかった。


 しまいには一方的に言うだけ言って、奴らは去っていった。僕は途端に腹立たしくなった。


 だが、なぜ濡れ衣を着せられたのか、思い当たる節があった。


 鈴ちゃんのイジメを止めたら、自分に矛先が向き、1年以上、手紙で嫌がらせするのを強要されていた。それが、一部に噂として流れていたのを、僕は知っている。もちろん、経緯は誰も知らない。結果だけを一部の人が知っている。


 だから、机の中の手紙を見た瞬間、こんなことをするのはアイツしかいないと踏んだのだろう。


 そうして決めつけから入ってしまえば、どれだけ理屈をこねられようと、聞き入れられない。そういうことらしかった。


 言ってしまえば、身から出た錆である。


 当時の自分でもそれはわかっていたから、それ以上は何も言えなかった。


 そうこうしているうちに、授業が始まる。身から出た錆とはいえ、むしゃくしゃはする。落ち込みもするし、気分も悪い。


 僕は授業前後の号令を行う代表委員会というものに所属していたことを利用し、イライラをぶつけた。


「起立気をつけ礼着席」


 これをものすごく早口で言った。全員が立ち上がろうと腰を浮かしている間に全部言い終え、立ち上がり礼をして着席をした。みんな困惑していた。先生は全く動じずに授業に入る。件の被害者女子が「私のせいかな?」と、近くの席の取り巻きに申し訳無さそうに言っていた。


 別に、君のせいではない。


 僕が犯人だと噂から決めつけ、反論を一切聞かなかったのはどうかと思ったが、君は被害者だ。僕が一番腹立たしかったのは、取り巻きの方である。本来無関係のはずの奴らが、僕の釈明の言葉を全て遮り、罵ってきたからだ。


 しかも、君らそんなに仲良かったっけ? というようなメンツだった。


 しかし、こんな幼稚な嫌がらせでしか反抗する手段を持てなかった僕もまた、悪いのだ。


 無関係のクラスメイトには、申し訳ないことをしたと思う。


 ただ、冤罪には辟易としていた。小学生の頃から数えて、これで三度目だ。万引き、いじめ、そして今度の手紙。もういい加減にしてほしかった。そうっとしてほしかった。何より、例の件で嫌がらせをしてしまった子に対して、申し訳なかった。この事件が僕がやったこととして噂になれば、必然的にあの子に関する噂も掘り起こされてしまうから。


 ただ、この日は正直、冤罪事件のことなどを深く考えている余裕はなかった。明日から始まるだろうイジメなどについても、完全に意識の外にいっていた。


 学校が終わってすぐに姉さんと一緒に家に向かい、思い出の品の数々に涙を流し、時には笑い話をしながら家族全員で、大事な家族の遺品を整理した。


 日記を書く段になるまで、冤罪事件のことなど忘れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る