第11話:誕生日ともう一つの家族

「そう言えばヒロくんの誕生日いつなん?」


 いつも通りベンチに座って喋っていると、唐突に姉さんがそんなことを聞いてきた。


「え? あー……今日」

「今日!?」


 その日は土曜日で、このときはまだ午前中だった。午前ということもあって、姉さんだけ連れてきてもらったらしい。誕生日に朝から姉さんに会えることを密かに喜んでいた僕だが、流石に当日に誕生日を聞かれると少し気まずかった。


「お祝いしよ!」

「えっ?」


 姉さんが僕の手を引いて、養母さんの待つ車に走る。


「お母さん! ヒロくん今日誕生日やって!」

「ほんまに? よしお祝いしよう!」

「えっ?」


 養母さんがどこかに電話をし始めた。多分、養父さんだろう。そして僕を乗せた車が、彼女らの家に向かって走り出した。僕は展開が早すぎてついていけず、終始混乱していた。


 家に入って少しすると、テーブルに寿司が並んだ。鈴ちゃんと藍ちゃんは寝起きなのか、寝間着のままだ。


 当時の僕は、寿司が苦手だった。魚があまり好きじゃなく、回転寿司では常にたまごとコーンサラダ軍艦を大量に食べる子だった。サーモンとねぎとろは例外的に好きだったが。そんな僕に合わせてくれたのか、サーモンとねぎとろと玉子の寿司が僕が普段座らせてもらっている席の近くにたくさん並んでいる。


「誕生日おめでとう!!」


 養父さんのその言葉を皮切りに、みんなが口々に祝ってくれた。希死念慮を抱えた僕にとって、誕生日にはあまりいい思い出はなかったように思う。それでも、この年の誕生日は特別な思い出になった。


「ヒロくーん!」


 唐突に、姉さんが抱き着いてきた。いつものことだけど、いつもより力が強い。どうしたんだろうと思っていると、姉さんの目の前にビールが置かれていた。


「え、飲んでる!?」

「今日くらいよかろうもん!」


 養父さんが大笑いしている。犯人はこの人か。


「生まれてきてくれてありがとねえええ」

「春菜姉やっばいね」

「え、ちょ、号泣してる!?」

「お姉ちゃん顔真っ赤ー!」


 姉さんは顔を赤く染めながら、ひたすら号泣し、僕の頬を頬ずりしている。食べにくくて仕方がないから離したけど、離したら離したでまたビールを飲んで泣いていた。そんな女子高生のお姉さんの姿を見て、とてもおかしくて、僕は養父さんと一緒に爆笑した。


 食事が終わる頃には、姉さんはスヤスヤと寝息を立てていた。


「嵐が去ったばい」

「大人になったら酒乱? になりそう……」

「まあ家やしよかろうもん」


 ソファに座っていると、鈴ちゃんが隣に座ってきた。


「でも本当におめでとう」

「へへへ、ありがとう」

「へへへって、春菜姉の笑い方移ってきとらん?」

「たしかに」


 鈴ちゃんは「おかげでお昼からお寿司食べれてラッキーやわ」と、笑ってソファに深くもたれかかってゲーム機を出してきた。ゲームボーイアドバンスだ。


「ポケモンしよー」


 当時、ファイアレッドとリーフグリーンが出て数ヶ月経った頃だった。僕も当然持っていたし、そのときも家から持ってきていたからカバンからGBAを出してワイヤレスアダプタを接続した。


「今日は負けんよ」

「僕も負けん」


 僕の切り札はゲンガーだった。眠らせてゆめくいやあくむで削るという、小学生にしては陰湿な戦い方が好きだった。厳選などの概念がこの頃あったかは僕は知らないが、あったとしても知らなかったから当然旅のパーティのままである。


 鈴ちゃんは高火力ゴリ押しパーティだった。実に子供らしい。


 結果は、3回対戦して僕の2勝1敗だった。僕らはいつも、2本先取で遊んでいたから、僕の勝ちだ。


「くそー、また負けた! 次は遊戯王ね」

「デッキ持ってきとらんよ?」

「私の予備貸したげる」

「それ僕不利やない?」


 遊戯王は、僕の惨敗だった。鈴ちゃんは気分良さそうにしていたけど、予備デッキは本当にパック開封で余ったカードの寄せ集めという感じで、すごく弱かった。勝ち筋と言えば、エクゾディアを運で揃えるしかないというクソデッキだ。サーチ効果のカードや、ドローソースになるカードも入っていない。


 その後、姉さんが起きてきてエクゾディアを揃えていた。


 鈴ちゃんは悔しがっていたけど、後ろで見ていた僕だけは、気づいてしまった。姉さんがイカサマをしてエクゾディアを揃えたことに。


 僕のもう一つの家族が急遽開いてくれた誕生日会は、姉さんのイカサマエクゾディアで幕を閉じた。

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