第17話:限界共依存姉弟

 姉さんと、1ヶ月ほど会えない日が続いたことがある。姉さんが学校とバイトとギターの練習で忙しかったためだ。その間、鈴ちゃんや藍ちゃんとはたまに遊んでいたが、姉さんに会えない寂しさは埋められなかった。もちろん、二人のことも特別に大切に思っているし、大好きだ。


 ただ、二人の代わりがいないのと同様に、姉さんの代わりはいない。


 既に6月も終わりになろうとしていた。


 ある日、パソコンのメールソフトに「会える?」という連絡が入る。僕はすぐに「もちろん!」と返した。


 そうして、今から会う運びになった。


 いつものベンチに行くと、姉さんがベンチから立ち上がって、駆け寄り、そのままの勢いで抱き着いてきた。体格差がかなりあるから、そのまま押し倒されそうになるのをぐっと堪えるので精一杯だった。倒れたら、多分怪我をしていただろう。


「会いたかったああああ」

「僕も会いたかったよ」

「二人とは会ってたのに?」

「別やろそれは」


 姉さんは僕を抱きしめたまま、耳元で色々語り始めた。会えなくて寂しがっている間、鈴ちゃんがニヤニヤしながら「今日ヒロくんに会ったよ」という話をしていたそうだ。その度に、寂しさが増し悔しく感じていたとのこと。藍ちゃんはそれを見て呆れたように笑っていたらしい。養父母さんは、いつも通り爆笑。聞くだけで、光景が目に浮かんでくるようだ。


「あれ、なんか涙が……」

「なんで!?」

「わかんない」

「とりあえず座ろっか」


 姉さんをベンチに座らせて、隣に座る。すると姉さんは僕の後頭部を優しく掴んで、自分の膝に吸い寄せた。抵抗する理由もなかったし、嫌じゃなかったからされるがままにしていると、姉さんの涙がポタポタと顔に落ちてくる。


「思ってたより寂しかったみたい」

「わかるー」

「私たちもうダメかもしれんね~」

「どうして?」

「いないと生きてけなくなりそう」

「あー、たしかに」


 当時は依存や共依存という言葉と概念を知らなかったが、完全に共依存である。毎日メールしていたのに1ヶ月会えないだけで涙が出るほどとは、僕たち自身も思っていなかったけれど、姉さんは僕たちが共依存関係にあるということを自覚しているようだった。


「あ~ヒロくん誘拐してえ~なあ~」

「ははっ、聞かれるとヤバイ」

「攫って一緒に住みたいなあ~」

「まあでも、姉さんになら誘拐されるんもええな」

「あはは、それも聞かれるとヤバイ」

「たしかに」


 実際、誘拐でもなんでも一緒に暮らせたらどれだけいいだろう。毎日顔を合わせてお喋りして、鈴ちゃんたちも交えて一緒に遊んで、ご飯を食べて。きっと、姉さんのことだから毎晩一緒に寝たがるんだろう。そうしたら、僕の不眠もなくなるんだろうか。


 そんな風に思いながらも、現実問題無理なことはわかっていたから、それ以上は言わなかったし、姉さんもそれ以上は言ってこなかった。


「私はねーほんまは弱いんよ」

「ん? 知ってるよ?」

「ヒロくんはね、そうやんね~」

「うん」

「ただ強く見られることが多くてさあ、嫌になるね」

「僕も最初はそう思ってたしなあ」

「あはは、知ってる」


 姉さんが僕の頬を両手で挟んで押しつぶして、笑っている。


「結婚しよっか」

「え?」

「お互い大人になって、相手いなかったらさ、結婚しようよ」


 姉さんの顔を下から覗き込むと、冗談を言っているようには思えなかった。真剣そのものといった顔に見えたし、声色も冗談を言っているときのそれではなかったから。


「うん、しよう」

「約束ね」

「うん、約束」


 こうして、「いつか一緒に住もう」という約束は、「大人になり互いに相手がいなければ結婚しよう」という約束に変わった。


 このときの僕らは、一緒に大人になっていけるものだと、まだ信じて疑わなかった。僕は姉さんがいたら大丈夫だと思っていたし、姉さんも「ヒロくんがいたら死ぬまで生き続けられそう」と言っていた。1ヶ月で限界を迎えるほどの共依存姉弟は、自分たちの弱さを、まだ完璧には把握できていなかったのだ。


 あるいは、歳を重ねれば自然と強くなれると思っていたのかもしれない。

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