第36話:一変した生活

 中学に入ってからの僕の学校生活は、基本的に平和だった。学校外で色々とありすぎたということもあり、僕は学校の平和な生活が気に入っていたように思う。小学生の頃から続く友達と喋ったり、新しく出来たオタク友達とオタク語りをしたり。


 陸上部は正直コーチがすぐに「死ね」と言う人だったため不快だったが、それも辞めてしまってからは学校は平和だった。特別嫌われることもなく、イジメられることもなく、うまく過ごしていたように思う。


 内心鈴ちゃんのことで病んでいたとしても、学校内では普通にできていた。


 しかし、冤罪事件があってからは学校生活は一変した。


 女子からは、迫害に近い扱いを受けるようになった。最初は被害者と取り巻きメンバーだけだったが、噂というのはすぐに広がる。あのときその場にいなかった人間も、積極的に僕を汚物扱いし、スルーするようになった。


 配布物を回せば受取拒否をされ、向こうが僕の席の近くで巫山戯ていたために手があたってしまったのに「最悪、手洗いに行こ」と言われる。


 陰口もわざと聞こえるように言われるし、移動教室のために廊下を歩けば、談笑する女子たちで塞がっていた廊下に道ができる。正直、すごくしょうもないなと思った。


 男子は直接弄ってくるヤツ、無関心のヤツが多かった。たまに聞こえるように陰口を言ってくる陰湿なのもいたが、基本的には男子より女子のほうが陰湿だ。僕は「文句あるなら直接来ればいいのに」と思い、女子のしてくることのほうが嫌だったし、女子のほうがしょうもないなと思っていた。


 まあでも、鈴ちゃんがされた壮絶なイジメを知っているからか、こんな程度かと斜に構える自分もいた。当時僕は中二病真っ盛り。ハルヒを見てやれやれ系に憧れていた。変に斜に構えていたのが、かえって自分の心を守るのに役立っていたように思う。


 鈴ちゃんの遺品整理の影響か、姉さんが病むことが増えた。


 会えないときはメールと電話で話を聞き、姉さんの後ろ暗い感情を全て引き受ける。会えるときは直接家に会いに行って、病んでる姉さんの身の回りの世話をしながら話を聞いたり襲われたり謝られたり。


 学校でもプライベートでも、気が休まらない日が続いた。


 ある日の休日に姉さんの家に行くと、彼女は泣きながら自分の手首を切ろうとしていた。慌てて止めると暴れだし、落ち着くまで暴れる体をおさえつけながら抱きしめる。「大丈夫、大丈夫だから」と言い聞かせると、姉さんはいつも落ち着いてくれた。


 しかし、刃物を持って暴れたもんだから、僕の腕に傷がついてしまった。自分では最初気づかず、姉さんの顔が青ざめるので何事かと思ったら、血が出ていたので驚いた。


「ごめん、私なんてこと……!」

「いいよいいよ、こんなもんすぐ治る」

「救急箱! 持ってくる!」

「ありがとう」


 そうして手当されて、姉さんに泣きながら抱きしめられた。手当が下手で謎に包帯がぐるぐる巻きになっていたのが、ちょっと面白かった。普通に絆創膏でいいだろうと思うが、絆創膏では覆えないくらいには傷口が広かったのだ。厨二病真っ盛りな僕は、ちょっとかっこいいとすら思った。


「ごめんね、いつもいつも」

「ええんよ、辛いときはお互いさまや」

「ヒロくんも辛いのに」

「ん? まあねえ」


 姉さんには、学校でのことはまだ言えていなかった。とりあえずこの病み期が落ち着くまでは、僕は姉さんに弱音や泣き言を言うのは封印しようと思ったからだ。姉さんが言ったのは単純に、鈴ちゃんのことで僕も辛い想いをしているのに自分ばかりごめんという意味だったろうが、僕は少しだけドキッとしたのを覚えている。


「とりあえず、ご飯食べる? 食べてないやろ?」

「食べる……」

「おっけー、パパッとパスタでも作るけん待ってて」

「ごめんね、ありがとう」


 冷蔵庫にあったもので適当にパスタを作ると、喜んで食べてくれた。だいぶ落ち着いたらしく、笑顔で美味しい美味しいと何度も言ってくれた。それだけで、苦労が全部消えていくようだ。


 食べ終えて食器の片付けをしていると、姉さんが後ろから抱き着いてきた。身長差も、もうかなり縮まっている。


「大好き」

「うん、僕も大好きやで」

「結婚してね」

「ああ~、約束してたね」


 当時彼女がいたが、僕はどこか冷めたガキだったから、きっと長く続くことはないだろうと思っていた。学生時代の恋人というのは、大人になるまでは続かないものだと。姉さんが「約束やけん」と言い、胸がチクリと痛みはしたが、僕は「うん、約束」と返した。


 この頃から、姉さんの僕への依存の度合いが強くなっていたように思う。それは当時から気づいていたが、僕も姉さんに依存していたため深くは考えなかった。


 学校では、僕の目から見て学年の8割以上の女子が僕への迫害に加担しているように思えた。残り二割はそもそも、冤罪事件のことや小学生の頃の嫌がらせの噂など全く知らなかったということを知ったのは、数年後のことである。


 当時の僕は、これだけ広がっているのだから知らないはずがないと思っていた。それなのに仲良くしてくれる友達や、イジメに加担しない人たちに対する好感度を勝手に上げていたのだった。

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