第15話:姉さんとアルバイト

 姉さんが学校で虐められていたことが発覚した後は、特に書くべきこともなく、何の変哲もない日常が続いた。


 そうして、僕は小学4年生に、姉さんは高校2年生になった。進級した日に、長文で進級おめでとうメールが届いた。小学生なんて何もしなくても自動的に進んでいくのに、大袈裟だなと思いながらも他にお祝いしてくれる人がいなかったから嬉しかった。僕も長文でおめでとうメールを送ると、愛してると返ってきた。


 いつからか、姉さんから愛してると言われることが増えていた。


 そんな4月のこと。


 姉さんが、飲食店でアルバイトを始めた。会える日が減ることは寂しがっていたけど、働いてみたくなったのだそうだ。僕も寂しかったけど、素直に応援することにした。毎日、メールでバイト先でどういうことがあったと報告してくれた。


 バイトを始めてからはじめて、いつものベンチで会ったときのこと。互いに夜中に家を抜け出して来た。姉さんは自転車で。ものすごく大変だろうに、来てくれた。


「会いたかった」


 夜も遅いということで声を抑えていたけど、会うなりすぐに抱きしめてきて、どれだけ寂しく思ってくれていたのかが伝わって、なんだか照れくさかった。


「お仕事どう?」

「慣れんねー」

「まあまだ10日やしね」


 会えない日を数えていたから、すぐに日数を返せた。


「私根が暗いから接客向いとらん」

「知ってた」

「へへへ、せやんね~」

「大変やね、お金稼ぐってさ」

「そうなんやなあ」


 当然、僕はお金を稼いだことがなかったから、想像することしかできなかった。大変そうだなということは、理解できる。姉さんのメールにもたくさんの愚痴と弱音があったから。それでも、ただ相槌しか打てない自分が妙に悔しかった。


「よし、ぎゅーしよう」


 言いながら既に、ハグをしていた。


「はあ、生き返る」

「なんか変態っぽい」

「あはは、クンカクンカつってね」

「変態やないか」

「私はマジでヤバイかもしれない」

「今更?」


 開き直ってからの姉さんの印象は、優しくて面白いということに、ヤバイ人というのが加わっていた。それでも嫌いになるどころか、むしろもっと好きになったのだから僕も十分ヤバイのかもしれない。妹を怪我させてから抑え込んでいた悪ノリしがちな部分などが、出てきたのかもしれないと今は思う。


「鈴ちゃんにはドン引きされよる」

「何に?」

「え、ヒロくんへのメール」

「見せてるん?」

「偶然見られてね、うわあっち言うてた」


 実際、自分の兄弟姉妹が送っていたら引くだろう内容のメールが多かった。たとえば「ヒロくんハンカチ使ってない? 使用済みのをお守りにしたい」という程度の、変態メールなどがある。当時の僕はよくわかっていなかったけど、振り返ると変態でしかない。


「小6にドン引きされる姉って一体なんやろね」

「こっちが聞きたいけどね」

「あはは、そりゃそうやね」

「でもそんな姉さんも好き」

「私も、君のそういうところも好きだよ」


 姉さんが笑って言った。それからも抱き合いながら、他愛ない話をして過ごした。最初はちょっと暗い顔をしていたけど、話しているうちに笑顔が増える姉さんの様子を見て、安心した。バイトは大変だろうし、学校でもまだ色々あるだろうけど、笑っていれば大丈夫だと。


 そのとき、古墳のある方からガサッと音がした。


「幽霊かもよ~?」

「僕の家幽霊でるけん慣れた」

「え、出ると!?」

「説教したら出らんごとなったけどね」

「幽霊に説教したん? ちょ、その話詳しく」


 寝ているときに髪の毛を引っ張ってくる幽霊と、夜中にシャワーを出しっぱなしにする幽霊と、天井から見てくるだけの幽霊がいた。見てくるだけの幽霊には「見るな」という話を小一時間したところ、いなくなった。


 髪の毛を引っ張る幽霊には、「痛い寝れんうざい」という話を小一時間したところ、いなくなった。シャワーを出しっぱにする幽霊にも、「止めても止めても出して鬱陶しい! 迷惑!」という話を小一時間した。いなくなった。


 その話を聞いて、姉さんは爆笑した。


「見てみたかったなあ」

「想像で勘弁して」

「やってヒロくんが説教したり怒ったりするの想像できんもん」


 そうして、姉さんの笑いがおさまった頃、流石に帰らないとということになり、解散した。翌日、メールフォルダを開いたら姉さんから5分おきに大量のメールが届いていた。流石にこれはと思い説教してみたら、「メールじゃなくて直接してよ!」と言われ、僕は声をあげて笑った。

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