第12話:白い夏と緑の自転車 赤い髪と黒いギター

 夏が来た。夏休みにいつもの場所に行くと、姉さんがやたらハイテンションで近寄ってくる。


「サイクリングに行くよ!」

「行くのは決定してんのね」

「これも藍ちゃんの絵日記を充実させるため!」

「なるほど」


 聞けば、藍ちゃんが宿題で絵日記を出されたそうだ。それを知った養父母さんが絵日記を充実させるという口実のもと、夏休みは家族で色々遊びに行こうと言い出した。全員それにノリノリになり、できる限り僕も誘おうということになったのだとか。


 養父さんが運転する車に乗り、自転車の貸し出しをしているレジャー施設に向かった。サイクリングロードがあるらしく、家族連れやカップルが走っているのが見える。澄んだ青に照らされた空気が、なんだか白く見えた。


 レンタルの自転車はロードバイクではないが、普段乗っているのよりも本格的なようだった。ヘルメットもレンタルし、乗ってこいでみると僕の持っている自転車よりも軽く進んで気持ちがいい。


「どう?」


 鈴ちゃんが並走して声をかけてくれた。僕が「気持ちいい」と素直な感想を述べると、鈴ちゃんは「良かった」と笑って先に走って行ってしまう。藍ちゃんがそれに続くように、先に行った。


 僕はゆっくり自分のペースで走ろう。そう思っていると、姉さんがぜぇぜぇ言っているのが聞こえてきた。


「姉さん大丈夫?」


 姉さんはというと、少し走ったら顔を青くしていた。姉さんは、体力がない。普段は家でギターを弾いているかパソコンを弄っているか、ゲームしているかだから当然だ。真夏の暑い日差しに照らされながらのサイクリングは、相当きついだろう。


「だ、大丈夫……これしきのことで……はぁ、はぁ」

「全然大丈夫やなさそう」


 養父母さんはぜぇぜぇ言う姉さんを置いて、鈴ちゃんたちを追いかけていった。あの二人が一番楽しんでいる気がする。競争じゃないんだから、みんなでまったり走ればいいのに。


「サイクリングは誰が言い出したん?」

「わ、私……」

「おバカだねえ」

「漠然とした憧れが……」

「わからんでもないけどね」


 僕はペースを落として走っていた。本当は僕のペースはもう少し速かったから、置いて行こうかとも思ったけど、せっかくみんなで来たんだから誰かと一緒に走っていたくて、ペースを落としたまま姉さんに付き合った。


 翌日、僕以外の全員が筋肉痛になったそうだ。


 また別の日。


「弾き語りライブ開催!」

「おおー……」


 例のごとく家に連れて行ってもらうと、家がライブ会場チックに飾り付けられていた。電飾と懐中電灯と色付きフィルムを使って、手作り感のあるセットが出来上がっている。このセッティングを提案したのは、養父母さんだそうだ。何にでも本気で取り組む人だなあ。


 そんなことを思っていると、姉さんの単独ライブが始まった。


 夏を思わせる曲が多かった。世代が古めの曲が多いということもあり、養父母さん大盛り上がり。藍ちゃんはわからないみたいだったけど、それでもノリノリで腕を振って楽しんでいた。


 またまた別の日。


「プールだー!」

「水着持ってな――」

「買ってある!」

「なんでサイズわかるの!?」


 また例のごとく車に乗り、今度はプールに連れて行って貰った。いつもの公園のベンチに来たときには、既に車に全員乗り込んでいて、ラゲージには荷物もしっかりと入っていた。姉さんが選んで用意してくれたという水着は、見事にピッタリだった。


「おまたせ」


 語尾にハートマークが付いているのではないかと思うほどに、思わせぶりな表情と声色で出てきた姉さんを僕は直視できなかった。デカいから。寝るときに服ごしに顔を埋めることはできても、直視はできなかった。ネットサーフィンをしていたらたまたまエロサイトにぶち当たり、知識を身に着けてしまったばかりの小学生には、刺激が強すぎる。


 よほど照れたのか、この日の日記にはまともな文章を一つも書けなかった。


「照れんなよ~私と君の仲やろ~?」


 姉さんは、わざと僕の目の前で少し屈みながらそんなことを言っていた。鈴ちゃんが「やめてあげなさい」と姉さんの背中をバシッと叩いた。


 またまたまた別の日。


「遊戯王大会を開催します!」

「……デッキ取ってくる」


 子どもたち4人全員で、遊戯王大会を開いた。4人だからトーナメントはすぐ終わるということで、総当たり戦になった。1試合あたり3ゲームで、2本先取。それを総当りだから、4人でも結構な長期戦になった。当時の遊戯王は、まだ1ターンキルが当たり前ではなかったこともあるだろう。


 優勝者は、姉さんだった。テレビゲームは全般弱いが、アナログゲームは強い。


 またまたまたまた別の日。


「料理対決をします!」

「姉さん抜きで?」

「私もやるもん!」


 審判は養父母さん、選手は子どもたちになった。家の台所を使い、一人一品同じテーマで料理を作る。食材は家に用意してあるものをなんでも使ってもよいというルールだった。テーマは揚げ物。4人中3人が小学生、高校生の姉は料理下手という選手陣に対し、このテーマは鬼だと思う。


 僕はチリソースを使った唐揚げ、鈴ちゃんはコロッケ、藍ちゃんは養母さん付き添いのもとで唐揚げ。


 そして姉さんは、天ぷらだった。この中では一番むずかしいメニューだ。なぜ天ぷらを選んだのかは、永遠の謎である。


 結果、姉さんが作った天ぷらはベチャベチャで衣もすぐポロリと剥がれていた。


 優勝者は、僕だった。そこは藍ちゃんにしてあげてほしかったと思いながらも、藍ちゃんが「同じの作っちゃったからかなあ」と敗因を自覚して「次は勝つ」と次への闘志を燃やしていたため、何も言わなかった。我が妹ながら賢い子だ。


 それからも、夏休みは度々、色々な催しに誘ってもらった。おかげで僕は日々が充実しすぎて宿題をやり忘れ、藍ちゃんの絵日記は大いに充実した。見せてもらったが、かなりよく出来た絵日記だった。


「クラスの誰よりも凄い絵日記やない?」


 僕が藍ちゃんの頭を撫でると、嬉しそうに「でしょー?」と笑った。

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