第28話 損失(★)

響さんに両手をとられて、しごくのを手伝わされる。

「……っやだ!」

しごかれているのは自分ではないのに、手のひらでかたくなっていくそれと、皮膚に感じる得体のしれないむずがゆさに身をよじる。

「実くん、いいね……。思わず挿れてしまいたくなるほどに」

「!」

手の中で弾けたそれが、手首から肘までたれていく。

最後までやられたわけでもないのに、穢されたような気持ちだ。

「いい顔しているね?」

「……こんなことして!」

いくら管理人と言えど、いくら店長と言えど、していいことにも限界はある。

「聞きたがっていたよね? 実くん」

「そ……そうだよ! なんで、こんな」

タオルで手をぬぐわれて、目隠しを外されて、髪をかき上げる響さんの濡れた瞳に動揺する。

(この人、こんな顔してたんだ……。むさくるしいの想像してたけど、凄い美人……。色気すご……)

切れ長の尖った瞳にじっと見つめられると、おさまっていた筈のそれがまた勃ってしまいそうだ。

「……もじもじして、そんなに続きしたい……? 実くん?」

伸ばされた手を真っ赤になりながらはねのける。

一瞬驚いて、すぐに意地悪な笑みをした響さんの唇が、苦笑に変わり、スッと閉じて、また開く時には、真剣な表情をしている。

そこにまどわす意図が消えたから、少し気持ちが落ち着いていく。

「常連の「姫」が、もう来ないって言うんだ」

「……え?」

「それが、どれ程の損失かわかるかい? うちの一番の姫だ。約束にうるさい姫。その代わり、それで何人のスタッフが生活していると思う?」

「それが、僕となんの関係……」

そこまで言って、あっと思う。

「君が優を休ませたんじゃないのかい?」

優の脳震盪は、確かに僕のせいだ。

「だから「姫」は、優くんとの時間を奪った君にも、同じような損失をおわせようとした」

「……でも、これは。響さんにも迷惑なんじゃ」

「そう? 俺は楽しんでいるけども?」

「!」

そこで、ようやく響さんが笑う。

でも嬉しそうでも哀しそうでもない。

(なんだか……)

例えるなら、それは苦しそうだった。

「今頃ふたりも、同じことをしていると思う」

「え……」

「……同じところまでだがね」

「それを優は」

「納得はしていないし、嫌だろうとは思う。優くんがこの店で働く時に、ここまでのことをする契約にはなっていない」

じゃあ、なんでと思う。

「だが、助けてやってる俺に、ここまでの損失と恐怖を与えたのは許せなかった」

「……どういう」

そもそもが「助けてやってる俺に」という言葉が気になる。

「マンションの家賃を、優くんは俺に支払っていない」

「……え?」

そんなこと聞いたことがなかったし、ありえるのだろうか?

信じていいのか、疑っていいのか、そもそも今こうして聞いていることは、自分が聞いてよかったのかがわからない。

僕は少し視線を外した。

「ここでの稼ぎは、すべて実くんに使っているんだよ。優くんは」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る