第18話:姉さんと家族旅行

 ある日、姉さんからメールがあった。家族旅行をしたいという話を藍ちゃんがしたけど、全員なんか迷っているみたいだという話だ。何を迷うことがあるのだろうと思って聞いてみると、どうやら僕に遠慮しているようだった。姉さん自身も、家族旅行と言うのならヒロくんも一緒のほうがいいと思ってくれていた。


 ただ、僕は遠慮せず行ってきてほしかった。もちろん、本当は一緒に行けたら嬉しいと思ったが。


 僕はみんなとの関わりを、親兄弟には内緒にしていた。自室がないのに夜にこっそり抜け出しても気付いた様子がなかったり、これだけたくさん会ってるのに全く知らなかったりする程度に自分に興味がない人達だとはいえ、流石に外泊となれば話は別だ。


 友達の家でお泊りをすると嘘をつくことはできるが、流石にその友達の家に確認の電話が入るだろう。僕が高校生なら話は別だっただろうが、なんせ当時の僕は小学4年生である。10歳になって2ヶ月が経った程度だ。


 だから、泊まりの旅行に僕が参加出来ないことは確定事項である。


 しかし、家族旅行というのは大事な思い出だ。行きたいという気持ちがあるのなら、行ってきてほしい。本来、自分はその家の子ではなく、ただ家族として扱ってくれている存在に過ぎないのだから。そんな風に、当時の僕は思っていた。


 思えば、ほんの少しだけ、ふてくされていた気持ちもあったのかもしれない。


 結局、その後にみんなの家に行った際、たまたま全員いたため、僕はみんなに話をした。


「家族旅行するんやって?」

「そうなんっちゃけど、ヒロくんがおらんのにねっち話になったとよ」


 養母さんが申し訳無さそうに言うのを見て、胸がチクリと痛んだ。


「なして? 気にせず行ってきてよ」

「んー、そう?」

「僕に気を遣って行かないってなったほうが、僕はしんどいかな」


 これも、本心だった。自分のせいで楽しい思い出が作れなくなるのは、しんどい。去年のように日帰りで行けるレジャーに一緒に連れて行ってくれるだけで、普段家族として一緒にいてくれるだけで、僕は嬉しいと全員を説得した。


 そして、みんなは僕の説得通り、家族旅行に出かけた。


 僕はその日は一日中家にいて、ネットとゲーム三昧。普段の習慣でメールソフトを開きっぱなしだったことに気づいて、「流石に今日は来ないやろ」と閉じようとしたとき、メールが何通か来ていたことに気づいた。


 ――――。

 件名:出!発!

 今から家を出るぜ!

 まだ寝てるかな?

 行ってきまーす!

 ――――。


 車の写真が、添えられていた。他のメールも見てみると、どれも状況の報告と写真が添えられているメールだった。「今サービスエリアで朝ご飯!」とうどんの写真が添えられていたり、「鈴ちゃん爆睡中」と寝顔が添えられていたりした。


 僕は途端に泣きそうになった。


 親はどっちも仕事でいないし、兄も出かけていていない。家には部屋から出てこない祖母だけだったが、その涙は流れ出てこなかった。ただ目頭が熱く、胸が痛むだけだった。


 僕は「寝てた! 楽しんできてね!」とだけ、返信した。どう返せばいいのか、わからなかったのだ。その後も、姉さんによる旅行実況は続いた。僕がパソコンを見られないと言っている時間でも、お構いなしに実況は続いた。僕が返信に迷った挙げ句スルーしてしまっても、まるで返信不要と言わんばかりに実況が続く。


 実況を見る度に、「ふふっ」と笑ったり「楽しそうだなあ」と素直に微笑ましく思ったりしながら、どこか寂しかった。


 好きな調べ物をしていても、面白い掲示板のスレッドを見ていても、常にメールソフトが気になって集中できない。ネットサーフィンしていたらエロ画像サイトに飛んでしまったときも、普段のようにドキドキしたり焦ったりしなかった。どうにも、心が動かなかった。


 辛くなってしまって、僕はいつもより早めにパソコンを閉じて、布団に潜った。布団の中でゲームをしながら、僕は息を殺して泣いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る