第32話 続けて

「え……」

言われるまで忘れていた。

全身を這う指先と舌、息遣い……。

ひくっと胃が痛んで、両手で口をおさえた。

優は慌てて、僕の顔を覗き込んだ。

「もう話すのはやめましょう……。すみません」

「……らめ……て」

「実……?」

「……続けて」

ギュッと優に抱き着くと、大丈夫だからと笑った。


「結果、最後までは……されていないようです」

「……そう」

「あなたが泣いて……。それを見て良心が痛んだそうで、再婚も許してくれました」

「そっか……」


でも、と思う。

どうして優はそれを今僕に言おうとしているのだろう?

そこまではわからなかった。

聞こうとしたけど声にならなかった。

「事故のあった日は、再婚届を出した帰りでした。実はその日の朝、少し風邪をひいていました。具合が悪いから出掛けたくないと言っていたんです。でも、実以外皆、早く再婚届が出したかった。風邪薬を飲むと、よくなったのか、実もボクらの熱意に負けて、出掛けると言い出しました」

なんとなく思い出した。

眠かったけど、みんなに、どうしてもしたいことがあるみたいだと感じたんだ。だから……。

「実は風邪薬で眠かったのでしょう。お母様に膝枕された状態で、後部座席に横になって眠っていました。そして、車に追突されて……」

「追突……」

その時の記憶がなかったのは薬の副作用で眠っていたからなのかもしれない。

「ボクはあの日の実の言葉が忘れられません……」

「……なんて言ったの?」

そこはよく思い出せない。

だから優は僕に負い目があって優しいのだろうか?

「母さんを守れなかったって言ったんです」

「……」

涙が溢れた。

その頃の僕も、ちゃんと後悔したんだって。

「ボクは車の助手席にいました。だから、父が助けてくれました」

「……? 助けてくれた?」

まるで生きているような言い方だ。

「実にはずっと誤魔化してきたけど、父は生きています」

「え?」

「……だからこそ全部、言っておこうと思いました」


ぐちゃぐちゃになっていた頭の中に、ピンと赤い糸がひかれる。

(優のお父さんが生きて……?)


その言葉に意識がフッと白くなって優に倒れ込むようにして崩れ落ちた。

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目隠しカフェ 零ゼロ @zerokaraneko

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